「受け継げ!領主の赤き鎧」その4
★★★
「この世で最も可愛いのは主に滅私奉公するメイドだと思わんかね?」
「ばいんばいんの巨乳美女が神だろwww 常識的に考えてwwwww」
「なんでもいいよ、3才以下なら」
──世界三奇人のいつもの会話。
★★★
-4-
そもそも、やや複雑な僕の現状──
作戦を遂行するにあたっての不安要素──を、
賢明なる読者は判ってくれているだろうか?
いや、おそらくあまり覚えてはいまい。
いい機会だ。一度まとめておくとしよう。
まずこの僕、ジョウ・ジスガルドは機神都市エルベラを侵略するために、
遥々(はるばる)やってきたスパイである。
故郷は鉄の大陸クレッセン、蒸気都市ラグネロ。
作戦の本来的な手順は、ここで行われる大陸記念パーティに紛れ込んで、
あくまでもラグネロから来た只の招待客としてこの街に逗留する事。
しかし運命の全てを見透かしてでもいるようなあの老獪な領主──
ジーンに早々に見破られてしまい、
僕は結局エルベラのパイロットとして表舞台にひきずりだされてしまう。
エルベラ側に隠れて情報収集することも不可能になったし、
ラグネロ側に領主たちとの付き合いを内緒にしておくことも出来なくなった。
僕はこの辺りの全住民に顔を知られてしまい、
危機を救った英雄として、街の味方と認識されてしまった。
どんなスパイだ。派手すぎる。もっとこそこそしろ──と思わなくもないが、
しょうがないのだ。
ジーンが悪いのである。
一体どこの領主が、自分の領地を奪いに来た他国のスパイを優しく受け入れ、傷の手当てをしたり、大事な孤軍要塞を触らせてやったり、あまつさえ自分の孫娘と結婚させようなどとするだろう?
まったくもって信じられない、狂気の沙汰にもほどがある!
──の、だが。
僕は結局その策略にハマってしまった。
あまりにも味方っぽく扱われたことで。
常識はずれなまでに待遇が良かった所為で。
もう逆に、故郷のラグネロ上層部からしたら
「なぜジョウは領主とあんなに仲良くしてるんだ?
まさか情にほだされて蒸気都市ラグネロを裏切ったんじゃないだろうな
──ジョウだけに!」
とか思われてしまっているらしいのだった。(いや、駄洒落は嘘だが)
ラグネロから送られてきた使者のうち、母と教育係は
僕のこの事情について同情的だが…
しかし彼女達はまだ僕とジーンとの間で交わされている密約を知らない。
僕がチルティスと結婚し、この街の領主の地位を受け継ぐ約束を知らない。
もしこれがバレてしまったのなら…いくら僕の母、そして教育係といえど、
故郷に報告しない訳にはいかないだろう。
破滅である。
ラグネロ側の人間に結婚のことを知られてはいけない。
僕が紋章を継ぐ者であることが──バレてはいけないのだ。
ちなみにエルベラ側の人間にも、
僕がスパイであることは隠さなければならない。
これは当然。
スパイであることを知りつつ受け入れる阿呆は
例外として、
(意外と似た者同士なんだよ、あの祖父と孫娘)
この街の住民だって僕の素性を知ったらきっと許さないはずだ。
看板娘のシーナも、鳥籠の少女ナナセも、ハゲ店主も…
僕がスパイだと判ったら石を投げて追い立てるだろう。
特にあの魔女の長女には秘密にしておかないと、怒り狂って地の果てまでも追ってきそうだ。
まぁ…そんな複雑といえば複雑な、身もふたもないといえば身もふたもない、
奇妙な二重スパイ状態が僕の現状である。
さて。
ここではっきりと断言しよう。
僕自身はいまも故郷を裏切るつもりなんて毛頭ない。
エルベラに取り込まれているように見えたとしても、
それはブラフであり戦略上の嘘なのだ。
深く関わった住民の魂を汲み上げるという機神エルベラの性質上、
必要な馴れ合いでしかない。
だから──窓から月光が斜めに斬り込んでいる領主館の大広間で、
蝋燭のかすかな明かりと、床に転がった林檎と。
美酒に酔いしれている領主のにやにや笑いのなか…
再会したばかりの鬼軍曹殿に疑いの言葉をかけられた時──
正直僕は眩暈を感じるほどに驚愕した。
「ぐ、軍曹殿…今、なんと?」
「故郷を裏切ったね、と言ったんスよ、ジスガルド二等指揮官。
それに、いつから君はオイラの許可なく口を開ける立場になったッスか?
馴れ馴れしい。
まだ“休め”の命令が出ているままだとでも──思っているんスか、ねぇ――」
ちら、とこちらを見る鬼軍曹ルドルフ・イージューライダー。
「え…」絶句する僕。
優しげな笑み。
優雅に足を組んで椅子に座り、背もたれに体を預けて、頬杖をついたまま。
「──“気をつけ”」
の言葉が唱えられる。
それだけで。
(──っ!!!!!)
僕は、反射的に背筋をぴんと伸ばし、
全身に緊張をみなぎらせた直立姿勢になってしまう。
訓練兵時代にさんざん刷り込まれているのだ。
当然のように勝手に発言する権利など許されていない。
(ま…まずい。これは処刑される流れだ)
裏切りの疑惑について、釈明することすらできない──!!
僕はあわてて眼球を動かして領主の方をみるが、老軍神は暗がりの中で黙ってグラスを傾けているだけで、一向に動く気配がなかった。そういえば、客だと言って僕に鬼軍曹殿を紹介してからこっち、ジーンはずっと無言である。
馬鹿な!?こいつ、まさか──
さっきまでの会話が頭のなかで反響していた。
(本音を言えばわし、もっとジョウ殿は
派手に叩きのめされてくれると思っておったんじゃがなぁ)
(貴様は僕に死ねと言ってるのか?) (うむ!)
(ラグネロからのスパイである僕を味方に引き入れる振りをして、
ただ遊んでるんじゃないか…?)
──まさか、本当に僕を見殺しにするつもりなのか!?
おい! 何か返事をしろ!
ジーン!
「命乞いする相手を間違えてるんじゃないッスか」
月光に青く照らされた鬼軍曹殿は、そんな僕の様子を皮肉げに評した。
肩に羽織った白い軍服の内ポケットから何か取り出す。
──六連装の拳銃だ。
(う…嘘だろっ!?)
トリガーをひくだけで人を殺せる便利な道具。
殺意を帯びた鉄の塊。
巨悪な魔獣の牙のように黒光りするそれは、ラグネロの幹部しか持てない
超技術の結晶だった。
「弁明の言葉はいらないよ。
裏切りの対価は流血でしか支払えない。──死んで償え」
かちり。
撃鉄を起こす音。
僕は呪縛されたようにまだ動けない。
冷や汗がどっと噴き出して、目の前がちかちかした。
待ってくれ。違うんだ!
信じて下さい。
僕の心はいまも冷たく鋭く尖ったままなんです。
裏切る気なんてありません。
「へへ、だいじょうぶッスよ。弾丸は5発しか入ってないから運が良ければ」
う…運が良ければ?
鬼軍曹殿は子供のようににこりと笑った。
「二発目の銃撃で死ぬまでの間、1秒くらい寿命が延びるよ」




