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機神エルベラ  作者: 楽音寺
第四章 蹴散らせ!お宝ハンター
46/71

「蹴散らせ!お宝ハンター」その13

★★★


【みなさんお待たせ。もうすぐ僕の登場だよ!】

そう独り言を言って狩人は劇場の天窓から飛び降りた。


★★★



-13-



『まさかの第四戦終了後、このような特別試合(エキシビジョン・マッチ)

行われるとはっ! このクラディールびっくりでございます』


『ほんとに司会失格だよなお前っ。

どうする?首くくる?毒薬イッキする?フリアグネと結婚する?』


『ですよねー!トーナメントの段取りくらい把握してろってのー、みたいな?

わたくし解説といたしましてもこの相方の無能にほとほと呆れておりまして…』


『おいっ?ちょっと待ていつ司会と解説が入れ替わった!?

シスターの格好してる癖に人に罪をなすりつけるんじゃねぇー!』


『はいロープと毒薬と結婚指輪』

『いらねぇよ!ちくしょうすげーニコニコ顔で渡しやがって…

お前が死ね!この性悪女っ!』


うるさい。




遠くで花火の音がする。

劇場は戦慄と興奮に包まれ、観客たちは大一番の出し物に驚嘆していた。


手を握り合う恋人たち。

飛び上がって喜ぶ子供を(さと)す家族連れ。

固唾(かたず)を飲んでショーの展開を見守る学生。


まだサーカスだと思っているんだろう。

ふん、なんという平和ボケした奴等だ。


こんな連中は――

僕が守ってやらねばな。

この街に、地獄絵図は似合わないもんな。




(さて──いつものように戦力分析だ!)


僕は半ば破れたマントを(ひるがえ)して気合を入れる。


目の前の塔のような合体ゴーレムは、

(もう機体名はそのまま《ブレーメン》で良いだろう)、

単純に4機体が肩車のように積み重なっただけの代物(しろもの)じゃあ、当然ない。


歯車は噛みあい──

皮膚も骨格も筋肉も融合し!

神経伝達繊維(シナプス)はスパゲッティのように絡んでいる!

その内燃機関(エンジン)も共有しているようだ──!

つまり、予想される出力はいままでの4倍以上!


各種の兵装から編み出される戦術も、4種類の順列組み合わせ以上の、

豊富なパターンを有していることだろう!



ブレーメンの塔の一番上──《鶏》に乗った詩人も、

ハッチを開けた状態で騎乗している。

あれだけの高度ならば攻撃される危険も少ないという判断か──

あるいは自分の魔術(うた)に絶対の自信があるのか。



僕の懸念(けねん)はひとつ。

既に、エルベラから降りてしまっている事だ。

この対面した状態から一転、背を見せて背後の巨人の所まで疾走したとしても

(表面に手を付けばコックピットへ移動できる)


──間に合うだろうか。



舌打ちして塔の足場を見やる。

第3試合、《九尾狩り鎌》オルロゾの騎馬(ケンタウロス)型追跡ゴーレム《シルヴィア》。

あっさりした演出だったからスルーされがちだが、

その手元から射出されたワイヤー式の首錠で敵の体を拘束する…

いわば“投げ縄”が、この場合においては最大の脅威だった。


拘束と高速。

ふたつの武器をもった遊牧民。

ひっかけて(・・・・・)ひっぱって(・・・・・)、ズタボロになるまで転ばせる(・・・・)という単純明快な戦法は、

僕のような敵の意表をついて行動する奇襲型と相性が悪いのだ。


(いや、最悪と言っていい…毒ガスと歌以上に…)

ごく、と喉を鳴らす。捕まったら最後だ。それを肝に銘じよう。


しかしなんだ…こいつらも変な乗り手と機体の組み合わせしてるよな。


バカと刃物(はもの)

臆病者(おくびょうもの)とミサイル。

調子者(ちょうしもの)とスピード(せん)

(うた)詩人(しじん)(どく)のブレス。


12歳の僕と天を()くような機神の組み合わせも人の事はいえないが。




     ましたか?》

《どうし たの?》

     やがった?》

     たんだい?》


《ブレーメン》の面々が複雑に入り混じった合成音声で尋ねてくる。

観客がざわつく。

いかん…脱線してしまった。僕は眼前の敵を睨んで、答えた。


「なんでもない。どうやって貴様を叩きのめそうか思案(しあん)してただけさ」



           のですが》

《そう、それならいい にゃあ》

            んだがよ》  

            けどねっ》 



気持ち悪い…。

その喋り方、深刻にやめて欲しいんだが…。


ま。


さっさと倒してやれば、もう聞かなくて済むかな──。




僕は軽く跳ねる。とんとん。体は軽い。まだやれる。

ざくっ!と地面を蹴って。

深く身を沈め中腰に。

サーベルを居合いの形に構えて、獣のように戦闘態勢に入る。


「じゃあ、始めようか──

折角合体してもらった所だが、180秒でバラバラに崩してやるぜ!」


戦意は十分、体調は万全、お得意の大口叩き(ビッグマウス)も絶好調だ!


いくぞ!




*【ちょっと待ったーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!】



「っとぉ!?」


あやうく転びそうになった。なんだよ!やる気が殺がれるなぁ!


イラついて声がした天窓の方を見上げると…

なんとそこには、あの狩人フリアグネがいた。


「…か──狩人だと?」

自分の眼を疑う。


前回僕とチルティスに完膚(かんぷ)なきまでにやられて街を出た変態紳士。

置き土産にふたりの魔女にセクハラを敢行(かんこう)し、追い立てられたはずの狩人。

目の前のゴーレム使い達など比べものにならないインパクトを残した──


元祖お宝ハンター、狩人フリアグネ!



天窓から飛び降りたのだろう、空中を、しかしゆっくりと、

まるで水中に沈んでいるかのようにゆっくりと落下する。


ガラスの破片をともない、差し込む光さえ神々しく、

白いタキシードの肩に炎を揺らめかせ。


麗しき絵画のように、天使に召抱えられ昇天しているかのように、

一度は灰燼(かいじん)と化したはずの怪人は、

僕らの立つリングに降り立った。



口元からぷかり、と泡を吐くと、水中現象(勝手なネーミング)が消え、

揺れていた狩人の髪もまたふっと重力に負け、風に遊ぶ。



同時に、三十路を超えた狩人は、にぱっと花が咲くように笑った。


【──ただいまジョウちゃん! あの決闘以来だね!

あの日、魔女の皆さんにはちゃんとセクハラできたけど、

君には手を出し忘れていたからずっと心残りだったんだよぉ。

うふふ、あいかわらず可愛いお尻――ふぐっ】


途中だったがサーベルの峰で思いっきり殴ってしまった。

頭を数キロもある鋼鉄の棒でどつかれて一旦は地に落ちるフリアグネ。

しかしみるみる内にタンコブが縮み、腫れがひき、けろっと復活する。


【…痛いじゃないか】

「すまん──いや、だって気持ち悪いんだもん貴様!」


この台詞も何度言ったことか。

気持ち悪い。

たぶん現時点で通算回数は二桁に達しているだろう。




『っ……!!!!!』

『っ……!!!!!』


その闖入者(ちんにゅうしゃ)に驚いた司会と解説が、同時に息を潜めて身を隠す。

フリアグネを追って街を出て、そして何も言わずに帰郷した彼女ら。

旅先で何か嫌なことでもあったんだろう…。


旅にでる前は狩人に多少なりとも好意的っぽかった筈だが、

今は全力で避ける方針のようだった。


【おや、なんだか懐かしい匂いがするよ。

ユリティース、クラディール、ここにいるのかい?】


居留守(いるす)を使われているというのに空気を読まず語りかける。

ストーカーの本領発揮である。

そういやこいつ、最初に会った時も声だけであの長女らを聴き分けていたな…。

ふたりの魔女は顔だけでなく声もそっくりだというのに。



【くんくん…やっぱりそうだ!

このちょっと暖かいお日様みたいな匂いがユリティースのぱんつで、

このすこし湿り気のある若草の匂いがクラディールのぱんつ!

2人ともこの劇場のどこかにいるんでしょ?】


『う、うわぁあああっ人前でそんなこと言うなぁ! もうお嫁にいけねーっ!』


『死になさいド変態っ! 何故よりによってパンツの匂いで気付くのよ!!!』


【わぁいっ! 2人とも久しぶりっ !元気してた!?】


『元気じゃねーよ、吐き気がするよてめぇの所為で!』


【あはは、酸っぱい物でも買ってくる?】


『ソレジャナーイ! 悪阻(つわり)ジャナーーーイ!

妊娠させられた覚えはないわよっ!

もうっ変態変態変態!ばかばかばかばかばかっ』



やはりこの変態(ボケ)を前にしてツッコまない事は不可能なようだ。

ふたりの魔女は簡単に(あぶ)り出されてしまい、

結果フリアグネを喜ばせることになってしまっていた。



しかし些細な疑問、貴様らは左右に分かれた分割人間で、

同じ一枚のパンツを履いてるはずだが、なぜ匂いがそこまで違…。


いややっぱいい…っていうか僕までなにを言ってるんだ…頭痛がしてきた…。





いかん。ただ登場しただけで物語の空気を塗り替えてしまうこの変態に、

まともに付き合っているとキリがない!


「──おい!へんた…いやフリアグネ!」


【変態と呼んでくれて一向に構わないよ】


「じゃあ変態!この試合、わざわざ止めたからには何か用があるんだろう?

さっさと言えよ、ほら観客もぽかんとしちゃってるじゃないか!」



フリアグネは僕に怒鳴られてはじめて、物珍しいといった風に劇場内の客を見渡す。客の顔がびくっと引きつる。狩人の視線にあわせて波のようにドン引き。まぁ無理もない。第一印象がアレじゃあな。


【ふぅーーん…こっちにはこんなに観客(オーディエンス)がいるんだ】


興奮するね!と元気よくにぱっと笑う。


思い出せ、貴様は30台のおっさんだぞ。

にぱっと笑っていい年じゃない。

魔女のぱんつの匂いを嗅いでいい年でもない。



「…そうだ、突然乱入してきて何をしようとした?

言え! 早く貴様に消えてもらわないと皆の精神がやばい!」



【うふふ。消える気はないよ──

そう、僕はこの《ブレーメン》を退治する気で来たんだ】



狩人はそういって、背後にそびえる塔のようなゴーレムを指差す。


なに?



【僕の流した(ウワサ)のせいでこの街がピンチだって聞いたものでね。


――君たちを助けに来た】



「た、助けに?」

貴様に世界一似合わない言葉だが…。



そんなことないよ、ここに来る前にもちょっと世界を救ってきたし、と。

狩人は意味のわからないことを飄々(ひょうひょう)と語り、そして──



背中の下のほう──腰の少し上から、

ばあああああぁぁっ!と光の帯を展開する!


(うぉおっ!?)唐突で驚いてしまう。

「な、なんだよそれ!?」



【ふっふっふ、これは最近手に入れた新しい魔道具さ!

いや、秘宝かな?

ちょっと特殊なアイテムだから分類は難しいんだけど──】



眼も眩むまばゆさが狩人の背後から立ち上る。


編まれて絡み合う光の糸の集合体──

ある意味、チルティスが変身するときのあの光に似ている。


しかしそれの場合は、(まと)まりをもって生き物のように──

そうだ、それはまるで獣の尾のようにふさふさとしたものだった。


くるん。

右に。

くりん。

左に──。


狩人の心の動きにあわせて、自由に動く第三の腕。


それを、すっと捕らえて、愛おしそうに頬ずりする狩人。

熱い吐息を吹きかける狩人。

嫉妬の魔眼でじぃっと視姦する狩人。


うわっ…。



【これはある神様の体の一部で《厨子姫(ずしひめ)》って言うんだ。

しっぽのあるかみさま、さ──

うふふ、僕が妄想(おも)うに、

きっと持ち主は巨乳で可愛い妖狐(きつね)のお姉さんだね。


そりゃもう、ぼんきゅっぼん!の、ばいんばいん!

美女なのに“じゃ”とか言ったり“わらわ”とか言ったりするアレね!

イイね! やばいね、萌え死ぬね!】



うわぁ…………。


いまにも舌で舐めかねない勢いで、

自分の腰から生えた尾を抱きしめる三十路のおっさんだった。


なんというか、なんというか──

やっぱりこれ以外では表現できない。気持ち悪い!


【うふ、うふふ、うふふふふ……

嬉しいなぁ楽しいなぁ。これから思う存分に試し切りできるんだ。

自慢の武器を振るう瞬間こそお宝ハンターの醍醐味だよね…!

うふ、うふふ、うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ…】


劇場は水を打ったようにシンと静まり返ってしまった。





《え、英雄さん…こいつは一体…何なんです……?》


この劇場にいる誰よりも戦慄しながら、《ブレーメン》が僕に聞く。

僕は首を横に振り、もう駄目だ諦めろ、とジェスチャーで伝える。


「変態だ」


《それは見たら解ります!

こ…これがあの有名なお宝ハンター、狩人フリアグネなのですか!?》


「ああ…残念ながらな…」



沈痛な面持ちで会話する僕らをよそに、

狩人のひとり妄想劇場はピークに達しているようだった。


【ああっ、ケモノっ娘よ永遠なれ! ケモナー万歳!

しっぽの神様ありがとう、大事に使います寂しい夜とかに──!】



…。

……。


「えーと、じゃ、僕は控え室に戻るから…。

なんかアイツが貴様らの相手をするみたいだけど…その…がんばれよ」


僕は味方サイドであるはずのフリアグネではなく、

敵である《ブレーメン》に向けて言い残した。


《え…うそ…がんばれって……………………えっ!?》


「が、頑張って下さいね…」

「ふぁいとー」

「元同業のよしみで応援して差し上げますわ」


(チルティス)(ベルディッカ)相棒(ミコト)もそれに乗っかる。


《え、えっ?》


「がんばれー!」

《えっ》

意外な方向からも声援があがる。


「そうだ、その気持ち悪いのを早く倒してくれ!」

「やっちゃえー!」

「頼りにしてるぜ、合体ロボ!」


…なんと観客まで煽りだしたのだった。

しかも冗談じゃなくて割と本気だ。



《や…ちょ、ちょっとぉーーー!?》



さらに司会と解説まで参加しだしたから手に負えない。

セクハラ攻撃による精神的打撃から復活した魔女のマイクパフォーマンス。 


『…そうっ!そうね、それがいいわ!

がんばれぼくらの《ブレーメン》!

ファイトだみんなの《ブレーメン》!

おねがいっ!あの変態魔人を叩きのめしちゃってー!!!!』


『おら皆も応援しろ!声が小せぇ!

そんなんじゃ合体ロボのエネルギーが溜まらないだろ!!』



*わぁあああああっ!

*たっおーせ! たっおーせ! たっおーせ!



《い、いやそんな『みんなの応援が僕らの力に』みたいな機能はっ…!》



*『いっよぉおおおおし!俄然(がぜん)やる気が湧いてきたぜ!

それでは皆さんご一緒にっ!


掟破りの特別試合(エキシビジョン・マッチ)

れでぃぃぃぃいいい!

ゴォーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!』



《は…っ》

《始まった…だと…っ!?》


【うふふ──良い試合にしようね!】




夢から醒めやらぬといった表情の狩人と。

夢なら醒めてくれといった表情の詩人だった。


可哀想だが仕方がない。

ストーカーに一度絡まれたらなかなか逃げられないのだ。

それはこの僕も身をもってよぉーく知ってる事なのだった…。

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