「受け継げ!領主の赤き鎧」その1
《機神エルベラ》シリーズ
第五章
受け継げ!領主の赤き鎧・その1
★★★
──この機神エルベラという物語は、言ってしまえば支配と裏切りの物語だ。
巨人を操り、鉄魔術で支配する僕も。
この世の理を魔法で支配するチルティスも。
葬った死者を支配する召喚兵器ミコトも。
《嫉妬の炎》の魔眼で見たものを支配するフリアグネも。
支配という事の本質を識っている鬼軍曹ルドルフ・イージューライダーも。
そして本質などまるで理解しないまま強引に無理やりに問答無用で
遍く全てを支配する僕の父も。
誰もが誰かを裏切り、裏切られている。
その虚しさを知って笑うのはジーンだけだ。
物語に終わりがあるとすれば、僕がこの領主の様に、
支配と裏切りの虚しさに気付くその瞬間だろう。
それまでは、登場人物の誰もが、
結局は運命に支配されっぱなしなのだった──。
★★★
-1-
「ほらほらっ、気持ちのいい朝だよ~、起きてお兄ちゃん♪
おはようのちゅーして?」
「……」
なんなんだ。
物凄いデジャブを感じる。
具体的に言うと『歌え!ジュレールの伝説・その1』の冒頭あたり。
僕は布団を跳ねのけて、抱き枕のごとく僕の胸元に収まって、
にこにこしている妹を睨む。無言で。
おかしい。こんな朝の恒例行事はなかったはずだが…。
「恒例っていうか交霊?だよね、私のばあい」
「ああ、貴様は巫女だったな──
ってそんな事はどうでもい。何故ここにいるんだ貴様」
へっへー、と無邪気に笑う寝巻きのベルディッカに、
僕はあくまでも冷たく対応する。
「お義母さんに侵入経路を教えてもらったの。
そこの西側の窓が狙い目よ☆だって」
「『どうやってここに忍び込んだ』じゃない、
『どうしてここに居る』と聞いているんだよ!」
っていうかあの悪戯好きの母親、マジで何考えてるんだ…。
息子の貞操を守る気とかないのか。
忍び込んだのが幼いベルディッカだったから良かったようなものの、
もしあの性悪魔女の長女(特にショタ好きユリティース)に
夜這いを掛けられていたらどうなっていたか…。
割と本気でぞっとする。
「とりあえず離れろ」
「はーい」
素直に返事をして上半身を起こすベルディッカ。
ふかふかのベッドの上で、仰向けの僕の腹のあたりに
ベルディッカが馬乗りになっている状態になった。
重くは無い。僕と同じか一つ上の年齢であったはずだけど、
この妹は僕よりずっと小柄で軽いのだ。
僕のへそのあたりに両手をついて、ピンクの長袖パジャマの巫女は
ふりふりと体を揺する。
…これは離れたとは言わない。
「実はお兄ちゃん、ベルちゃんにはひとつお願いがあるのです」
「僕としてはもっと体を離してからお願いはして欲しいんだが」
「お兄ちゃんのサーベルくんをもう一回見せて欲しいの!ねっ、おねがいっ」
僕の苦情はまるっと無視して自分の話を通す妹だった。
しかし…ふむ。
そういえば前回ジーザス・クライスト・トリックスター劇場に入る前に
一度僕の剣を見せたんだっけな。
あの時の名目はたしかベルディッカの釘バット《エスカリボルグ》と
顔合わせをさせる、だったか…。
化身の魔女ベルディッカ。
武器の声を聞くことができ、万物の魂と交霊することを得意とする巫女である。
「ふうん…何が琴線に触れたのか知らないが、
夜討ち朝駆けも辞さないくらい僕の剣にご執心とはな。
やれやれ恐れ入ったぜ。そういう願いなら聞いてやりたいが…」
「うんうんっ!」
目を輝かせてパステルピンクの猫っ毛をぴこぴこと跳ねさせる妹。
とても可愛らしいその様子を見てると…何故だろう。
意地悪をしたくなってきた。
「しかし僕も軍人だ、己の魂たる剣をそうやすやすと渡すことはできないな!」
「ええ~!?しょ、しょんなっ!」
ばーん!とベッドの上に仁王立ちする熊さんパンツ一丁の僕。
我ながら魔王さながらの外道っぷり。
僕が起き上がった反動でころんと転がったベルディッカは、あわてて丸っこい手足をぱたぱたと振り、可愛い眉を困った形にして泣き顔で僕の足元にひれ伏した。なんと土下座である。
「お、お兄ちゃん様っ!おねがいっ、何でも言うこと聞くからぁっ…」
『お兄ちゃん様』という斬新な呼称の誕生だった。
「おやおや、女の子が『何でも言うこと聞くから』なんて言っちゃいけないぜ、ベルディッカ。頼まれようが頼まれまいが僕の剣は見せてやれないんだから、土下座なんてしなくていいよ。にこにこ」
「語尾に“にこにこ”とつくほど不自然な笑顔だよお兄ちゃんー!?」
むむ。可愛さを生存戦略として選択した愛玩動物の癖に、
なかなか上手く突っ込むものだ。
ますます燃えてくるではないか。
「ねーねー意地悪しないでよう。ほら、ベルちゃんの頭なでていいよっ」
「それは貴様がして欲しい願望だろう?
僕はべつにそのふあふあの猫っ毛を撫でたいなんて思わないしー」
「じゃ、じゃあじゃあ何かあげるから!
えっと、手作りのナイフとか、お弁当とか、肩たたき券とか…」
「生憎僕の武器はこのサーベル君だけさ。肩たたき券もノーセンキューだ」
「じゃあ…えっと、えっとぉ…」
「シンキングタイムはあと十秒ね。じゅー、きゅー」
「あうううう…!お願いまってお兄ちゃん…」
ふはははは! 困ってる困ってる。
世の中に妹をいじめること程気持ちのいいことは無いな!
いい!キャラとかもうどうでもいい!
今現在を楽しむ事が大事なんだよ!
僕の性格なんて後でシリアスっぽい事を言っとけばどうにでもなるって!
『──この機神エルベラという物語は、
言ってしまえば支配と裏切りの物語だ(キリッ)』とかね!
大丈夫大丈夫、それより今は笑おう!ふははははははーっ!
僕はなんかもう後戻りできないキャラになりつつある事を
頭の何処かで自覚しつつ、悪魔のように笑っていた。
爽やかな朝陽のなか、ベッドに仁王立ちする下着いっちょの兄!
その足元に涙目でひれ伏すパジャマの妹!
素晴らしい絵だった…。
額に収めて飾りたい。
僕が正式に領主の地位を受け継いだら、
大広間の巨人の絵はこの図に差し替えだな。
いやもう、我ながらフリアグネもびっくりな変態的発想だが。
「さぁて僕もヒマじゃないしそろそろ着替えて顔を洗いにいこうかな。
あ、勿論サーベルは持っていくよ。
なにしろ大事な軍人の魂だ、肌身離さず帯刀しなくちゃね。
誰かに勝手に刀身を抜かれないように気をつけよーっと!」
と、やたらウキウキした口調で言ってベッドから飛び降りる僕の下着を、
つん、と幼い指が引っ張った。
あれあれー?何か用かなー?
ベルディッカが、もうこれ以上は無いだろうという様な困った顔で、
切なそうに未練がましく僕を引き止めたのだった。
僕はにんまりと笑う。「ん?」とかわざとらしく顔を近づけて聞いてみる。
グッバイ僕のクールキャラ。
「……じゃ、じゃあっ」
うーうー悩んだ末に、なにかを決意したような潤んだ目で、
上目遣いにおねだりするベルディッカ。
「ベ…ベルちゃんの…ぱんつっ、あ、あげるからっ…
お願いを聞いてくださいっ」
「ちょっと待てその交渉術は誰に習った!?」
思わず素に戻って怒鳴る僕だった。
いや待て待て待て!
いたいけな少女に身売りを決意させるほど鬼畜な真似をしたのか僕は!?
じょ、冗談じゃない!
そんなつもりはない!
むしゃくしゃしてやっただけなんだ!犯意はなかった、今は反省している!
ほえ、と、羞恥で真っ赤になった顔をあげて、
ベルディッカは僕を不思議そうに見た。
「え、だって男のひとはみんなぱんつが好きだって…
部屋いっぱいの黄金より価値があるって…」
「それは当たらずとも遠からずだが一体誰がそんなことを!」
荒々しく妹の肩を抱いて問い質す。
ぶんぶんとあんまり激しく揺するものだからベルディッカは目を回してベッドに倒れこんだ。押し倒したような形になってしまったが不可抗力だろう。
ちくしょう、僕の可愛い妹に歪んだ性教育を施した悪漢、
というか痴漢を滅してやらねばなるまい!
だれなんだそいつはー!
ぐるぐるの目でベルディッカは小さく。
「フリアグネさん」
と言う。
「やっぱりかフリアグネぇええ!」
どんなに僕のキャラが崩れようと関係ないな、貴様が変態ナンバーワンだよ!
僕の怒りの叫びが、朝の光差し込む西側の窓に吸い込まれて、消えた。




