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機神エルベラ  作者: 楽音寺
第四章 蹴散らせ!お宝ハンター
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「蹴散らせ!お宝ハンター」その3

-3-



早口で詠唱を歌い上げ、ちるてぃす!と叫ぶ【変身】の魔女。

虹色の洪水に観客もざわめく。


その場で一回転ターン。花開く花嫁衣裳のフリル。


フリルのすそから出てきて風に遊ぶそれは──尾だ。

黒い毛。右左に揺れる。はてなの形。


同じように極楽鳥花のヴェールの内側でなにかがぴょこっと持ち上がったかと思うと、ぱぁんと光の粒になって弾けて淡い金髪が外気に晒され、その頭頂部には──猫の耳がある。


《にゃぁーーーんっ》


鳴き声をひとつ──そして空中でニャンパラリを決める頃には、花嫁の身体は見事な真っ黒い猫になっていた。

靴下を履いているように手足だけ白い、可愛い子猫だ。


《えへへっ、鳥を捕まえるプロと言ったらねこちゃんですからね!》

《ちなみにユリ姉さんが飼っているテブクロという猫がモデルですっ》


ほう、なるほどね。

その場に集まっていた観客が面白がってわーっと湧き、「かわいいぞー」とか何とか(はや)し立てている。

幼女ナナセも拍手をした。


《ふっふっふ…さぁ後はわたしにまかせて下さい、

ちゃちゃっと解決してみせましょうっ》


チルティスはするするっと樹木に駆け上がった。さすがに俊敏(しゅんびん)だ。

怪我させるなよー。

低い枝をいくつか経由して頂上付近にいるカナリアに接近。

彼はまだ気付いていないようだ。

チルティス(猫)はもにもにと身体を縮めて跳躍の姿勢に移る。

《……》

ごくっ、と息を呑む観客たち。


その張り詰めた空気を察したのかカナリアが首だけで振り向き、自分を狙う大型肉食獣に気付き、驚いて枝を蹴った。

《あにゃっ?──にゃにゃ、にゃっ──》


飛び掛ったその直前で逃げられてしまい、中途半端な姿勢になってしまったようだ。空中でしぱしぱと手足を掻いて、しまいにはどしーんと石畳に背中から落ちるチルティス。

カナリアは何枚かの黄色い羽を残して宙に逃げてしまった。

皆が悔しそうに頭に手をあてた。


「あーあ…ちぃ姉ちゃん大丈夫?」

「猫なのに背中から落ちるなよ、ドンくさいやつ」

《う、うう…まだまだっ!魔法少女はめげません!》


テブクロをした黒猫は石畳のうえで身をくねらせると、ひょこひょこと足を引きずるようにしてカナリアの方へ向き直り、再び跳躍(ちょうやく)の姿勢にはいる。


*《変っ身ー!》


全身のバネを利用して2メートルほども飛び上がり頂点付近でまたくるり。光。ぽぽん!

と間抜けな音とともにあがる煙。


黄色い二対の飾り羽を持つ可愛いメスのカナリアだ。

跳躍の勢いをそのままに、ばっさばっさと羽ばたき、

オスのカナリアの追跡を開始する!

ぴぴー!魔女の縦横無尽っぷりに黄色い彼もびっくりだ。


(ほおー。あいつ、動物系への変身も慣れてきたんじゃないか?)

まだよく覚えている姿にしか変身できないとは言え、なかなかの変身スピードだ。



《薬菜飯店》のある坂道の空中をおおきく2周3周し、観客の間を低空飛行したり、樹木にぶつかりそうになりながらもとうとうチルティス(鳥)は坂道を登りきったところに建つ教会の尖塔にカナリアを追い詰めた。このまま飛べば壁にぶつかるコース。


がんばれー!と観客が応援している。

貴様ら仕事とかはいいのか?エルベラは平和だな。


《いまです!みたび変身っ!

昆虫採集にハマっていた頃の8歳くらいのわたしカムヒア!》


かっ!

閃光と共に空中に踊ったのは、麦藁帽子に薄桃色のキャミソール一枚、虫取り網を持った──幼き日のチルティス、だろうか?

まだ花嫁衣裳じゃない。ヴェールもない。パンツまるみえ。

小麦色に日焼けした肩に虫かごをさげ、サンダルを履き、金髪をうさみみのように跳ねさせた元気そうな女の子だった。


「チルティスー!昆虫採集って女の子としてはどうかと思うぞー!」

「い、いいでしょ別に!おままごとや花摘みは性にあわなかったんですもん!」


僕のいらん突込みに律儀に返しつつ(男の子とばかり遊んでたタイプだな)

チルティスおてんば幼女バージョンは、カナリアめがけて網をふりかぶった。


縦に振り下ろす!

しかしそれも空を切る。

小鳥を捕らえるのは容易ではないのだ。


教会の尖塔にびたーんと衝突し、格好悪く鼻をぶつけた魔女に、観客も幼女ナナセも落胆の声をあげた。


カナリアは宙返りをし、また高い空へと吸い込まれていく。

チルティスはずるずると壁伝いに4mほど落ちてくる。


「はう…ジョージ様、どうやらわたしはこれまでのようです…」

「…これまでっていうか…何もしてないよな貴様?」


やれやれ、しょうがない。

「タッチだ」

チルティスは弱弱しくあげた手を軽く僕の手にあわせて

「たっちー」

と呟き、がく、と俯いた。


選手交代。無能な魔女に代わって僕が出るしかあるまい。

夏の太陽と入道雲の青空に気持ち良さげに舞っているカナリアを見上げながら、

さて、と思った。




「悪いんだが、皆しばらく静かにしててくれないか」


僕は周囲でわいわいやってる主婦や子供やヒマそうな雑貨屋のハゲ店主やらに

声をかける。


「あらジョージ様じゃないか」「英雄(えいゆう)様だー!」「かか、元気かい?」


とか何とか口々に言われて僕は(わずら)わしそうに手を振る。

「挨拶はあとだ。沈黙してくれ、ちょっとでいいんだ」


風の音だけが残る。遠くで子供が遊ぶ声はしたが、まぁこれくらいなら平気だ。

樹木の葉が陽光にきらめいて、そういえばずっと蝉が鳴いていたことも思い出す。まぁ平気だ。


幼女ナナセが心配そうな顔で僕のよこで鳥籠を抱きしめている。

その頭をくしゃっと撫でた。安心していいぞ。



僕は教会の空を飛ぶカナリアへ、静かに口笛を吹き始めた。

強弱をつけて吹くとそれはあたかも鳥の鳴き声──それもカナリアの歌声──そっくりになる。

遠くを旋回していた彼は、仲間の声に反応してぴく、と僕らのいる広場を見下ろして、そして近付いてきた。


遠慮がちに7歩ほど離れた地面に降り立った彼に、口笛の調べを聞かせて、指を止まり木のかたちに差し出すと――

彼はその指にぱっと飛び移った。

カナリアは僕の顔をまじまじと見て首を傾げる。ふん、可愛いぜ。


幼女ナナセが差し出した鳥籠の扉を片手で開けて、

そっと指ごとカナリアを中に導いて、閉める。

かしゃん。

「捕まえたぞ」


観客がわっとさざめき、ナナセは鳥籠を宝物みたいに抱きしめる。

主婦も子供もハゲ店主もまるで自分のことのように喜んだ。


「ええーーーー…!」チルティスの不服そうな声。

「なんだよ」


「そっ、そんな簡単に!?魔法も使わずたった数十秒で…

ふああん、これではわたしの無能ぷりが際立ってしまいますっ!」


「なにを今更…ほら泣くな、大丈夫、

街の皆も貴様には最初から期待してないって。これ以上評価はさがらんよ」


「すごいお兄ちゃんっ、よく咄嗟(とっさ)にカナリアの鳥笛なんて出来たねっ」

と、ベルディッカ。


「僕、実は故郷の家で一匹飼ってるのさ…

それに動物の擬態(ぎたい)なんて偽装(カムフラージュ)術の初歩、イロハのイだぜ」


「そういえばさっき『鳥籠掃除しようとしたらよく逃がしちゃう』なんて

経験者っぽいことを言ってましたわね。

(ただ)の知ったかぶりかと思ってましたわ」


ミコト…お前は僕をそんなしょうもない見栄を張る男だと思ってるのか…。

しょっぱすぎるだろその知ったかぶり。



鳥籠を持った幼女は礼を言い、また来たときと同じようにぽてぽてと走っていった。今度は逃がすなよ。

僕はその後姿を見送りながら、

(こうしてエルベラの住民と自然に関わっていけばいいんだ…少しづつ)

と考えた。



>>>>>知り合った住民の所持スキル ──機神エルベラへ転送完了──




がしゃんがしゃんと全身鎧を鳴らして歩く僕。

小麦色に焼けたおてんば少女スタイルのままのチルティス。

自分より小さくなった姉を抱っこして遊ぶベルディッカ。

クールで、だが何処かいつもより楽しそうに見える召喚兵器ミコト。


四人が街のレストランから立ち去り、午後は西区の劇場でやっているサーカスを見に行こう、と盛り上がっているその後姿を。


──監視する四つの影があった。



*(きり)(くに)から()たピアレー・ド。


*千川(せんせん)(わた)()ミューミュー。


*《九尾狩(くびか)(がま)》オルロゾ。


*戦劇帝都(せんげきていと)カブラックス。



何を隠そう。


彼らこそ冒頭で噛ませ犬の匂い満点の会話をしていた──

ゴーレム機操術士(きそうじゅつし)四天王 (笑)である。



彼らは街角の暗闇で

「くっくっく…その《サーカス》がてめーらの墓場だぜ──」

とか、また雑魚っぽい台詞を吐きながら、身を揺すって笑った。


近くの子供が指をさしているのにも気付かない。


「ううー、こわいよ、あの子【変身】するよ…っ。戦いたくないよう…っ!」


「魔女もいいがボクは全身鎧のカレが気になるねぇ。

あれは兵士の眼だ。ま、どうせ僕たちより弱いに決まってるけどね」


(しか)り…おお我が精鋭なる戦友たちよ、ゴーレム使いよ!

我々ならあんな餓鬼どもケチョンケチョンにしてやれますとも──」



四人は互いに顔を見合わせ、

「ではサーカス劇場で6時に──解散!」

という合図とともに、しゅしゅしゅばっと影を交錯させて、消えた。


その足元にはジェラートの容器が4つ落ちていた。


…なんともしょぼい悪役であった。

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