「響け!ウェディングマーチ」その5
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灼熱の太陽を睨みながら、朽ちた龍の背骨のようなつづら折りの坂道を登りきると、
急に砂まじりの乾いた風がやみ、
ぽつぽつと生えていた枯れ木がだんだん緑色になって頭上を覆い出した。
やっと影になって涼しい。
どうやら山脈地帯のなかほどに滝があるらしい。
坂道を登ってたどり着いた広場には、その滝の傍流だろうか、
小さな岩清水でできた泉があって、
そこに鳥や鹿が集まっている。山中のオアシスだ。地面には苔すら生えていた。
「おお・・・ひさしぶりにこんな潤った場所にでたぞ・・・!」
これはちょっと感動するな。
いい加減、鎧のなかのざらざらした砂の感触に嫌気がさしていた所だ。
ここらで身を清めてからエルベラの侵攻を始めるとしようか・・・。
僕は泉に群がってる獣どもを蹴散らして(人間様が優先だ)、場所を確保する。よし。
「さぁ、貴様も水を飲んでおけ。
血は止めたとはいえ傷は浅くないのだからな」
「えへへ・・・すみません・・・ジョージ様」
僕は自分の背中から、蚊のなくような声で呟くチルティスを降ろして
泉の脇の砂地に横たわらせた。
手当てをするのに邪魔な花嫁衣装の上は破いて捨てたので、
チルティスは今その貧相な胸をさらけだした状態だった。
破いた際ちょっとばかし非難の目でみられたが、ふん、知ったことか。
「えへ、恥ずかしいけど・・・隠す体力もありません。
本当に・・・完膚亡きまでに叩きのめされちゃいましたねー」
「僕の許可なく喋るな。傷に障るぞ・・・身体を拭いてやるから右手をあげろ」
「できませんよぅ・・・ジョージ様にお任せしますから、好きにして下さ・・・
きゃっ、やっ、えっち!」
「まだ元気じゃないか・・・」
なにがえっちだ。そんな体に欲情などするものか・・・。
だいたい僕はまだ子供だしな。
埒があかないので一緒に泉にはいることにした。
水浴びでもしなきゃ互いの身体にこびりついた血は取れそうも無い。
消毒をしなくてはな。
当然僕も鎧を脱いで裸になる。
きゃーとか えっちすけっちわんたっちとか何とか、
またチルティスが騒ぐ場面があったけど割愛。
色々と殺し合いを演じたものの・・・結局僕らは肩をならべて、
泉の水でともにその身を清めた。
許しあうように。
「…あのう、ジョージさま」
チルティスが、彼女の太ももを洗ってやっている僕に話し掛けてきた。
「ん?何だ」
「どうして急にわたしを助けてくれたんですか?」
「ああ・・・まぁ貴様にとっては不可解だろうな。
ふふん、優しさでは無いことは確かだぞ」
あの後。
僕は彼女を残してエルベラへ向かう気満々だったのだが。
(あなたがエルベラへ着いたら街の人に伝えて下さい)
彼女が僕に託そうとした遺言、その中に聞き捨てならない名前があった。
(ジーンの孫チルティスは街を守れませんでした、ごめんなさい・・・と)
「・・・貴様のオジイチャンとやらに言いたい事ができた。
エルベラにいる赤い鎧を着た老人で間違いないんだな?」
「え、ええ・・・」
「そいつの開く大陸記念パーティに蒸気都市の代表として参加する事が、
僕が機神都市を侵略するにあたっての表向きの訪問理由なのだ。
ジーンと門番が身内である以上、
本来なら僕は通行許可を貰ってあっさりと通れたはずなんだ」
「ええ!?でも私はオジイチャンに命じられて…・あれ、あれれ?」
「ふん。何と命じられた」
僕は責めるようにわざと手を這わす。
やだ、やめてくださいとチルティスが呟くがやめない。
質問は既に尋問に変わっているのだ。
「こ、この渓谷を通る鎧を着た若者を──倒すように、って・・・」
「やっぱりか」
僕は彼女から体を離す。
ざばぁっと立ちあがり軍刀を手にして──山の頂上を睨む。
「ジーンめ、ラグネロの侵略目的に気付いているな。
いきなり殺そうとしやがって…
そのクソ爺には絶対にツケを払わせてやる・・・!」
人質もいるしな!
何も分かってない人質ことチルティスは
「ひゃんっ、ジョージ様、前を隠してくださいよぅ!」とかいって顔を赤くしていた。
いや・・・見るなよ。
シリアスなシーンだというのに緊張感のない奴め。
そんなこんなで。
身を清め終わって泉からあがり、僕らはふたたび旅をする。
この僕、蒸気都市ラグネロの兵士、ジョウ・ジスガルド二等指揮官と、
変身の魔法をもちながら、そのマヌケさの所為で元の姿にもどれなくなった
瀕死の魔女、ジュレール・チルティスは、
長い道のりを越え、
──とうとう機神都市エルベラの赤き門に、到達した。