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機神エルベラ  作者: 楽音寺
第五章 受け継げ!領主の赤き鎧
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「受け継げ!領主の赤き鎧」その5

-5-


*がしゃあああああああんっ


唐突に窓ガラスが割れた!


凍りついた月光のかけらのような、銀色の硝子(ガラス)が空中で踊る。

椅子に座ったまま拳銃を構えているルドルフ軍曹が(銃口は逸らさずに)そちらを向いた。

カーテンがはためいて、世界中の時計が止まったようなその不思議な瞬間に、宙を舞っていたのは──


誰であろう、背中に竜を装着した召喚兵器ミコトである!



はためく漆黒のドレス!

眉のすこし下で切り揃えられた髪!

控えめな胸には竜の翼が巻きついて!

細い二の腕に嵌った腕輪(バングル)からは金鎖の短剣(ナイフ)が伸びていて、

それはいま彼女の左手に握り締められている!


背中には薄青色の鱗を持った二対の翼が、硝子の輝きとともに、赤い絨毯の床すれすれに羽ばたく!


(み──ミコト!?)

「いやっっほーーーーーーーーーーぉおおうっ!ですわ」


混乱する僕を尻目に、なんだかハイテンションに気持ち良さそうに声を上げる。

はしたなく嬌声(きょうせい)をあげていても律儀に「ですわ」をつける事は忘れない。

彼女はどうやら──お嬢様であるようだった。



「しゃうっ!」

花びらのような可愛い唇から鋭く呼気を排出して、窓から飛び込んできたお嬢様は上昇気流に乗るかのように翼で風を得て、こちらのテーブルのある方へ高速で突っ込んでくる! 鬼軍曹殿の方向へ!


殺意の拳銃を構えた栗色の(たてがみ)の彼は「ふぅん…」と興味なさげに一瞬視線を送って、しかし椅子から立ち上がろうともしない。

長い足も優雅に組んだままだ。


そして突っ込んできたミコトが、左手の短剣を振りかざしたその瞬間、ルドルフ軍曹は開いている手で、卓上のフォーク(・・・・)を取った。


え、ええええっ!?まさかそんな物で?

互いの剣が交わりあった刹那に閃光が起こり、天上の音楽のような高らかな金属音が鳴り響く。


*ぎゃりぃぃいーーーーーっ!


なんと機界ユニットで武装した少女は、完全に不意を討ったにも関わらずフォーク一本で弾き返されてしまった。


瞬時に翼を(たた)んでくるくると宙返りをしミコトは少し離れたテーブルの上に降り立つ。


シューズのつま先で華麗に着地。

ふわ…とドレスの(すそ)が風をはらんで、少し遅れて落ち着いた。



「ふ…貴方があの有名な鬼軍曹ですか、なかなかお強いですわね」


「君こそ。面白い物に乗ってるッスね。同郷だろ?」


「ええ。はじめまして。(わたくし)の名は召喚兵器ミコト。

そこにいるジョウの相棒で――つまりは貴方の敵ですわ」



攻撃を防がれて、すこし驚いたような目をしたが、

すぐまた不敵な無表情に戻るミコトだった。

彼女の黒い瞳の奥で静かな炎が燃えている――!



おお…それにしても…よくぞこのタイミングで来てくれたっ…!


ふ、ふん、決してこの僕、ジョウ・ジスガルドは窮地(きゅうち)(おちい)っていた訳ではないが、しかし今この瞬間に登場してくれたことに関しては少しばかり褒めてやらないこともないぞ!


よくやった!

やるじゃないか相棒(ミコト)


僕は立ち尽くした状態で内心喝采(かっさい)の声を送った。

そんな僕を見てミコトは少し照れたように顔を背ける。



「…ふ、ふんっ、べ、別にジョウの事が気になって戻ってきた訳じゃ…。

怪我もしてたし、一人で部屋まで戻れなかったら肩をかしてあげようって思って…。

な、なんですのそのニヤニヤ笑いは!

べーっだ、勘違いしないで欲しいですわ!」



ふふん、あいかわらず素直じゃないな。

これが(ちまた)で聞くツンデレというやつか。

やれやれ。すこしは僕を見習って広い心を持って欲しいものだ。



──と。

そんな益体も無いアイコンタクトを交わせる程に緩んだ空気が、緊張感が、

また一瞬で元に戻る。


「彼の他にも裏切り者がいるなら、まとめて処分した方がいいッスかねぇ──」


(!!!)

「!!!」


鬼軍曹ルドルフ・イージューライダーが…この夜、姿を見せてから初めて

椅子から立ち上がったのだ。

ゆらり…と、青白い月光を肌に受けて、幽鬼のごとく。

やたら手足が細長く、背の高い成人男性が、

肩の白いジャケットをマントのように(なび)かせて──ただ立っただけ。


なのに僕もミコトも全力で全身を緊張させていた。


テーブルクロスの上の蝋燭(ろうそく)が。

少女がぶち破った窓からの夜風で、ふっと消えた。


暗闇のなかで軽い調子の声だけが響いた。



「よし──明日の朝、この領主館を一時占領して、軍法会議を行うとしよう。


内容はすべての裏切り者の始末と、作戦の練り直し。

およびラグネロとエルベラの今後について。


だからミコトちゃん、ジスガルド二等指揮官の関係者、婚約者、並びにその御家族一同にはぜひ御参加いただくよう、伝えといて欲しいッスよ。


あ、『不参加を表明したら殺します』ともね」



「……」

「……」


答えられない僕に代わって、

「……あいにく」

と、ミコトが口火を切った。



「私は今ジョウの指揮下に納まっているのです。

他の殿方の頼みは聞けませんわ」


かすかに汗を垂らしながらも強気に受け答えするミコト。

軍曹はそれを邪悪に笑い飛ばす。


「へへっ、面白い事を言うッスねぇ!

彼はオイラの部下ッスよ、なら君もまたオイラの部下であると

考えるのが普通じゃないッスか?」



「――私には階級はありません。…それに」



──上か下かでしか物事を判断しない、貴方みたいな人に従うのは、

死んでも嫌ですわ。




闇のなかに向けられたミコトの言葉が、何故だか僕の胸にも突き刺さっていた。


それは、ある意味で蒸気都市ラグネロの全国民を否定する言葉でもあった。

階級制度(のろい)に縛られたあの国を拒絶する言葉。


そして上官からの命令に縛られ、銃殺されそうなのに逃げることもできない、

弱い僕を軽蔑する言葉。




「へへ…そうかい。

なら仕方がない、会議のお知らせはそこの腰抜け領主にでも頼むッスよ。

──それでは皆さん、また明日」


おそらく、再会した時と同じように軽く手を振って。

気軽な調子で、まったくの自然体で、

精神異常者(サイコパス)さながらのあっけなさで軍曹殿は僕らに背を向けた。


白い軍服。ゆるやかな栗色の(たてがみ)。絶え間ない笑顔。

そして。

「あ、そうだ」

くるりと振り返り──鬼軍曹殿は、鬼の名に恥じない置き土産を残していった。








*BLAME!







音がひとつに聞こえるほどの。

目にも留まらない六連射。

額を貫く衝撃。

火薬の匂い。


僕はなんだかよく分からない方向に吹っ飛び、

赤い絨毯にびちゃりと二三度跳ねて転がった。


あ…れ…?


どろり。


視界が(にご)って、たぶんこれは頭部に穴が開いたな…とぼんやり思う。






「きっ──きゃあああっ!?ジョウ!ジョウ、しっかりして!」

「か…は…」

ミコトの声も。がたんと椅子が蹴倒される音も。遠くてよく聞こえなかった。



どうやら僕の頭に5つほど鉛弾が埋まったらしい。

はは。鬼軍曹殿…さすがに手厳しいですね…。




「やったねジスガルド上等兵(・・・)。二階級特進だよ」



言い残すと、鬼軍曹ルドルフ・イージューライダーは、

まだ煙を吐き出している拳銃を適当にその辺に放り捨てて、

その(たてがみ)を揺らしながら、優雅に部屋を後にした。

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