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機神エルベラ  作者: 楽音寺
第四章 蹴散らせ!お宝ハンター
38/71

「蹴散らせ!お宝ハンター」その5

-5-



花火がさらに鳴り紙吹雪も舞う。

広場は前座の旅芸人たちのパフォーマンスの舞台になっていた。


火吹き男。呑剣(どんけん)の術士。

馬を肩にかついだ怪力自慢。トランプを巧みに操る女奇術師。

大きな魔獣を乗りこなす双子の男女芸人。

観客の足元を手乗りサイズの馬車ですり抜ける小人族。

硬い竹馬をズボンの(たけ)に隠した足長芸人は、ピエロの扮装をしている。


拍手喝采が鳴り止まない。

さすがだ。

昼間僕たちが繰り広げた無様(ブザマ)な捕り物(カナリア騒動)なんて足元にも及ばない。



「へぇ、これはすごいなー!」


「なんだか興奮してきましたねジョージさまっ!」


色とりどりの風船がいっせいに宙に浮かび、両親と一緒にサーカスを見に来たらしい子供が手を叩いて喜んでいた。

あっちでは出店の飴屋が溶けた砂糖の粘液をみごとな手つきで絡めとり、白鳥の形をつくる芸を。

こっちでは刺付き鉄球(モーニングスター)を5つもジャグリングするごつい禿頭(とくとう)の異国人が。


伏せた貝殻型の劇場に足を踏み入れる前から、すでに目まぐるしいほどに絢爛豪華(けんらんごうか)な芸が花を咲かせていた。



──と。


(ん…?この視線…)


誰よりも早く僕が気付いた。


染み付いた反射。嗅ぎ慣れた匂い。(いや)(おう)にも伝わる雰囲気。

振り返ると群集の向こうに、劇場脇の白い柱を背にして、旅芸人の格好をした一座がこちらを見ていた。



三角形の帽子をかぶった銀髪の詩人。

リュートを抱え、毛皮のケープで身を包んでいる。


赤い髪を乱暴に跳ねさせた傷だらけの男。

肩の筋肉にも背中にも──むごい爪痕。猛獣使いか。


ねこみみのフードで目元を完全に隠した少年。

びくびくと縮こまって地面にしゃがみこんでいる。


緑に波打つ長髪の、遊牧民らしいケンタウロスの青年。

離れた所に立たせたビンに投げ縄を放って遊んでいる。



全員が全員、ある独特の雰囲気を持っていた。


(冒険者──だな。ここいらでは見ない顔だ。他国の者かな。

ジーンの魔術文字による監視網に引っ掛からず入国してるという事は、

明確な悪意を持って侵略しにきた敵じゃあないんだろうが、しかし…)


僕はわざと皆とはぐれ、人ごみの中を泳ぐように旅芸人一座のもとへ近付く。

互いに視線は逸らさない。ビンゴ。


――こいつら、僕らにとって良くない何か(・・)だ。




「──貴様ら、サーカスの芸人か?」


ケンタウロスの青年が驢馬(ロバ)の如く愉快な調子で言う。

「あれぇ、君って誰かに似てるね。ねぇそう思わない、ミューミュー?」


ねこみみフードの少年が迷猫(まよいねこ)の如く弱気な顔で言う。

「え、エルベラの英雄さんだね…魔獣バハムートを、げ、撃退したっていう…」


爪痕だらけの赤髪男が駄犬(だけん)の如く乱暴な態度で言う。

「てめーみたいなチビがどうやって巨獣を倒したんだ?ええおい、教えろよ」


皆へらへらと、くすくすと、ぎらぎらと──笑う。

なんだこいつら。気に食わん。


そして、三角帽子の詩人が歌鳥(うたどり)の如き美声で制止した。


「ああ、我が滅天(めってん)義兄弟(ぎきょうだい)よ──

歓談するのはもう少し待って下さい。

英雄たる彼に、私達はまだ挨拶もしてないのですから」



地面に座り込んで、崩した胡坐の上に乗せたリュートをぽろろん…と鳴らす詩人。手袋をした手で帽子を脱いで顔をあげる。


「こんにちは初めまして、以後お見知りおきを。

私達はアンプロンのお宝ハンターチーム《ブレーメン》です。


え?そう、お宝ハンターですよ。

旅芸人は世を忍ぶ仮の姿でもあり、副業ですね。

なにぶん冒険者というのは生きるために何でもしなきゃやっていけない仕事でしてね。この楽器や投げ縄だってそう。世知辛い世の中ですねぇ」


しみじみと嘆く詩人。僕は警戒を解かない。

「そうかい。見るほうは楽だが()るほうは大変だな…

で、今日は何を見せてくれるんだ?」


「私達が得意とするのは──人形劇。ありていに言えばゴーレムの操縦です」


「…ほう」


ゴーレム。

製造に関してはラグネロの独占技術だが、各国の戦場に輸出しているので操縦だけなら出来るという人間はわりといる。

が、もちろん高度な技術であることは変りない。

訓練されたエリート軍人ならともかく、在野(ざいや)の冒険者風情(ふぜい)が操縦技術をもっているのは珍しいケースだと言えた。


僕が気にしているのはそんな事じゃない。

このエルベラに、ゴーレム機操術をもったお宝ハンターが集まることの意味を、

警戒しているのだ。


「随分遠いところから来たようだが、なにかこのエルベラを選んだ理由でも?」

「とぼけないで下さいよ」


詩人がにこやかなままで言う。


「この機神都市エルベラが、

街がまるごと変形して出来る超巨大ゴーレムだという噂──

私達お宝ハンターの間で広がってるんですよ」


なっ…!

「孤軍要塞の秘密が──噂にだと!?」


「ええ。あの伝説の魔獣バハムート戦から15日…

その間に多くのハンターが集まり、何度もエルベラ襲撃を試みています」


「知らなかったぞ、そんなこと!」


「ああ、我が無垢(むく)なる駿馬(しゅんめ)よ…英雄さんは御存知なかったか。

ま、ほぼ全員が渓谷の魔女に(はば)まれましたからね。

領主にとっても魔女にとっても日常茶飯事といった所でしょう。

わざわざ報告まではしなかったのでは?」



マジかよ…。なんで僕はこの街のピンチを敵から教わってるんだよ…。

ジーンもチルティスも適当すぎだろ…!



「我々ハンターは何度阻まれても誰も諦めません。幾度でも立ち上がってアタックを続けました。エルベラに対してだけでなく、同業者(ライヴァル)に対しても互いに攻撃しあいました。


その中でも特にゴーレム機操術をもったお宝ハンター達の競争は

――それはそれは凄まじかったのですよ。


当然ですよね。機神と呼ばれたゴーレムをお宝としてコレクション出来るばかりか、自分で乗れる可能性すらあるのですから。


日夜繰り広げられる熾烈な争い。


奪い合い、潰し合い、抜け駆け/先駆け/騙し合いが白熱し、渓谷が屍山血河(しざんけつが)の戦場になりかねないと憂慮(ゆうりょ)した領主は──


エルベラ争奪戦を、ちゃんとした規則(ルール)に乗っ取って公式に行わせることにしたのです」



「は?」



「それが第一回『チキチキ!ゴーレム機操術トーナメント!

~ポロリもあるぞい!~』の開催理由ですね」


「なんだそれっ!?」

ちょっとまておい。

なんだか話が急速に馬鹿らしくなってきたぞ!?



え、え、つまりこのサーカスが会場で?


あちこちから集まったゴーレム使いをまとめてぶつかり合わせて

優勝者を決めるってこと?


なんだそれ。


優勝したらどうなるんだよ、エルベラのパイロットに起用されるのか?


じゃあ現パイロットたる僕は?


――御役御免(おやくごめん)かよっ!?


それが嫌なら、僕自身も出場して、優勝を勝ち取ってこいってか!?

じょ、冗談じゃないぞ!


っていうかチキチキって何?


ポロリもあるの!?



次々と疑問が浮かんでは消えた。

僕は混乱していた。

これが混乱しないでか。冷静でいられたら逆に怖いわそんなやつ。



「ふふ、これで御理解いただけましたか。

私達ブレーメンもご多分に漏れず、トーナメントに参加しに来た訳です」


「待ってくれ頭が追いつかない…」


呆然となる僕の頭上で、サーカスの開演のベルが鳴り響いた。


え…嘘だろ、もう始まっちゃうの?



旅芸人一座は「じゃあ予選で会いましょう」と言い残し、劇場の扉へ向かっていった。僕は彼らの後姿を見送って、手の中のチケットを見て、途方に暮れて空を仰いだ。

ミコトやチルティスが僕を見つけるまでずっとそうしていた。




ちなみに。後で聞いた話。


「しかし…くそっ、エルベラがゴーレムだって噂はどこから漏れたんだ…」

「なんでも狩人フリアグネという有力なハンターが流した噂らしいですよ」

「あんっっっの野郎ぉおおおお!!!」


僕の叫び声がどっかにいる変態ストーカーに届いたかどうかは定かではない。

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