「受け継げ!領主の赤き鎧」その6
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ずきん。
頭が痛かった。
ずきん。
銃弾が5つも食い込んで脳が破壊されてるから当然だろう。
ずきん。
いや…やっぱり変だ。痛みを感じるはずがない。
ずきん。
だってこの傷、とっくに死んでなきゃ可笑しいもの。
──そう気付いた瞬間、痛みが消えた。
だよな。僕は勘違いしてたんだ。
まだ生きていると勘違いしていた。
僕は鬼軍曹殿に銃殺されて、死体になっていた。
赤い絨毯に横たわる僕の死体はそれはそれは無残なものだった。
正確無比なる銃撃で頭蓋骨は粉砕され、
脳と漿液を2m程も先までぶちまけていた。
歯があちこちに散っている。
下顎が無くなっていて舌がでろりと空中で遊んでいる。
黒髪には血がこびりつき、眼球も片方吹き飛んだようだ。
可愛い顔が台無しだ。
投げ出された足は奇妙にねじくれ、かすかに痙攣していたがやがて止まる。
肺がしぼんでいって最後のため息を吐き出す。
残った隻眼から光が失せる。
*死。
まさかこんな唐突に──なんて驚きはなかった。
死はいつでも僕の隣にいた。
たまたま今日それが訪れただけだ。
ジョウ・ジスガルド上等兵。享年12歳。
墓にその名が刻まれて事務処理は終わる。
そしてまた朝が来て、僕がいない世界を始めるだけだ。
敵地で死ねたから上等だ。
任務中に殺されたのだから後悔はない。
前のめりに倒れることが出来たのだから幸せである。
ただ──悔しいのは、
母や故郷や、あの鬼軍曹殿に、裏切り者だと思われた事だ──。
「ゆっ、許しませんわよ、ジョウ!
貴方みたいな罪深い、傲慢で人騒がせなお子様が
なんの罪も償わずあっさり無に還るなんて!
こ──この《地獄の番犬》ミコトはそういうのがいちばん許せないんですの!」
駆け寄ってきたミコトが、意外にも激しく取り乱して、呼吸を荒げていた。
心底怒っていた。
僕の胸倉をつかみ。
血で汚れた絨毯に膝をついて。
月光の中、もう動かない僕に怒鳴る。
「私の手で葬った命なら!
私が始末をつけてやった魂なら、
ただ喪失われたりはしないのに!
私の召喚獣になって、
生前の罪を償うために、
世のため人のために戦って――!
そうすればいずれは魂を浄化して更正することが出来たのに──
甦ることが出来たのにっ――!」
へぇ。そうなのか。
でももう遅い。残念だ。
ミコトも、既に手遅れだと痛い程に理解しているらしく、
一瞬息を止め、肩を落として、ようやく僕を掴んでいた手を離してくれた。
僕の血で汚れた黒髪をそっとかきわけて。
穴の開いた額を撫で。
そしてこれ以上ないというほど悲しげに、切なげに、悔しげに──
搾り出すように呟く。
「なのに…っ、どうして、私の目の前で他の人に殺されたりするんですの…」
唐突に僕は諒解した。
そうか──これがこのミコトという少女の根源か。
全ての魂を救済したいという祈り。
収集欲ではなかった。
喪失われゆく命を、ひとつでも多く保存したいという願いだった。
死んでも甦れるのなら、誰もが死を克服したのと一緒だ。
超越した存在である彼女の目的は、
幼い少女らしく単純な──「誰も死なない世界」──か。
背中の翼が、咲き終えた花のようにしおれていて、小さく震えている。
感情とリンクしているようだ。
はは、なにそれ可愛い。犬のしっぽみたい…。
「っ…な、何か言い返しなさいよぉ…ばか…」
綺麗に透き通る雨だれのような涙をぽろぽろ落とし始めた漆黒のドレスの少女を
慰めることも出来ず、僕は彼女の膝の上で冷たい体を横たえていた。
やれやれ──
こんな時に少女の涙を拭ってやれないのなら、
なんの為に僕は男として生まれてきたんだろうな?
そう思いつつも、やはり、死んでしまった僕に出来ることは何もなかった。
★★★
この物語はもう終わってしまうのだろうか?
いいや。まだだ。
まだ役者が残っている。
幕はまだ下りきっていない。
僕がこうして死後も語り続けていることが、その証拠になる筈だ。
老軍神は約束したのだ。
誰も死なないハッピーエンドが待っている──と。
それを信じて、僕は運命の頁をめくる。
★★★




