「蹴散らせ!お宝ハンター」その6
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『さぁーーーお集まりの皆々様!!開演の時間が近付いてまいりましたっ!
トイレはいったかチケットもったか!?準備はいいかヤローどもぉーーーーっ!
(おおおおおおおおおおおっ!!)
うん、いい返事ですねっ!
エルベラの民は今日も元気そうであたくしひと安心っ!いやんばかん!
さぁ!本日今宵の出し物は!奇妙奇天烈摩訶不思議!百花繚乱のゴーレム使いによる一大バトル・トーナメントでありますッ!!
きゃぁ格好いいっ!ロボですよロボ!
お前ら本当に芸人かって尋ねたくなるようなゴツい男達がロボに乗ってどかんばきーんの大立ち回り!
心が震えますねぇ、会場にお集まりの皆様も手に汗握るスリル!ショック!サスペーンス!をどうぞ存分にお楽しみください!
えーなおー、司会はこのわたくしー、三姉妹の魔女の長女ー、あ、クルルルァディールッ(巻き舌&裏声)でお送りいたしまーす!
…え?なに?すてき?可愛すぎる?ベリーキュート?
*あったりまえだろコンチクショーー!
*みんなーっ今日は最後までよっろしっくねーーーーー!!』
盛大な拍手とともに湧き上がる観客たち。
劇場の熱気は最高潮に達し、膨れ上がった空気のなかをポンポン菓子やピーナッツが飛び交う。
マナーって何?という状況だった。投げるなといっても聞かないだろう。
興奮した若者がまだ中身の入った炭酸ジュースを空中に放ったりしていた。
冷たい飛沫が頭から掛かっても誰も文句を言わない。
「クラディールめ、いつのまに出戻ったのか知らないが
ちょっと盛り上げすぎじゃないか…?」
「あの人はこういうお祭りが大好きですからねー」
「そうそう、くー姉ちゃんとゆり姉ちゃんは歌って踊れるアイドル魔女なんだよっ」
「ふん、なるほど、前戦った時もミコトの箒を魔楽器に変えて使っていたっけ」
「あ!そういえばあの時のほうき返してもらってませんわー!私としたことがっ」
そんな話をしながら、僕らは控え室の椅子の上で装備を整える。
劇場の観客席からは見えない位置にある、天井の低い控え室である。
舞台は中央の丸盆をぐるりと観客席が囲むすりばち状のコロシアムであり、バトルの観戦にはもってこいの場だった。
(もっとも僕は観客じゃないんだけどな──見る側じゃなくて、演る側だ)
『よーっしゃ!それじゃ早速いっちゃうよっ、
遠からん者は音に聞け、近くば寄って目にも見よ!
トーナメント出場選手たちのお・で・ま・し・だぁーーーーーーーッ!!!!』
やれやれ。行ってくるとするか。
「「がんばってねっ」」姉妹がハモる。僕は手を振ってそれに答えた。
「ジョウ、私が貸したあれを使いこなせれば今回の相手は余裕なはずですわ。
…負けたら承知しませんわよ?」
ん。わかってる。
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Aブロック 第一試合
|搭乗者|ジョウ・ジスガルド|VS|霧の国から来たピアレー・ド|
|使用機体|“ン竜”ペイリュシュトン |VS| 人狼型戦闘ゴーレム《ルー・ガルー》|
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最初にリングに降り立ったのは、赤い髪の男が乗る重量級ゴーレムだった。
高いジャンプから派手な着地音。硬いリングにヒビが走る。
材質は──獣の牙か。ボーン・ゴーレムの亜種ってところだな。
その姿もまた獣じみていた。分厚い筋肉アームに鋭い三連爪。
全長2mのゴーレムに対して爪は60cmはある。
後部の乗車用のハッチからは、搭乗者と同じ毛色のたてがみ(放熱機構だろう)が生え、会場の熱気をおびた風になびいていた。
《おっす、俺の名前はピアレー・ド。よーく覚えとけよ、てめぇをズタズタにする男の名だぜ!》
全身を象牙のような乳白色の鎧で纏った(つまりはゴーレムに搭乗してる)男が、拡声器ごしに響かせたような声で名乗りをあげる。
ふん、いちいち噛ませ犬発言の多い男だ。
「悪いが覚えてやれる自信はないな…とある事情で、街中の植物や魚にひとつひとつ名前をつけている所なんだ」
こちとらエルベラの生命体を調査中だ。本当にこんな阿呆にかまっているヒマはない。僕は冷たくそう告げた。
ゴーレムは首を傾げて聞き返す。
《ああっ?なんだそりゃ、皮肉か?
俺が木っ端や雑魚以下だって言いてぇのかよ》
「ま、そういう事になる」
しれっと。
僕が肩をすくめると、ゴーレムに乗った男はみるみる顔色を変えて──(顔は見えないけど、まぁ雰囲気を変えて)──怒りを露にした。
《てててててめぇ…っ!お、俺がこの世でイチバン嫌いなものはなぁ…
恐竜と!ティラミスと!
それから英雄!
てめーみたいな人を小馬鹿にしやがる生意気なガキなんだよッ!》
「一番が沢山ある時点で馬鹿にされてもしょうがないだろ、馬鹿か貴様は?」
《……ぶ、ぶっ殺ぉおおおすっっ!!!!》
挑発にのって男がバシャッと両腕の爪を開く。開戦の合図だ。──さぁ来い!
*『第一試合──れでぃぃぃぃぃいいいごうっ!!!!』
ドン!
ワーウルフ型のゴーレムが脚部のスプリングを活かし、爆発的な推進力で突進してくる。
《おおおおおおっ!》
まずまずのスピード!僕は錆びた鉄色のマントを翻し横に避けようとするが、三連爪の一撃が肩にかすって爪痕をつけられてしまう。
通り過ぎたゴーレムは減速せずそのまま跳ねて僕のまわりを旋回し二撃、三撃と爪を振り回す。
サーベルと爪が何度も火花を散らし接触。
受け止めた僕の手は痺れ、足は劇場の石床にめり込むが──剣が折れる気配はない。大丈夫だ。防御できる。
敵はパワータイプではなかった。2m越えの重量級ゴーレム、その兵装の殆どは機動ユニットに費やされているようだ。
(──しかしその分!とんでもない方向から攻撃が飛んでくる!
防御よりも回避が不可能だ!
思ったより厄介だぞ、これは──!)
地面すれすれに、影に溶け込むようにして獣型機械の巨体が疾駆し、僕のジャンプにあわせてビリヤードのように角度をかえ跳ね上がる。
(くっ、飛ぶのを読まれた!)
《ははっ!そのちっこい身体でこっちの攻撃を全部避けようなんてっ、甘ぇんだよぉぉっ!》
咄嗟に詠唱する!
「《黒より暗き鎧・より強き遺伝子を乗せて・拒絶し・奈落の牙以て・より弱き敵を淘汰せよ!》 」
僕の鎧の指先に不可視の盾が生まれた!
ノーミード防御壁!
手甲から展開できる八角形の地霊の盾。物理攻撃に加え、熱と電撃をも防御できるシールドだ!
赤いたてがみを靡かせたゴーレムのその両爪が、ノーミード防御壁と干渉し、反発し、まばゆく輝く。
ぎゃりぃぃぃぃぃんっ!
観客席まで包み込むようなその閃光が消える頃には、僕達は互いにリングの両端に吹き飛ばされていた。
《…っく、はぁ、はぁ、はぁ》ゴーレムの爪が一本、障壁に剥がされ、リングの中央に突き刺さっていた。
「う、ぐ…ふん、ザマぁみろだ…」横たわる僕の首筋にも、あと皮一枚分でも深ければ即死していたであろう爪跡が刻まれている。
『──っ!すごい凄ぉーーーい!!!
初戦から何という激しい戦いでしょう!正直わたくし実況を忘れておりました!
互いに紙一重!互いに実力伯仲!避けも避けたり!仕掛けも仕掛けたり!
魔術と爪が交錯するハイ・スピードなバトルですねー、解説のユリティースさん!』
『そうだな!あたし的にはショタが傷だらけで戦うこの姿だけでご飯3杯いけるぜ!萌え死にそうだ!』
お前もいるのかよ、ユリティース。…いや当たり前か。
しかしもう少し万人向けのコメントをしろよ…。
膝をついて、首筋の血を狂戦士化の魔術で止めてから、僕はリングの中央に向かってよろよろと立ち上がる。
観客達の興奮した歓声の向こうに──熱気が陽炎めいてゆらめくその向こうに──爪が折れたゴーレムが、同じく立ち上がっていた。
ゆっくりと一歩。
二歩。
三歩。
四歩。
五歩。
──僕らは中央に近付くにつれ、互いが笑っていることを察していた。
僕の顔は首筋からの血で汚れて見えないだろうし。
敵の顔もゴーレムの内部にあるから見えないのだけれど。
何故だか互いに、笑っていることが解っていた。
きっと剣を交わした僕らだけに解る感覚なのだ。
「…ふん、まぁまぁ強いではないか、ピアレー」
《けっ、俺の本気の爪を見てまだ減らず口が叩けるようなら、
マジで褒めてやるぜ──英雄》
本気の爪?
ピアレーのゴーレムが、不意にドルン!と内燃機関をフルに回転させ、三連爪を振動させたのが見てとれた。機体表面の溝や孔がちかちかとオレンジ色に発光する。背面のハッチの隙間から蒸気が噴き出す。
ゴーレムの温度がどんどん上昇しているようだ。
それは内部にいるパイロット、ピアレーも無事では済まないような、燃えるような熱血だ──!
「お、おいっ…」
《見やがれッ!!ワーウルフ型戦闘ゴーレム《ルー・ガルー》の必殺技──
*──“ブレイドランナー”!!》
うぉおおおおおっ!
咆哮とともに、思いっきり胸を反らして天井を仰いでいた体を、一気に前方へ。
広げた両腕をクロスさせ爪で床に十字架を描くと──なんと、その爪痕が、自走し始めたではないか!
三連の爪痕!それが人食い鮫の背びれのように、あるいは透明な猛獣のように走り、疾駆し、奔走し、暴走する!
らせんを描きながらそれは僕の足元へ──
「うわおっ!?」
*ぞりんっ!
慌てて宙返りで回避した僕だったが、先刻まで立っていた床を爪痕が食い荒らし、碁盤目状にずたずたにするのを見て戦慄せざるを得なかった。
着地点にはまだ消滅していない爪跡が2本残っていた。(さっき僕が折ってやった左手側の三連爪!)
しまった。地球の重力に引かれて、どうしようもなく落ちる──
地面に足が触れた瞬間、まさしく獣に噛み千切られたような衝撃があり、視線の片隅でなにかが飛んだ。
──僕の足だった。
*「ぐっ──あああああああああっ!!!」
喉が張り裂けそうな叫び。自分の口から出てるのが信じられない。頭の中は真っ赤だった。
『あーーーーっとぉ!なななんとジョウ選手っ、右足がちぎれてしまったぁー!?大丈夫なのこれ?お子さんも見てるのにっ!
みっ、みなさーん!帰らないで下さいねっ!平気です!彼はえーとほら!足がちぎれてもまた生えてくる体質なんです!
大丈夫大丈夫、コワクナイヨー!あの足もスタッフがあとで美味しく頂きまして…』
混乱した実況が、ざわめく会場内に響いても、僕の頭にはちっとも入らなかった。
ただ、奥歯を食いしばって、さらに狂戦士化の魔術を強め、増強された筋肉で足断面の血管を閉じる作業に集中する。
痛みは倍加するが治療が優先だ!
(ぼ…僕は兵士だ…こんな傷ごときで…パニックになってはいけない…!
思い出せ、これ以上の苦境なんていくつも乗り越えてきた…!)
変身の魔女チルティスとのバトル。
伝説の魔獣バハムート戦。
1070人の分身の魔女と、狩人フリアグネのコンビネーション。
そう、こんなところで…ただの木偶人形にやられるほど、僕は弱くない筈だ!
《お前、泣かないんだな》
リングの反対側に佇むゴーレム使い──赤髪の傷男──霧の国から来たピアレー・ドが、静かにそう呟いた。
《生意気なガキは嫌いだけどよ──そこまで意地を張れるなら、お前はもうガキじゃねーよ。一人前の男だ》
「…なんだよ…もう勝った…つもりか…?さっさととどめを刺しに来い…
貴様がまた地団駄踏んで悔しがるような妙手が僕にはあるんだぜ…?」
挑発。
しかしもうそれにも乗らず、ピアレーは嬉しそうに片頬をあげて笑う(多分)。
親しげで、誇らしげで、どこか自分の弟を見るような笑み。
《そうか。じゃあその妙手を楽しみにしつつ──これで終わらせてやるぜぇええええっ!!!!》
ブレイドランナーッ!
自走する爪痕をリングの横幅いっぱいに展開し、まるで水牛の群のように一列になって迫り来る獣型ゴーレム!
右足を負傷した僕にはもう跳躍という手段は残されていない!
血だまりの中で我が身を引きずり、ほんの僅かでも敵から離れようと画策する僕だったが──!
(ぐっ――!)
土煙をあげて地平線の彼方から突撃してくる獣の爪痕たちに、あっけなく蹂躪され。
ぼろぼろになった錆びた鉄色のマントが宙を舞った。




