「響け!ウェディングマーチ」その4
-4-
「エルベラには」
「侵入させ」
「ま」
「せん」
「よ!」
ガオンッ!
ひとつ咆哮するごとにハンマーを振り回し、地形を削ぎ取る渓谷の魔女。
彼女の通った跡にはペンペン草ひとつ生えない。
破壊の権化みたいな奴!なんて力任せな肉弾戦法だ!こいつ本当に魔法使いか!?
渓谷は先へ進むごとに険しくなっていって、ごつごつした岩に防がれた道や
倒木が多くなった。
僕はそれを息を切らせながら登り、藪をサーベルで切り裂き、
時には倒木を潜りぬけながら、
魔女の猛攻から逃げ回っていた。
「くっ・・・!畜生、あともう少しなんだ!」
つづら折り。
前方の斜面は右に左に折れ曲がる登り坂で、しかも両側は崖だった。
渓谷の底を歩いていたはずが、いつのまにか山登りの様相をしめしているな。
だがしかし、それは――
山脈地帯の隠れ里、機神都市エルベラが近いということでもある!
僕は崖へ踏み外さないように慎重に、馬車がようやく通れる幅の山道へ踊り出た。
やったぞ、もしかしたらこのまま逃げきれ・・・
「えへへ、ジョージ様みーっけた♪」
能天気な声が、甘い吐息が、ぼくの耳にかかった。
(!?)
ぞくっと鳥肌。
僕が疾走している道。両側は崖で、その下にはいままで歩いてきた渓谷が見える。
ずいぶん高い。
その空中に。
青空に。
白い花嫁衣裳が舞っていた。
(魔法・・・か!)
彼女の足元、可愛らしい赤い靴は、宙に波紋をひろげながらしっかりと立ち!
冷たい泉につまさきをつけたような複雑な波紋、その色は
よくみるとマナの輝きに酷似している!
魔法と魔術の違い!
魔法使いは先天的!才能!唯一無二!
魔術士は後天的!努力!模造犯!
魔法使いは生まれた時から『魔法使い』という人間とは別種の生命体で!
オリジナルの魔法(チルティスの場合は"変身")を使う以外にも、
呼吸をするが如くマナを用いた行動をとる!
魔術士ならひとつの魔術としてカウントするような行動も!
魔法使いにとっては詠唱すらいらない日常茶飯事!
チルティスが空を歩いて僕の死角に回り込んだのも、まさにそれだった。
「初めから存在してる世界が違うんですもん…、
貴方が私から逃げられる訳ないですよ」
えへへ、などと笑っておきながら。
眼だけは笑っていない。
たぶんこの女にしては珍しく、猛烈に怒っている。
空中で、花嫁はハンマーを振りかぶって──
(ッ!しまった、気配がないから、"詠唱"が聞こえないから油断したッ!)
僕はあわてて詠唱する。
ふん、魔術は面倒だ、間に合うわけがないな──と頭のどこかで冷めた声。
「《黒い時間が訪れて・冷笑者の心臓が止まる・炎鷲・毒蛇・双頭の狗・こわが──》」
「間に合うわけがないでしょう!」
やっぱりね。
振り下ろされたハンマーは、その先端が車輪のかたちになっていて
スパイクがぞろりと並んでいる。
その、幾人もの血を吸ったであろう刺が僕の全身鎧にめりこみ、
ひしゃげさせ、貫通する。
ざぐん、と刺さる音。みょうに綺麗に聞こえる。
「・・・ぐぶっ!」
血を吐いた。いくつか大事な器官がやられたらしい。たぶん肺だろう。
7歳の頃父親に肺を破裂させられた時と感覚が似ている。
空が回転して、僕は自分が吹っ飛んでいることを知る。
やばい。ここはすでに高山地帯でまわりは崖だ。
墜落すればひとたまりもない、
「ばいばいジョージ様」
そういって背中を向けたチルティスを、猛烈に揺さぶられている僕の視界が
捕らえた。
魔女め。容赦がない。彼女は本当に強かった。
──やれやれ、だがまだ兵士としては甘いな。
「《炎鷲・毒蛇・双頭の狗・怖がらなくていい・貴様の前に・もう敵は居ない》」
これを機に知っておけよ、この僕が"回避が間に合わなかった"くらいで
詠唱を止める軟弱者ではないことを!
僕は破れた肺で詠唱を最後まで歌いきった。
鉄魔術《[[シニシズムビート]]》。
それは自分を操作して痛覚除去を行う精神安定の魔術だが。
僕の使い方は普通の魔術士のそれとは違った。
逆に痛みを増して、感覚を増強して、脳内麻薬を噴出させる
狂戦士の魔術として使用する!
めきめきめきっ!と鎧のなかで盛り上がった筋肉が、
腹にあいた7つの穴をぎちぎちに固め、血を止める。
視野がひろがり、聴覚がクリアになる。
時間感覚がひきのばされて、風に舞う砂のひとつぶまでよく観察することができる。
サーベルを音もなく抜き払って、背中のバーニアで火を噴いて
吹き飛ぶ自分の身体のベクトルを逆転!
(では反撃を開始しようか!)
(もちろん目標はチルティス──油断しきっている渓谷の魔女の、その背中へ!)
「ただいま、"僕の敵"!」
「は・・・えッ・・・やぁあああっ!?」
僕は彼女の体ごと岩に激突する!
魔女の背中に、まるで羽根でも生やすかのように僕の軍刀を突き立てて。
んー。ざっくりと良い手ごたえだ。
そういえば最初は腹を貫いたんだっけ。
一日に二度も女の背中や腹を貫くとは・・・ふ、ドSといわれても仕方がないな。
「や・・・!いた・・ぃ・・・よぅ・・・!」
ぼどぼどぼど!血液がぶちまけられる。地面はあっという間に赤く染まった。
身をくねらせ剣を抜こうとする少女はピン留めされた虫みたいだった。
こうなってしまえば可愛いものだ。
「ふん、それくらい我慢しろよ。
ぼくなんか貴様のハンマーのスパイクで七つも穴が開いてるんだぜ」
実際、僕は僕でけっこうな重症だった。
穴もそうだが折れまくった骨もやばい。
魔術で抑えていなければ今にも倒れそうだった。
しかし僕なら、もし倒れても鎧を操作して、その歩く棺桶で
無理やりエルベラへ向かうだろう。
それが覚悟だ。
「さっき貴様は世界が違うなどといったが・・・。
馬鹿馬鹿しい。
どの世界だって戦場は変わらず平等だ。
性別も年齢も強いも弱いも関係ない。
覚悟が決まっている側が──勝つのさ」
「か・・・くご・・・」
「さらばだ、"僕の敵"」
軍刀を戦場に残し、マントを翻して僕は征く。
機神都市エルベラへ。
またくだらない戦争をしかけようとする、祖国のために。
「やだ、やだやだ、いっちゃやだ!・・・エルベラにはいかせないもん・・・!
《だふにす・でるふぃす・ぐらめ・りりあら・ひよす・ひよす・とりあぞ・・・》」
「ほう、まだ唱えられるのか」
傷を治すためにまた"変身"しようというのだろう。
僕はそれを止めない。
「《ぞむ・ぞら・てぃーんち・ひのあくま・・・ちるてぃす!》」
こいつにはもう変身などできないからだ。
「えっ・・・あれっ、へ、変身できないよっ!?」
「貴様が言ったのだ。その頃のわたしは魔法を使いこなせなかった、とな」
チルティスは道端の巨岩に背中を縫いとめられたまま。
12歳の幼い姿のままでひどく慌てた。
"変身"の魔法の、あの虹色の閃光はあらわれなかった。
「12歳になって肉体能力が全盛期の頃に戻ったのなら──
魔法能力もまた無能に戻ったのだ。
そんなことも計算せず戦っていたのか。馬鹿め」
「あっ・・・あああああああ!」
呼吸するようにマナを扱えても。
オリジナルの魔法能力は、まだ使いこなせない。
10代の頃のジュレール・チルティスは、
確かに"門番"の家系の落ちこぼれのようだった。ふむ、納得。