「受け継げ!領主の赤き鎧」その8
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必殺、章替えリセット。
何も起きてなどいないぞ。
「な、何も起きてなどいないよな!なぁミコト!」
「ととと当然ですわ! え? キス? 何処の国の言葉ですの?」
「君達──元気なのは良いんだけど、
診療所でいちゃいちゃするのはやめて欲しいさ」
と医者(白衣、藍色の髪、変な訛り)は、ベッドの横においた丸椅子で腕を組んで呆れ顔だった。
「お楽しみの所を邪魔してしまいましたね(棒読み)」
「へっ、若ぇんだからどうせ退院してから存分にヤるだろうさw」
「う~!フケツでし~!恋愛は交換日記から始めるベキでし!」
医者の背後に控えている三人の看護婦もなにやらこしょこしょと非難めいた内緒話をしている。っていうか丸聞こえだ。この野郎。
この医者達はあのメノウ男爵からレンタルしてきた腕利きのメイドらしいが…。
男爵ってもしかしてメイドを顔で選んでるのでは、と勘繰りたくなる様なメイドらしくないメイド達だった。
まぁ僕たちも悪かったけど…。
あ、いや、何もしてないから悪くもないか。はは。
ちなみにその中の一人、梔子という名の看護婦(秘書風、ダークスーツ、冷笑的)がミコトの体内のアルコールを吸い出してくれたおかげで、彼女の酒乱状態はどうにか終焉を迎えた。
かわりに梔子が頬を若干赤く染めている。
蚊や蝙蝠や吸血鬼の類を想起させるその妖艶な治療シーンはちょっとした見物だったけど、割愛。
今はそれどころではないのだ。
深夜の…恐らく夜明けまであと3時間ほどだろうか。そんな時刻である。
冒険者の宿《エディプスの恋人》亭の二階の仮設診療所は、
いくつかの木造の清潔な部屋で成り立っている。
ここは203号室。
患者は蘇生したばかりのこの僕、ジョウ・ジスガルド。
見舞い客はミコト。
月明かりが差し込むベッドの上には僕とミコトが座り、
その眼前に医者と三人の看護婦。
…そう、これは診断結果の宣告の場面なのだった。
「…で、僕の蘇生手術は滞りなく成功したんだろうな?」
「いいやジョウ君。悪いが君にはいくつかの後遺症が残っているさ。
あたしはそれを告げに来たんだ」
ふん、さらっと言ってくれるぜ。
「もったいぶってもしょうがない。ずけずけと宣告せて貰おう。
*一つ、君は現在機神エルベラを操ることが出来ない。
額の紋章が銃弾で破壊されてしまったからね。
ジーンによると、修復するのには時間がかかるそうだよ。
*一つ、君は現在魔術を使用することが出来ない。
蘇生するのに大量のマナを使ったんだ。
君の魔力は生存できるぎりぎりの状態を残して枯渇してしまっているのさ。
そして──
*一つ、君は現在、誰にも勝利することができない}」
「──っ!?」とミコトが息を呑む気配が伝わった。
僕は黙って聞いている。
「な…ど、どうしてそんな後遺症があるんですの!?
弱くなったとか、何か出来なくなったのならまだしも、
勝利できないなんて──」
藍色の髪の医者は、鋭い目をさらに細めて少女を見る。
「これは運命の問題なんだよ」
「ご存知の通り、この街の領主ジーンは魔術文字の使い手さ。
あらゆる言葉を操り文字を媒介にして世界を書き換える、壮大な魔術領域さね。
編集や暗号化や隠蔽、色んな分野があるんだけど…
特にジーンは《運命の記述を読む》という読解技術に長けていた。
この物語の最終原稿を読むことだって、ジーンにとっちゃあお手のものさ」
「う、運命を…読む…?」
「だろうな。あの爺は最初から見透かしたような言動を取ってばかりいた」
もしヤツが運命を読める──
未来を予知できる能力者だというならその全てに納得がいく。
ラグネロの侵攻目的にいち早く気付いていた事も。
危険極まりないノーガード戦法の数々も。
誰も死なないハッピーエンドを約束してくれた事も。
老軍神ジーンが、
あらかじめ全てのオチを知った上で作戦を立てていたとすれば──!
「ほう、ジョウ君はある程度の予想はしていたみたいだね?」
「当然だ。あれだけ何度も好き勝手に振り回されればな」
片眉をあげて驚いた風の医者に、僕はふんと鼻を鳴らした。
敵の戦力の測量分析は指揮官の十八番だ。甘くみて貰っちゃ困る。
「さらに言い当ててやろうか?
今回のジョウ・ジスガルド銃殺事件に限ってジーンは予知する事が出来なかった節がある。というより、ヤツの読んだ運命の記述の中では僕は銃殺されなかった筈なんだ」
ひゅう、と医者が機嫌良さそうに口笛を吹いて、
僕は己の予測が正解だったことを知る。
「え?え? ちょ、どういうことですの?」
「運命が正常に進行すれば僕は殺されなかった…。
だからジーンはあの謁見の場においても
僕を助けることなく余裕の表情で見守っていた。
鬼軍曹殿がやってきて、
処刑寸前でミコトが僕を助けて、そしてそのまま彼が去っていく…
というのが正史だったんだろう。
だが、運命は変わった。
きまぐれな軍曹殿が思い出したかのように振り返り、
僕に5発の殺意の弾丸を放った。
ジーンはその時…多分生まれて初めて慌てふためいたんだ。
台本が違う! これはワシが知っている未来ではないぞ!…とね」
僕が額を撃ち抜かれた時、ミコトの悲鳴とともに椅子を蹴る音がしたのは、
これまで余裕ぶっていたジーンが計算外の事に驚いて立ち上がった証拠だ。
既に死体になりかけていた僕には彼の慌てぶりは拝めなかったけど…
ふ、少し残念だな。
「…運命が変わって僕は死んだ。
そしてジーンは捻じ曲げられた運命を必死で修復して僕の命を救った。
おそらくその時、僕の生涯における全ての勝機をかき集めて
奇跡を起こしたんだ…
現在、僕が《誰にも勝利することができない》という後遺症を持ってしまったのは、運命を捻じ曲げたり修復したりと無茶な操作をした、そのしわ寄せといった所だろう。
以上が僕の推論だ。違うか?ドクター」
ぱちぱちぱち──と拍手の音がする。
「いいや、正解だよ。そこまで読めてれば上等さ。
君は本当に次期領主に相応しい人物かも知れない。
ついでに、運命を捻じ曲げたのは誰なのか、
という所まで説明できたら百点満点だったね。
もっともあたし達もそれについては調査中なのだけど…」
ん。そうか、僕は単純にジーンの読み違いかと思っていたが、
それより運命を捻じ曲げた誰かがいると考えた方が…
あ。
「犯人がわかったぞ」
「へっ!?」
医者が頓狂な声をあげた。
…ようやくこのスカした顔の医者を驚かせることが出来たな。
そんな事をぼんやりと思いながらも、
僕は自分の辿り着いた答えを否定したい思いで一杯だった。
頭がうまく回らないほどショッキングで。泣きたいほどに嫌な答え。
そんな僕の態度をいぶかしげに見ているミコトや看護婦たちを
ゆっくりと見回し、告げる。
「…犯人は」
運命を捻じ曲げてまで僕を殺そうとした犯人は、僕をよく知る人間で。
運命を捻じ曲げるほどの力を、
つまりジーンと同格以上の強さを誇る敵性人物で。
運命を捻じ曲げることに何の畏れも抱かない、
凶悪で忌まわしい残忍さを持つラスボス。
そんな男はひとりしかいない。
──僕の父親。
「最終皇帝ジャンクヤード・JJ・ジスガルド13世だ」
そうか。
そうだ。
そうなのだ。
エルベラにも乗れない。魔術も使えない。誰にも勝てない。
ただの12歳の子供になってしまった最悪の状況の僕を殺しに、
クレッセンの大陸王であるあの男が動き出したのだ。
いままで他大陸との戦争のため遠征していた父親がついに帰還したのだろう。
あの大陸で運命に介入できるのはあの男だけだ。
おそらく、この機神都市への侵略を開始するのも時間の問題。
ヤツの手に機神エルベラが渡れば、冗談抜きで──
3日もかからず、風の大陸アールヴは消滅する。
消滅。
する。
「──っ」
僕は思わず傍にいるミコトの手を握る。
「じょ、ジョウ?」
「すまん──少しばかり、父親が苦手でさ」
急に冷や汗が吹き出て、震えが止まらなかった。
恐怖だ。あいつとは嫌な思い出しかない。トラウマ以外の記憶は無い。
逆らったら、裏切ったら、今度は肺を破られるくらいじゃ済まない。
頭に5発の鉛弾を喰らって殺される程度の軽いお仕置きじゃ済まないだろう。
しかし──どうしたことか、その感情はすぐに変性した。
いつもなら怯えっぱなしの僕だけど。今回ばかりは違った。
一度死んで生まれ変わった今の僕が、怯えの次に覚えた感情、それは──。
「ジョウ…い、痛いです…」
その訴えも無視して僕は、ぎちっ…と音が鳴るほどに強く手を握り締めていた。
いつしか指先がどくどくと脈打ち、冷や汗が蒸発するほど体は熱くなっていた。
怯えは武者震いに代わり。
額の紋章に血が昇るような感覚すら覚えた。
つまり、湧き上がる恐怖を吹き飛ばすほどに強く──
僕は猛烈に怒っていたのだ。
本当に真剣に心の底から激怒していた。
(僕を殺そうと?)
(この僕を?)
(…貴様が、か)
(実の父親である貴様がか、ジャンクヤード!)
…自分の親に対してこんなに激怒するのは初めてだった。
僕は頭が異常くなっているのだろうか。
いいや。きっとこれが正常だ。
自分が子供だからって。
相手が親だからって。
虐待されて黙っている必要はないのだ。
――殺されそうになったら怒って良いに決まってる!
いちど死ぬことで蒸気都市の洗脳から逃れられた僕は、
どうやらやっと、親離れすることができたらしい――。
(…ははっ)
(いいだろう)
(実の息子に手をかけるほど戦争ボケしたあの男に、お灸を据えてやる)
(本当に裏切ってやる!)
(はじめての反抗期だ!)
(鬼軍曹殿、明日の軍法会議の議題は決まったぞ)
(──すなわち、
この僕ジョウ・ジスガルドと、
蒸気都市ラグネロとの、『全面戦争について』、だ!)
めらめらと闘志が燃えあがる。
「おい医者、僕の後遺症はどうしたら治る?」
「簡単さ。栄養と、継続的な治療と、数回の施術…
あとはリットル単位で血を吐く程度の修行だよ」
顔をあわせた僕と医者は同じタイミングでにやりと笑う。
「なるほど…そりゃ簡単だ!いくぞミコト!朝まで眠らずに僕につきあえ!」
「あっ、ま、待ってくださいですわ!」
「ふふ…ジョウ君、君が復活するまで、
我々、積み木の城のメイド達は、
機神都市エルベラに前面的に協力するよう男爵に仰せつかってるさ。
遠慮なく我々を使いたまえ。
被服室から厨房から入浴場から遊戯場から保健室まで、全力で君に御奉仕するよ」
医者の頼もしい言葉を背に、僕は病室を後にした。
歩いて征く。
僕の物語が始まる。




