「蹴散らせ!お宝ハンター」その14
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僕が上半身だけの泥の巨人、エルベラの表面に手を添えると、それは気体を放ちながら溶けるように蒸発していく。風に消える。分解されていく。窮屈だった劇場は開放され、闘技場には狩人フリアグネと塔のゴーレムだけが残る。
僕の額の紋章が一度だけ熱く、ブゥウーン…と唸って、
また眠りに落ちたように皮膚に定着した。
「じゃぁ特別試合は貴様に任せるぞ」
【ありがと、ジョウちゃん】
ジョウちゃんはやめろ…貴様って、どうも僕の呼び方が安定しないよな。
おチビちゃんだったり糞餓鬼だったり義理の弟だったり。
【…さて!】
白いタキシードを着こなした狩人は、元気よく振り返り、腰に手をやると、
にこやかに塔のようなゴーレムを見上げた。
振り返るその動作とともに黄金の光の帯がしゃらりと追従する。
さながら一体の彫刻のように、己を抱きしめる耽美なポーズで体をねじり、髪をかきあげる。そして蛇の眼で…それだけが笑みを感じさせない、爬虫類の眼で、詩人に宣戦布告した。
【うふふ!鶏と犬と猫と驢馬かい!
なかなか可愛らしい連合軍だけど、僕の狐さんに勝てるとは
夢にも思わないで欲しいな!】
指輪が嵌った細い癖にごつい指で、すっと指し示す。
【特に詩人さん──君は僕と美男子キャラが被っていて目障りだよ!】
ど、どうかなそれは…?
少なくとも、犯罪者と性犯罪者くらいに違う、
深くて暗い溝があると思うんだが…。
《ブレーメン》も僕と同じ思いのようだった。
《くっ…わ、私が今まで言われたなかで最も侮辱的な言葉ですよ!
貴方とキャラが被っているなど!》
塔の頂上に位置する鶏のゴーレムがその翼を大きく開く。
いよいよ戦闘開始か。
まずは毒ガスを散布する気だろう。
僕の合図で、魔女三姉妹が各々のやり方で観客席をガードし始める。
今までの戦いよりずっと大規模で無差別な破壊がもたらされるという予測──。
それは、いきなり的中することになる。
《我が滅天の義兄弟よ――
かのお宝ハンターの面汚しの命!
私達が刈り取って故郷の神殿に捧げましょう──! いきますよ!》
《賛成だね!》ケンタウロスが大地を蹴る。
《いくにゃあ!》スフィンクスが砲門を開く。
《っしゃああああああっ!》ワーウルフが天に吼える。
狩人はそれを見て目を細めている。
心底楽しそうだ。心が戦闘意欲で焼け付いているのが観てとれる!
《ハッハァ! 一番手はボクだよ、よろしくゥ!》
塔の最下層、四脚駆動のケンタウロス型ゴーレム《シルヴィア》の、
白い女神を模した上半身から“投げ縄”が放たれた。
女神の手首がバクン!と開き、そこからワイヤーが発射されたのだ。
ワイヤーの先についた手錠のような輪で獲物の体の一部を拘束する──
《九尾狩り鎌》オルロゾの常套手段!
手錠…いや、首錠はまっすぐに飛んで狩人の首を狙う!
《ちなみに、お得なミミヨリ情報を教えてあげよう!
このワイヤーは単分子鞭の塊なのさ!
手で触れれば五指が飛び、剣で斬ろうとすれば逆に刃が無くなる!
細く!硬く!質量・重量ともにゼロに限りなく近い!
わずかな操作で変幻自在にうねる、回避不能、防御不能の究極拘束具さ!
ヘタに避けるよりは大人しく、
首錠部分を喰らっておくことをオススメするよ──!》
ハイテンションで解説するオルロゾ。
自分の能力を嬉々として自慢するあたり、いかにもお調子者といったところ。
あるいは──
ハッチを開けた詩人と同じく、自分の能力に絶対の自信があるか、だ!
(しかし実際に厄介だぞ…!
鞭は最も回避しにくい武器の一つだが、それにプラスして
拘束と切断の二系統の属性まで加わるとは…!)
迫りくる高次元の切断力を持ったワイヤーを正面に、狩人はなんと──!、
【へぇ、そうなの?なら君の薦める通りにしてみようかな】
自分から、くいと首を上げ、回避もせずに首錠を受け入れた。
*がしゃきぃいいぃいぃんっ
わずかに青光りする鋼鉄の輪が、噛み付くように、
狩人フリアグネの首を拘束する!
「なっ…!?」僕は思わず呻く。
馬鹿っ…!捕まったら終わりだって…言っただろうがぁーーーー!
(良く考えたら言ってなかった)
『やったぁ、フリアグネ選手が捕まりましたぁ!
ついに逮捕されたと言い換えても違和感がありません!』
『いいぞぅ! やれっ、やっちめー! 全員でコテンパンにしたれー!』
【コテンパンかぁ──楽しみだっ!】
にぱー!首輪を着けられているというのに満面の笑顔。
「ど、どれだけ取り返しがつかないレベルの変態なんだ貴様はっ!?」
まさか合法的に叩きのめして貰うために名乗りを上げたんじゃないだろうな…。
狩人とオルロゾの間にワイヤーが橋をかける。
ゴーレムの女神の手首断面でそれは巻き取られ、ぎりぎりと引き絞られた。
きり…きり…き…!
これで…一切の弛みもなく、狩人は拘束されてしまう。
《へへ、面白い奴だね──そしたら次は《シルヴィア》自慢の美脚による
市中引き回しのSMショーをご覧あれ!
スゴいんだぜ、超高速の世界で犬みたいに散歩させられるんだ、どうなるかわかるかい? あっというまに骨は砕け肉は飛び散り、血はラクガキみたいにあちこちに張り付き、しまいには君は地面との摩擦で自然発火して灰も残さず消えるのさ!》
【それは楽しみだ】
しれっと繰り返して言う。
変わらずにまっすぐオルロゾを見つめる瞳。端整な顔。不敵な笑み。
──む?こいつなにか企んでいるな。
饒舌な遊牧民は、女神の上半身と馬の下半身を持つ異形のゴーレムで数回大地を蹴って、なおも自慢を続ける。
《鞭、首錠、熱責め、踏みつけ、晒し者ぉに引き回しぃ!
責めのバリエーションは豊富でどれもドMの君を昇天させること間違いなし!
くくく、それじゃ存分に楽しんで逝ってよ──
ドSでサービス精神満点な、ボクの《シルヴィア》をさぁ!》
*かっ──だかっ、だかっ!だかっ!
*だかだっだかだっだかっだだだだだだだだだだだだだだだだっ!
大きな、貝殻を伏せた形の劇場。
その観客席に風圧が届くほどの激しさで、いま巨大な塔が奔りだす!
奇妙な光景だった──。
4体のゴーレムが重なってできた塔──精霊信仰の柱のような異形が、
驢馬の四脚でもってその重量感をものともせず、戦車のように、
超高速で駆け出したのだから――!
爆撃に似た音とともに地面に跡が刻まれる。
驢馬の蹄。
そして、刈られた狩人の血の跡。
地面に摩り下ろされたフリアグネの、体が破壊されゆく傷痕──!
【っ…!…!…】
《はぁ? 何ですかー? 何を言ってるのか聞っこえっませーーーーん!!》
狩人は何かを言っているようだが、
彼の全身の骨が折れ肉がミンチにされる音に紛れて聞こえない。
【………き…】
《あーーーはっはっはっは!もっと大きい声で頼むよ!
なんせほら、ボクの耳って驢馬の耳だからさぁ!よく聞こえないんだよ!》
馬の耳に念仏ってね、と楽しそうに喋りながら、オルロゾは狩人を引き回す。
わざとリングサイド近くを迂回して遠心力で壁に叩き付けたり。
ロデオのように跳ね回り、引っ張られて転がった狩人の体の上で
幾度もダンスを踊り、超重量で踏み潰したり。
傍目で観ていてもおぞましい攻撃が繰り返される──!
く…っ、こいつ、間違いなくサディストだ!
自分の世界にしか興味がなくあっさり他人を巻き込む詩人とは
また違ったタイプの、悪逆非道!
お宝ハンターってのは本当に魑魅魍魎みたいな奴等ばっかだな──
(くそっ、したくもない心配をしてしまう。フリアグネの奴、大丈夫なのか!?)
と──
注視して見ると、狩人は──
【気持ちいいねぇ…もっと踏んでおくれよ…】
…うっとりしていた。
《なっ…!?》
オルロゾもそれに気付いたらしい。急停止して振り向く。
《なんだってーーー!?き、君って本物のマゾ!?》
劇場が騒然とする。というかドン引きする!
あれだけ引きずられて、あれだけ踏まれた狩人から、
もっとやってくれという言葉が出るなどと一体誰が予想しただろうか?
いや、さらによくよく見ると狩人、服も破れてなければ傷も無い。
髪すら乱れていない!
血の跡は、劇場にもとから落ちていた血(僕の血かもしれない──)が
狩人の体を絵筆にして広がったもので、
骨の砕ける音と思われた物は、ただの擦過音のようだった。
…ノーダメージだ!
まさか──スウィートホームか!?
自己治癒の魔道具。
本来は呪いのアイテムであるその白いタキシードを、
魔道具術士一流の手腕で飼い慣らしたフリアグネ自慢の逸品。
あれ、しかし、おかしいぞ!?
いくらなんでもあんなデタラメな回復速度では無かったはずだし──!
第一、狩人の様子をみるに、傷を受けてから直ったという雰囲気ではない。
血で汚れていないし、それどころか埃や瓦礫の砂すら付着していない!
輝くような純白を保っている──
《な、なん、なんで僕の《シルヴィア》の攻撃が効かないんだ――!?
ねぇねぇ!さっき僕、お徳な情報を教えてやったろ!
君も秘密をあかしてくれよ!
そしたら僕らはフィフティフィフティ!ギブ&テイクの精神ってやつさ!》
混乱しながらもちゃっかり交換条件を持ち出し、
秘密の開示を迫るオルロゾだった。まったくいい性格してるぜ。
まぁ僕もそこんとこは聞いておきたい所なので止めはしないが…。
やっと苛烈極まる犬の散歩から開放された狩人は、
首輪をしたまま優雅に立ち上がり膝を払った。
髪をかきあげ──ふっと笑う。
【うふふ…いいともいいとも。
リクエストにはお答えするのが紳士の務め。
かみさまの尻尾の秘密をひとつ教えてあげよう――。
さて。そのためにまずは、服を脱ぐね】
ええええ。なにそれ…?
『ちょ、ちょっとフリアグネ!?
貴方いつも変だけど急にどうしたの!?脈絡なさすぎるわよ!?』
『ロリコンとマゾと変態だけじゃ飽き足らず露出狂まで併発したのかよ!?
…ってうわー!ほんとうに脱ぎ始めた!』
魔女の罵声にも構わず、嫌がっている観客のブーイングもスルーして、
狩人は奇術師がマントを翻すように勢いよく白いタキシードを脱ぎ、
ばぁっと宙に放る。と──
(おおっ!?)
その下に、目映く輝く緋色の衣装があった。
ゆったりとして幅のある袖。鎖骨が見え隠れする程度に着崩された袷。
足元を覆う袴と、足袋を履いたつま先。草履。
腰には片刃の剣が挿さっていた。
外観は儀式用の細剣。
刀身から柄まで一つに繋がったような模様が刻まれている。
刃渡りはコンパクトで、色はガラスめいた透明。
細く長く薄い。一見して脆く壊れやすい印象を受ける剣である。
いつのまにか狩人は、その斑模様の髪をかきあげて鉢巻までしている。
それは奇しくもこの街の領主、ジーンの生まれ故郷ヒノマルの民族衣装に似た──男物の戦装束だ。
風の巻く劇場のリングに、堂々と立つ。
【じゃーんっ。狐らしく化けてみました】
まるでヒノマルの武士さながらに戦装束を着こなした狩人フリアグネは、懐に片手を入れて、もう一方の手でぽりぽりと顎を掻く。なんだかすごく認めたくないが、その姿はまるで歴史上の英雄の肖像画のようで、普段タキシードなど着てるはずの彼にもよく似合っていた。
《…それが僕の攻撃を防御したアイテムかい》
【そう──神様の尻尾をアレンジして身に纏った衣服さ。
詳しい性能は追々(おいおい)教えてあげるとして──
ちょっと決め台詞を言わせて頂戴】
決め台詞?と驢馬が聞き返すのに対して──
狩人は、試合の宣戦布告をした時と同じように、
対手に向けてすっと指を掲げた。
【詩人さんとは容貌が、そしてどうやら君とは性癖が被っていたようだ。
実は僕も、根っからの、蛇みたいに冷血な嗜虐主義者なんでね――
――同じキャラは二人もいらない!全力で潰させてもらうよ!】
と狩人は決め顔でそう言った。
…いやだから、どうかなーそれ…ほんっとにマジで説得力が無いんだが…。




