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機神エルベラ  作者: 楽音寺
第四章 蹴散らせ!お宝ハンター
43/71

「蹴散らせ!お宝ハンター」その10

★★★

「さぁ次の第四試合が準決勝ですわ。乗り物は何をお望み?

ペイルもクリムもマハロもまだまだ元気ですわよ」


「いや、次は貴様の手は借りずにいこうと思う」

「え!?」

「僕が単騎で行く」

「…正気ですの?」

「もちろん」


「…わたくしの召喚獣になにか不満が?

この子たちでは次の敵に敵わないとでも…」


「違う。そんな訳ないだろ──逆だよ」

「逆?」


「敵が弱すぎる。これじゃ観客もつまらないだろうから、

ちょいとハンデをくれてやろうって事さ」

★★★



-10-



「ほんっとにこの男は!自信過剰にも程がありますわ!」


ミコトが騒いでいるのを横目で見ながら、僕は着々と戦闘準備をする。

祖国ラグネロから持ってきたダガーをいくつかと、魔道具と…。


「第一試合で右足を切り裂かれたのをもう忘れてたんですの!?

馬鹿ですわ馬鹿!おーばか!」


「ミコトさん落ち着いて…。大丈夫です、

ジョージ様は兎を狩るのに大砲を持ち出すタイプですから、

ハンデなんて嘘だと思います。

きっとなにかヒドいことを企んでいるに決まってますよ!安心して下さい!」


ふふん、チルティスも僕という男のことが解ってきたじゃないか。


観客席の下、いくらか低い位置に地階として存在している控え室入り口の幕を

開け、僕はリングに向かう。





----

Aブロック 第四試合 準決勝 

|搭乗者|ジョウ・ジスガルド|VS|戦劇帝都(せんげきていと)カブラックス|

|使用機体|?????? |VS| 蛇鶏(コカトリス)型虐殺ゴーレム《バッドエンド》|

----



『あまりにも展開が速すぎて実況を挟むヒマがなかった司会失格の魔女クラディールですこんばんわー! おやおや? いつのまにやらジョウ選手の右足もちゃんと生えてきてますねー! よかったねー


*ってきゃーーーーーっ!!!ほんとに生えてるーーーーーっ!?


冗談を真にうけちゃったの? 君はトカゲなの? 馬鹿なの死ぬのっ!?

いやん現代っ子って恐ろしいっ!


──そうそうっ、恐ろしいといえば、Aブロックの頂点を決めるこの大舞台なのになぜかジョウ君、生身でリングにあがっています! 第一・二・三試合とは違いこれは完全に生身です! ですよね解説失格のユリティースさん?』


『ああ、爪野郎とバトった時みたいに

マントの下になにか着込んでるって様子もねー。ほんとの本気で(ハダカ)単騎(たんき)だ』


『だそうですっ!』


『ところで少年と裸ってワードの組み合わせはいたく興奮するよな』


『興奮しませんけど!?』


『“パンツ一丁”って表現、ナニをピストルに見立てて一丁って言うらしいぜ』


『もうやだこの半身…いつか分身の魔法を完成させて完全分離してやるわ…』


いや、何を話してるんだ貴様ら。




今回の僕の敵――銀髪の詩人(トルバドール)カブラックスは、

前面を大きく展開させコックピットをむき出しにしたゴーレムに騎乗していた。


逆間接の脚部を持つ異形のパワードスーツ。


卵形のコックピットは胴体部に完全におさまり、その()(かご)のような椅子に足を組んで、詩人はリュートを鳴らす。


「ああ…我が騒乱(そうらん)(いさ)(あし)ピアレーよ…

早成(そうせい)絶対城壁(ぜったいじょうへき)ミューミューよ…

支離滅裂(しりめつれつ)韋駄天(いだてん)オルロゾよ…

みな死んでしまいました…良い奴等だったのに…」


「いや…なんか盛り上がってる所すまないが全員普通に生きてるからな?」

「彼らの犠牲は決して忘れません──ええ、忘れませんとも──」

詩人はさめざめと涙を流す。なんだこいつ、こっちの話など聞いちゃいないな。



「…そいつに話しかけてもムダですわよ」

つんと横を向いたまま、応援席のミコトが言った。


「自分の世界に入り込むと出てきませんから」


ミコトはまだ怒っているらしい。

助けは要らないといったのが余程頭に来たんだろうか…



「っていうか、なんだ、知り合いなのか?貴様何気に顔が広いな」


「むー…お宝ハンターなどしていると、知り合いたくない輩とばかり

知り合ってしまうものなのです」


なるほど。狩人フリアグネといい、な。


「ああ、誰かと思えば、そこにいるのは

我が憎らしき魔獣の(マリア)ではありませんか!?


そうですか──貴方が英雄さんに器械ユニットを──

そして、我ら《ブレーメン》を壊滅に追い込んだのですね──


この胸の痛みは──貴女と、英雄と、それからこの会場にいる観客全員を

殲滅することで晴らすことにしましょう!」



がきゅうぅぅん──とパワードスーツの前面が閉じ、鶏の魔獣を模したその外観が姿を現す。半生体の素材を持つらしいゴーレムの、異様に禍々しいテクスチャ。

いびつな、赤いオイルに塗れた鶏冠(けいかん)

びっしりと鱗に覆われた眼。

捩れ曲がった(くちばし)

逆間接の脚部はそのまま鳥の鉤爪。


ところどころ金属が露出してる骨ばった翼を威嚇(いかく)するように大きく広げ、パイロットとは大違いの醜い奇声で──叫ぶ。

げぼげぼと血を吐きながら──

煙を吐きながら──悪意を撒き散らしながら──。



コカトリス型虐殺ゴーレム《バッドエンド》。


(虐殺…ってところが気になるな…これまでの三人とは一線を隔す不吉さだ)





『それでは第四試合、準決勝をはじめましょうッ!

準備はいいかァ、れーーでぃーーーーーーぃ…………ごーーーーーーっ!!!』



司会のハイテンションな絶叫をゴングに、劇場はわぁっと盛り上がる。

Aブロックの最終戦だからな。

泣いても笑ってもこれが僕と《ブレーメン》の事実上の決着となるだろう。


(しかし──!)


しかし僕はそれと裏腹に、慎重に距離を取る。

リングの北と南で相対するように。

今回の装備には、いつもの全身鎧とサーベル、修復して貰った錆びた鉄色のマントに加え、腰周りのアイテムベルトがあった。

その中のひとつを取り出し敵の初撃に備える──僕の予想が正しければ──!


《ぎぇええええええええええええっ!!》


奇声!そして──喉の奥から吐き出される濃厚な毒の霧!

ビンゴ!

こいつの攻撃手段は毒のブレス──ポイズンミストだ!


生体素材にしてはあまりにグロテクスなその外観は、ゴーレムそのものが常に体内に毒を巡らせている事を理由とし!

ゾンビ状態のこいつが使う主兵装は、鳥型である事を念頭において推理するに、毒を風に乗せて散布するものであるはずだ!

試合開始前にこいつのゴーレムの外観を観察した時点で予想済みだったのだ──!


「ふん、それは読み筋だぜ!」

僕は軽くバックステップを踏んで避ける。

生ぬるい瘴気が這い寄るように僕の周囲を囲い、地面を腐らせていった。


猪口才(ちょこざい)なっ!》


戦劇帝都カブラックスの操縦する《バットエンド》はその逆間接による高旋回能力でリングの外周を回り込んでくる。

ブレスは吐き続けているので回避ルートはどんどん塞がれる形。


『おーっとぉ!ジョウ選手が追い詰められてゆくぅ!

やはりガスを避けるのは容易ではありませんっ!』


《その通り! 《バッドエンド》のブレスはいつまでも避け続けられるものではありません! さぁ英雄さん、灼熱の季節に食べるジェラートのように! ぐずぐずに溶かしてさしあげましょう!》


背中が劇場の白い壁に当たる。

とうとう僕は追い詰められ、あとは眼前に迫る鶏の魔獣が嬉々として攻撃してくるのをただ待つのみかと思われたが──。


──が!

「毒ガスを予想してるってことは、当然対策もしてるってことだ」

アイテムベルトから取り出した魔道具を振るう。


それは──試合後の待機時間に、司会と解説をしている分身の魔女、ユリティースとクラディールの元へ行き返却して貰ったアイテム──

ミコトが庭をはくのに使っていたあの(ほうき)だった。


「あーっ、わたくしのほうき!いつのまに!?」

貴様のじゃないけどな!



そう、実の所この箒は、あの大陸記念パーティに参加していた

さる高名な魔術師の忘れ物なのである。


魔道具としての名前は[[ストームブルーム]]。


柄を握る手にマナをこめると、ほうきの先で風が渦巻き、小さな竜巻が起こる。

落ち葉を集めるのにも便利、熟練した使い手なら室内で使用して、本や手紙を風圧で所定の位置に戻す事すら可能だという風の精密操作!


そして!

「もちろんブレスを四方八方に散らすのにも使える便利なアイテムだ!」


僕が剣のように横薙ぎに振るったほうきが、《バッドエンド》の嘴から吐き出される膨大な風量のブレスを、力技で押し返す!


*びゅおおおおおおおおおおおおおお


《かっ…!かががっ!!》

僕の周囲に押し寄せていた濃密な霧も、圧倒的奔流の余波でぶぅわっと散らしてしまう。


ゴーレムが吐き出すブレスは渦に巻き込まれ、天井にまで届く竜巻とともに劇場の天窓を突き破り──ついには追放されてしまった。


劇場内の空気もしだいに攪拌(かくはん)をやめ、ゆっくりと収まる。

帽子やスカーフが渦にあわせて踊る。

飛び散っていた菓子やジュースはついでに僕が掃除してしまった。

ほとんどの観客が髪を乱したままぽかんとしていた。



ふふん。流石はメノウ男爵の忘れ物だ。

熟練してない僕でさえここまでの力を引き出せるとは。



「とはいえ、その内ちゃんと男爵の元に郵送しなきゃいけないな…。

貴様も手伝えよ、ミコト」


「っ…」ミコトも眼をぱちくり。



『凄ぉーーーい!ジョウ選手が取り出したのは一本のほうき!

ただのお掃除用品で、戦劇帝都カブラックス選手、および《バッドエンド》の毒のブレスを完封してしまいましたぁーーっ! バッドエンド涙目、バッドエンド涙目でございます皆さん! わたくし少々詩人さんが可哀想になってまいりました!』


蛇鶏(コカトリス)型虐殺ゴーレムはその異形の身体を揺すり鉤爪で何度も地面を蹴った。


《そっ、そんな手で!そんなお手軽な手段で

我が野晒(のざら)しの陰獣(いんじゅう)を無力化するなんて──

ふざ、ふざけないで下さい!

そんなの、そんなの認めない──ありえない──美しくない!》


やれやれ。お宝ハンターってのはどうしてこう美とかにこだわるんだろうな?


「悪いが僕は汚い手段が好きなんだ。軍人なんでな」



いつだって、敵の戦力を分析して、推理して、予想される敵の武装を無力化するための実も蓋もないような手段を事前に用意して──


そうして僕は勝ってきたんだ。



とどめを刺しきれない甘ったるい変身の魔女に対しては、

攻撃を受けながら詠唱を完成させる事で勝利し。


肉弾戦しか知らない魔獣バハムートに対しては、

エルベラの身長ほどもある大剣で勝利し。


人海戦術を使う分身の魔女と狩人のコンビに対しては、

超巨大なたった一匹の魔獣のボディープレスで勝利し。


そして──

貴様らゴーレム使いには、それぞれの弱点となるアイテムで勝利する。



「美学も信念も矜持(きょうじ)もいらない。──勝利だけが僕の存在価値さ」


僕は剣を抜く。ゴーレムの構造もだいたい看破した。

装甲の隙間に剣を打ち込めばハッチをこじ開けられるだろう。


しかしそこで――失意の伊達男、銀髪の詩人、戦劇帝都カブラックスは──

(!?)

なんと、自らハッチを開く。




「な──なんだ、降参するのか?」


僕はわずかに動揺してしまう。それを声には出さないようにして尋ねたが、詩人の眼は雄弁に“否”と語っていた。

展開した卵形のコックピット。

左右の手にそれぞれ操縦桿を握り、長い足を投げ出すように。

拡声器を通さずに、普段どおりの美声で──。



*「《かごめ──かごめ──籠の中の鳥は》」



歌い始めた。

(一体何を――)


僕はハッと息を呑み、慌てて敵へ攻撃を繰り出す。

むき出しの本体へ繰り出すサーベルの袈裟斬(けさぎ)り!


しかしその高機動を活かしたフットワークで、風で洗浄された劇場のボロボロになった床を物ともせず、鶏の魔獣を模したゴーレムは跳ね回る。

羽根をひろげて、滑空する。


「…くっ!」


僕が必死でその姿を追っても、視線の端から端へ、影から影へと絶え間なく動き、捕らえさせない。


(防御を捨てた分、回避に集中してるのか──

やばい、早く捕らえないと――これは、これは――)


これは──魔術の詠唱(・・・・・)だ!




*「《いついつ出やる──夜明けの晩に──鶴と亀がすべった──》」



僕は《バッドエンド》を追う!追うのだが──ちくしょう、早すぎる!

再び風を巻き起こしても、アイテムベルトに大量に装填されたダガーを投げても、捕らえることはできなかった。



*「《う し ろ の し ょ う め ん  だ あ れ ?》」



そして――どれにもあてはまらない魔術だろう、聞いたこともない異国風の詠唱が完成し、同時にゴーレムの体表面から蒸気のようなガスが生成される。


毒のブレスとは違う別の虐殺兵器──!

その蒸気が、空中を漂いながら──すぅっ──と色を失う!

空気に溶け込んで見えなくなる!


「と──透明の──不可視のガスだと!?」


通常、どんなガス兵器でも基本的には察知が可能だ。たとえ色がついてなくても屈折率や比重の関係でどうしても揺らぎが見えてしまう。

完全に透明な毒ガスなんてそれこそ酸素そのものくらいしか存在しない。

しないはずなのだが──


ぴきん!


僕が握っていた箒、ストームブルームがガスに食いつかれたのか、みるみる内に石化して砕けた。ざらざらとした表面。毛先も重い石になってしまって細かい砂になってしまっている。もう男爵には返せない。


こ、これは石化ガスを魔術で透明にしたものだ!




「ハッチを開いたのは」

歌鳥の如き美声が響く。

「魔術を詠唱するためです──そう、これが私の本来の戦闘スタイル!」


機械的に増幅された拡声器ごしの声では魔術は機能しない。

だからゴーレム乗りは殆ど戦闘中に魔術を使用しないのだが──彼は違う。


詩人はゴーレム乗りでありながら、自前の声を発揮するためにハッチを展開させ、防御をしないスタイルで戦う狂戦士だったのだ。


もともと魔術と接近戦を混同させて戦うタイプだったのだろう。

毒ガスを主兵装とする虐殺タイプのゴーレムとは相性が悪いと言える。だが──


「仕方がないのです──これが私の美学なのですから──

貴方には解らないでしょうがね!」




僕は箒を放棄し慌てて後ろに引き下がる。

いまだ歌い続けるカブラックスのゴーレムから

どんどんガスが吹き出ては空気に溶けていく。


(物体を透明にする魔術──鶏の魔獣──コカトリス型ゴーレム──石化!!)


タチが悪い、悪すぎる!

わざわざハッチを開けてまで詠唱をしたのは、この兵器と魔術のコンボを実現するためだったのか!


しまった──あんな大見得を張っておきながら、僕にはもうガスを避ける手段が思いつかないっ!



僕はカブラックスと逆方向に思いっきりダッシュし、できるだけ距離をとる。

とにかくまだガスの充満していない地域に逃げるんだ!


『ふたたびジョウ選手が逃げ回ります!

ガスの脅威は終わっていなかったっ!今度は腐敗ではなく石化!

しかも視認もできなければ魔法の箒も使えない絶体絶命の状況だーっ!


あーっと、《バッドエンド》が回りこんできましたねぇ、生身のジョウ選手には機動力の利すらありません!』


『こりゃひでぇ、器械ユニットがあっても逃げ切れないだろうな。

おっ、ジョウの奴左足を石化させられちまったようだぜ』


『あらあらっ!大ピーンチですねジョウ選手!

右足切断に続いて左足石化とは、足難(あしなん)(そう)が出ているに違いありませんっ』


「ああもう、貴様らはほんっとうるさいな!」

なんだよ足難って!もし僕に何か出てるとしても女難の相だよ!



しかし窮地(きゅうち)なのも事実だった。

僕は劇場を右往左往し、ガスを避け続けたが、あえなく回り込まれて何度かガスを浴びてしまった。

マントがまず石化し、続いて前髪が幾筋か固まって砂と落ち、そして全身鎧の半身と──ついには左足が丸ごと石化してしまったのだ。


上半身は半裸で、荒い息をつき、重い足を引きずって

瓦礫の隙間に身をよせる僕。


その僕が身を隠す瓦礫の彼方を──

歩行音を響かせ、ゆっくりと歩く虐殺ゴーレム。

索敵中のようだが、もう探すまでもない。

僕が全身石化するのも時間の問題だろう。


はぁ。

はぁ。

自分の呼吸音すらわずらわしい。耳の奥でどくどくと鼓動。

さてどうするか。

僕が練っている策はあとひとつだけだ。

奥の手。切り札。とっておきのジョーカー。


それさえ出せれば、ここまで追い詰められたこの第四試合もいつも通りの楽勝で終わるんだがな──。



僕はこの期におよんでまだ希望を持っている。

この程度の戦場など、このくらいのピンチなど、まだぜんぜんぬるいのだ。

右足が吹き飛んでも左足が石になっても、まだまだ楽勝の部類。

ミコトは僕を自信過剰だと言ったけど。

それは認識の違いだった──地獄に対する、価値観の違いだった。



空を仰ぐと、どこかで鳥の()く声がする。

(ん──?幻聴──?には、まだ早いよな)


ふと見上げると、さっき割ってしまった劇場の天窓付近、太陽が差し込むその風の通り道に、カナリアが飛んでいた。


見覚えがある。


僕らが昼間、大げさな追跡劇を繰り広げて捕獲した、あのカナリアだった。


(なんだっけ──あの鳥籠をもった幼女──

そうだ、ナナセもこのサーカスを見にきてるのか)


死が確実に近付いているこの状況で、そんなことをぼんやりと考える。


ふん、意外と僕も連戦で疲れているのかな。


そんな場合じゃなかろうに──



そう思いつつも、すっと指を止まり木かわりに差し出して、口笛を吹く。

静かに奏でられるその歌に、詩人とカナリアがともに気付く。


いいだろう。近付いてこい。


この状況では奥の手は用意できないがやむを得まい。

このまま勝負を長引かせればこいつは観客席まで石化ガスで満たすだろう。

僕をあぶりだすために。


僕は指先にとまったカナリアを見つめ、しょうがないよな、と微笑んだ。


「そうなったら、貴様の主人であるあの幼女まで──

死んでしまうかもしれないもんな」



僕が命を賭けて戦えば。


みんなを危険に晒さずにすむ。


最悪でも、石像になって転がるのは──僕ひとりだ。




「そこにいたのですか──聞こえましたよ、我が運命(うんめい)足音(あしおと)が」

「悪いな、ちょっと休憩してたんだ。いま立ち上がるから待ってろ」


瓦礫に肩を押し付けるようにして、僕はなんとか立ち上がる。

自分の身長の3倍ほどもある虐殺のゴーレムに、完全に姿を現し相対する。

剣を構え──


あ。

いいこと思いついた。




がっし!と、油断していたカナリアを鷲掴みにする。


*ぴぴーっ!?


「暴れるな。あとで褒美をやる、貴様にちょいと一働きしてもらいたいのだ」


「…?英雄よ、何をしているのですか?」


「ふふん。貴様を倒す策を思いついたのさ。

貴様風に言うなら『おお我が吉兆(きっちょう)金糸雀(カナリア)よ!』ってところだな」



不可解な表情で、コックピットに座る詩人は眉を(ひそ)めた。

しかしすぐにしゅうぅぅと蒸気を噴き出させ、周囲にガスを充満させる。


「まぁ良いでしょう、地獄への旅にその小鳥を道連れにしたいというなら

止めませんよ──それもまた美しいかもしれません」



さぁ、どうだろう。

残念だけど僕にはその美しさってやつが理解できん。

――勝利の甘美さなら、いくらか解るけどな!

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