「蹴散らせ!お宝ハンター」その11
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詩人はコックピットの中で徐々にその身を蝕まれていた。
…自ら発した石化ガスに、である。
頬が音をたてて硬化し、罅が走り、ぽろぽろと破片が落ちた。
シルバーの髪も艶を失い砂塵と化している。
防御を捨てた、詠唱と虐殺の戦闘スタイル──
最悪すぎる相性──
しかし、彼はそれらを運命のように受け入れていた。
「さぁ!いつまでもちょこまかと逃げ回っていないで!
私の作品になりなさい──英雄さん!」
カナリアが飛ぶその後ろ、鎧を魔術操作することで無理やり走る僕を追って、蒸気を纏ったコカトリスは羽根をひろげ、きりもみ回転しながら飛翔する。石化の風が衝撃波となって何重にも同心円を描き襲い掛かる。
が、しかし僕とカナリアはまるで見えているかのようにそれを回避する。
宙に踊り、瓦礫に潜み、時にはベルトから取り出した道具を盾にして──
そして、時々地面にダガーを打ち込む。
紋章を描いているのだ。
今朝、ジーンを叩き起こして講義させた時に習っておいた──とある魔術文字。
僕だけにしか使えない文字だ。
ハッチを開いた《バッドエンド》が併走し、不可視のガスを吹きかけるけれど、頭上のガスを潜りぬけ、さらにフェイントで放たれた腰付近を薙ぐガスの衝撃波を跳躍してかわす。着地点に漂う霧も上手に避けた。
「お…おかしいですね、なぜそこまで避けることができるのです!?」
毒のブレスよりも風速が低いとは言え、不可視の石化ガスは
回避不可能の一撃必殺であるはずなのに──!
そう疑問に思うのも無理はないだろう。
「僕には勝利の女神がついているからさ」
などと茶化してみても詩人は怒りを露にして納得しない。
半分ほど石に冒されたその美顔を不自然に歪め、怒鳴る。
「冗談じゃありません!もはや死ぬ寸前の、ただの生身の少年の癖に、
どうしてそこまで強気で──」
と、そこまで言ったところで、詩人はようやく気付いた。
僕の走る前をカナリアが飛んでいる。
のではなく。
カナリアが飛ぶ先を、僕が追いかけている。
そして時々口笛で、僕と小鳥が交信していることに──ようやく気付く。
カナリア。
“鳥の湧く泉”[[トワレヤ諸島]]原産の愛玩鳥フィンチを祖先に持つ種で、
古くから愛玩鳥として飼養され、現在では世界中で飼われている。
また毒物に敏感である事から毒ガス検知に用いられたり、実験動物としても用いられる事もある──実は、かなり軍事とも関わりの深い鳥だ。
『炭鉱のカナリア』とは、人間に察知しきれない毒をも察することから先見役を任されたこの鳥のことで、転じて『哀れな犠牲』という意味の諺でもある。
「か──カナリアで!私の毒を感じ取っていたのですかっ!?」
「その通り。微かな匂いを感じ取って僕に逐一知らせてくれる、勝利の女神さ」
もっともこいつはオスだけどね──と。
僕はひょうひょうと肩をすくめ、あっけにとられた詩人を尻目に
観客席に眼をやる。
いた。鳥籠を抱きしめている幼女ナナセ。
いかにも引っ込み思案で大人しいといった彼女だが、リングに自分の鳥が参戦しても驚いていないところを見ると、案外、全てを知ったうえで、僕のピンチを救うためにわざとカナリアを開放したのかも知れないな。
女神というならば、この僕よりも幼い年齢の少女こそ、
ほんとうの勝利の女神と言えるだろう…!
ガキンッ!最後の短剣を床に突き刺す。
「さぁ、僕の奥の手──“紋章”を描くための布石は十分に打てたぞ。
あとは貴様を倒すだけだ」
「お──奥の手?」
額の紋章が燃えるようだ!
僕がいままで、劇場の地面に描いていたのと同じ形の紋章が──!
走りながら掲げた手に、生み出される翡翠色の剣!
詩人が呻く。
「ひっ…秘宝【エンターキー】?」
「そうとも。僕の剣。僕だけが使える鍵だ!」
それを──地面に突き立てる!
瞬間――あの夜、エルベラのコックピットで、
彼の機神を起動したときと同じ緑色の閃光が迸った。
劇場の崩れた床に展開する魔方陣。文字。記号。樹形図──。
そして、渦巻く波動!
闘技場に満ちた石化ガスもあらかた吹き飛ばし、
エンターキーを捻ることで覚醒したのは──!
いま、興奮を押さえきれないといった様子の観客とともに、
咆哮したのは──!!!!
*ウゥオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ
『きっ──』
『機神──エルベラだぁあああああああっ?』
饒舌な司会と解説の魔女達すら絶句する。
2500人以上を収容可能な巨大きな劇場の、高い天井ぎりぎりに、
角が刺さらないように猫背ぎみに身をかがめた、
いつもよりずっと矮小さな巨人――機神エルベラだった。
鬼のような、髑髏のような顔。
ルビーの瞳。
重く固められた砂岩の双拳。
黒い泥土の背中に並ぶのは、古強者たちが遺した無数の剣。
地面から上半身だけを生やしている。
腹筋のあたりからは沼に沈むようにして存在していない。
そんな姿であっても――いまにも押し潰されそうな、異様な圧迫感であった。
《こいつは街そのものが変形して出来るゴーレムだから、
住民であっても実際に目視したことのある者はあまりいないんじゃないか?
もしそうならとくと見ておくがいい。これが機神エルベラだ。
ふふん、『遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ』ってな》
僕はその内部で、いつものように椅子に座って
モニタに映る劇場内の様子を観察する。
《魔獣バハムートとの戦いでは“基本設計”の状態だったが、
本来この機神は僕が自由に改造できるんだ。
《ソフトウェア》も《ハードウェア》も──
もちろん体格を調節するくらいお手の物さ。
今はこの劇場に収まるぎりぎりのサイズにしてある。
材料は古戦場の土、僕以外の搭乗員がいないからスキルはほぼ無し。
だがそれでも──貴様に楽勝するくらいのことは、簡単なのだ》
と、僕は巨人の手を伸ばし戦場の中央に近づけていく。
観客席の上にぱらぱらと砂、そして影が落ちる。嬌声があがった。
エルベラの拳が向かう先には──
鷲掴みにできそうな小ささの、コカトリス型虐殺ゴーレム《バッドエンド》。
「なっ──なにをするのです!糞ッ、石化ガスを食らえっ!」
詩人が小さな抵抗をするが、
エルベラの指先にガスを当ててもなんの変化も起きない。
まぁ、もともとが岩の巨人だからな。
素材のほとんどは土や石だ。石化した所で何の意味もない。
そのことを理解して、驚愕と敗北に表情を歪めた詩人。
彼の乗るそのコックピットに、
僕は人差し指にぐっと力を溜め――
《えい》
デコピンをした。
大爆発が起きて、哀れな犠牲者、詩人は
みごとな放物線を描いてゴーレムごと吹っ飛んだ。
──第四試合 勝者 ジョウ・ジスガルド。




