「蹴散らせ!お宝ハンター」その2
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それは、そんな平穏な日々にもある程度慣れた午後のこと。
僕とチルティスはいつも通り喧嘩しながらも愉快に買い物し、人柱となってくれたミコトとベルディッカにそれぞれ氷菓を御馳走してやっているところだった。
大衆レストラン《薬菜飯店》の店先、
パラソルのかかった四人がけの白いテーブル席。蝉が鳴いていた。
柔らかい干し柿入りのジェラートの冷たさが胸にずきんと効く。
「うっまーい!夏はやっぱこれだねお兄ちゃんっ」
「これ地味にエルベラ銘菓なんだってな。僕もここに来て初めて食べたよ」
「…美味しいですわ。チルティスさん、これお酒が入ってるやつも?」
「ありますよー。さらにラム酒がけトッピングなんかお勧めですね。
猛暑も吹っ飛ぶ味ですよ!」
チルティスは相変わらずふりふりのヴェールで幾重にも覆われた純白の花嫁衣裳である。そんな格好で暑いというのはどうかと思う。
まぁ全身鎧の僕が言えた義理ではないが。
(うわぁお兄ちゃんでハムエッグが作れそうだよっ!?とは武器職人ベルディッカの談。)
ジェラートをさらに口に運ぶ僕。
「そういやさ、あれから機神エルベラを強化するために街の生き物を調査してみたんだけどさ」
「あら」とミコトが片眉をあげてちらりとこちらを見た。フッと鼻で笑う。
「私と同じ居候の身でありながら掃除もせず、何をしているのかと思えば
そんな余暇活動をしていらっしゃったんですか。ジョウは楽で良いですわね」
ぐぬぬ…こいつめ。なんか生意気な妹的ポジションになりやがって。
その「やれやれ」のポーズをやめろ!
僕は一応この街を救った英雄ってことになってるから良いんだよ。
っていうかお前は街を襲った怪獣の親みたいなもんじゃないか。
罪滅ぼしに庭掃除くらいしろよ…。
この場ではミコトが魔獣バハムートを召喚した犯人であることは伏せているので
(召喚兵器であることは皆知っている。チルティスの目の前で大鷲召喚もしたし)
決して言葉にだしては突っ込まない。代わりに後でお仕置きすることにする。
バハムート撃破以来、僕に従順に奉仕するよう上層部から命令されているミコトは、階級こそないものの微妙に僕の指揮下に入ったような状態なのだ。
蒸気都市ラグネロに忠誠心を持っているようには見えない、召喚対象のコレクションのみを至上の娯楽としているようなこの少女がなぜそんな不本意な立場に甘んじているのか──その気になればラグネロの下位軍隊と一戦を交えることさえ可能そうなのに。
意外と、蒸気都市に想い人でもいるのかも知れないな。
「で、調査してみて何がわかったの」
木のへらをかりっと噛んで(行儀悪いな)眠たげな目つきで僕を睨むミコト。
つまらないことだったら蔑んであげますわ、とでも言うような態度である。ふーんだ。
「えっと、領主ジーンの話じゃ魚や樹木まで魂として看做される感じだったけどさ、人間と違って“知り合う”とか“名前を聞く”みたいなコミュニケーション手段が基本的に使えないんだよ。『これでどうやって新密度上げろって言うんだ?』って途方にくれちゃって──」
「無様ですわね。死んだ魚みたいな目をしてる癖に魚とコミュニケーションが取れなくて悩むなんて滑稽にも程がありますわ」
「お前ちょっと黙ってろ!僕はチルティス達に話しかけてるんだよ!」
「きゃ、きゃあ汚い!」
叫ぶと同時にジェラートがちょっと飛んだのだ。こいつの大声初めて聞いたな。
ちなみに、僕が話しかけている筈の魔女らはこそこそと身を寄せ合って益体もない話に夢中だった。
「…ミコトさん、本当にジョージ様には辛辣ですね。
私達姉妹にはけっこう優しいのに…」
「だよね。逆になんかアヤシイかもっ!?って思っちゃうよねっ」
「え、え、あ怪しいって何が?」
「あはは、ちぃ姉ちゃん、ライバル出現かもよー?」
きゃっきゃっ。えー。うふふ。やだー。
話が進まない…。
なんで女ってこうなんだ。ミコトが蔑んだ眼で僕を笑っていた。ちくしょうっ!
ああもういいや。僕はもうやる気を無くした。司会進行は各自でやってくれ。
話したかった事は以下の通りだ。
1.エルベラに棲む魂と“知り合う”ということの定義は、
だいたい『その個体を個別認識できてるか』にかかっている。
2.つまり1000本の木が生えた林を観察しただけじゃNG、
一本一本の特徴を覚え「これはあの幹が割れていたじいさん樫だな」と
解るレベルならOK。魚や野菜も同様。
3.特徴の無い個体はそれだけ平凡で微小なステータスしか持たない。
人間ならキャラの濃いやつを狙え、だ。
白いテーブルに頬杖をついてふてくされている僕だった。
終わらない夏のエルベラ。
灼熱の太陽が降り注いでいるけどパラソルが遮ってくれる。眼を細める。
昔から不思議と日焼けはしない──生っ白い腕が嫌いだった。虚弱体質なのだ。
(おっ)
その時、見上げた空を黄色い小鳥が横切った。
二対の飾り羽根を持った可愛いオスのカナリアだ。
こんな街中に野生はいない筈だよな。
見ると、思っていた通りに飼い主らしき6歳くらいの女の子が息を切らせながらぽてぽてと走ってくる。頭上に鳥籠を掲げていた。
《薬菜飯店》の店がある階段状の坂の、まばらな通行人を避けようとして余計ふらふらした足取りに。カナリアはそんな彼女を翻弄するかのように二、三度宙を旋回して、樹木のてっぺんの枝にとまった。
この街の子か。
見たことがあるな、確か武器屋のゼネガルのとこの末娘じゃなかったっけ。
「あれっ、ナナセちゃんどうしたのー?カナリア君、逃げちゃた?」
ベルディッカが顔見知りらしく、声をかけると幼女ナナセは
「そうなの」と鳥籠をぎゅっと抱きしめた。
「あー、鳥籠掃除しようとしたらよく逃がしちゃうんだよな」「そうなの」
「それはすこし不注意でしたわね。飼い主の責任ですわよ」「…そうなの」
あらら、ミコトのやつが冷たい事を言うから幼女は泣きそうだ。参ったな。
通行人も幼女に気付いて足をとめ、カナリアの木のまわりでわいわい騒ぐ。
鳥もちは?いや網だ。だれか木登りできないか。
僕も少し考えてみる。
「あれだけ高い所にあるとちょっと捕まえるのは骨が折れそうだが…」
そこで。
「ふっふーん!ジョージ様、わたしを誰だとお思いですか!?
変身魔法少女チルティスちゃんですよっ」
自信満々!というポーズで痛々しい花嫁衣裳の20台が名乗りをあげた。
…まぁこいつでもいいか。
「やってみろ」
「いえっさーっ」




