「受け継げ!領主の赤き鎧」その2
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──この機神エルベラという物語は、
言ってしまえば支配と裏切りの物語だ(キリッ)。
よし。
あの後、しょんぼりしていたベルディッカに普通にサーベルを見せてやって
(すぐに機嫌は直った)僕は部屋をあとにした。
全身鎧に、いつもより少し異なる雰囲気を纏ったサーベル。
そう、いつかした約束の通り、武器職人たるベルディッカに僕のサーベルを強化してもらったのだ。いまや僕のサーベルは[[生きている武器]]になった。
人格──剣格?も存在し、所有者である僕もついに、
“彼”と喋ることができるようになった。
そのキャラクターは…まぁ、伝聞のとおりの第一印象だった。
とやかく言うまい。
いまや僕のキャラクターの方が…その、なんというか危機的な感じでもあるし。
がしゃん──と音を鳴らして僕は赤い絨毯を踏み、目的の場所に向かう。
気が重かった。
領主館は1階が社交場で、
巨人の絵が掛けられた大広間、舞踏会場、厨房、大浴場などがある。
2階は知識の中枢であり、古書や伝説を蒐集した図書庫が
広間から続く吹き抜けの渡り廊下にぐるりと展開している。
3階は客間であり、いくつもの宿泊部屋と生活施設が並ぶ。
談話スペースや娯楽室、鍛錬場のほか、ちょっとした出張商店すらある。
その──2階。
図書庫への扉に埋もれるようにして存在する《会議室》。
扉を開く。
からっぽの騎士鎧が並ぶ物々しい部屋。霊廟にも似た冷たい空気。
大広間とは意匠が異なる、厳格な雰囲気をもった長方形のテーブル。
巨大なエルベラの地図が掘り込まれたその机を挟んで、なんとこの物語の主要人物が一同に会していた。
呉越同舟どころか。
不倶戴天の天敵──である。
皆が一様に沈痛な表情をしていた。
先に到着していたベルディッカもだ。
思えば朝のおふざけなんて、これから起こる嫌なイベントを乗り越えるための
現実逃避に過ぎなかったのだろう。
彼女は彼女なりに不穏な空気を感じ取っていたのかもしれない。
あるいは優秀な彼女のことだから僕を慰めるために、敢えてあの演技過剰なじゃれあいをしに来た可能性すらあった。
とにかく──。
機神都市エルベラ側の人間、総勢4人。
変身の魔女チルティス。
化身の魔女ベルディッカ。
分身の魔女ユリティース・クラディール。
赤き鎧の領主ジーン。
蒸気都市ラグネロ側の人間、総勢5人。
紋章を継ぐ者ジョウ・ジスガルド。
傀儡の母ジェノバ。
教育係カーズ。
召喚兵器ミコト。
そして──鬼軍曹ルドルフ・イージューライダー。
「では――これよりラグネロとエルベラの今後について
本気のホンネで語り合うという所なんだけど──
へへ、まずはお集まりの皆様に感謝を申し上るっスよ。
よくぞこのテーブルに着いてくれました。
我々も卓を挟んで顔をつき合わせて、まともに外交するのは久しぶりです。
なにせ我々蒸気都市ラグネロの外交術ときたら、相手の喉元に刃を押し当てることから始まるんスからねぇ。
ああ御心配なく。そんな慌てて席を立たないで欲しいッス、魔女の長女さん。
今回に限っては我々は最大限ことを荒立てず、穏便に、友好的に対処するつもりッスよ。
オイラはむしろエルベラ側の人間に敬意すら覚えているッス。
よくラグネロを前にして逃げなかったな、とね。
《1に降参2に譲歩、3、4がなくて5に妥協》と恐れられるほどの、
超逃げ腰外交でのらりくらりやってきた、
臆病者の機神都市エルベラにしては、上等ッスからねぇ──ねぇジーンさん?
へへへ。
さて、この面子の中にはオイラの事を知らない人もいるみたいだし、
ジョウ君、前夜にあった出来事を説明してあげて欲しいッス」
こどものような奇妙な口調で、
しかし断ることを許さない強制力を伴いながら、
話す鬼軍曹殿だった。
「…ええ…判っています、軍曹殿」
僕は敬語で答える。
まるで昨日のことなんて忘れてしまったかのように、
平然と話しかけてくる鬼軍曹殿に、
戦慄を覚えながら。
前夜にあった出来事。
あの日──
トーナメントに優勝して、表彰式を辞退して、
後夜祭にも参加せず、ボロボロの体をひきずって、
領主館《エンガッツィオ司令塔》に帰還した僕たちが、体験した出来事。
いま思い返しても鮮明だ。たとえどんな些事であっても忘れられるはずがない。
僕の運命の日──だったのだから。
長い長い夜の出来事について、僕は回想を始めた。




