「歌え!ジュレールの伝説」その8
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状況開始。
古戦場に吹く旋風に髪をたなびかせ、箒の代わりに弦楽器に乗った魔女達が、
空中に静止したままくるりと身を反転させ、楽器を自由に爪弾くために──
乗り物ではなく武器として使うために、胸に抱える。
一人がギターのネックを砲台の筒先のようにこちらへ向けると、
その両隣の魔女もくるりと回り砲撃体勢に移った。
一人、二人、三人、四人、五人六人七人──次々と!
向けられた銃口に青白いスパークが集中する。
あの電撃の雨を降らせる気だ。
ふん、そうやすやすと喰らってなどやるものか!
「チルティス!手筈通りにいくぞっ!」
「はいっ!」
彼女は元気良く答えると、《ミョルニル》を振り、早速呪文を詠唱する!
本当に今回は大盤振る舞いさ。
三姉妹の魔女みんなの魔法が登場するんだからな!
「《だふにす・でるふぃす・ぐらめ・りりあら・ひよす・ひよす・とりあぞ・ぞるでぃか・くーるぅ・くーるふ・てけり・てけり・り・でぃーぷわん・でぃーぷわん・いんすますいんすます・あんぐ・ざんぐ・ヴぉーぱるぶれーど・ありす・ありす・ころげたさきに・きくばーくっぐぁ・ねめれくす・そべー・じん・おかわる・ちゃーどろす・ぞむ・ぞら・てぃーんち・ひのあくま・・・》」
僕はサーベルを構えつつ跳躍し、空中で一回転して
背の高いチルティスの背中に飛び乗る!!
彼女もそれをわかっていてあえて低い姿勢をとっていた。
錆びた鉄色のマントと全身鎧を着た僕だが
さすがに体格差があるから苦もなく乗れた。首にがっちりと手をまわすと──
詠唱もちょうど完成する頃だ!
「──《ちるてぃす!》」
花嫁衣裳がはためき、溢れた虹色の光が四方八方へと軌跡を描き、橋をかける。
檻のように繭のように揺り籠のように僕らを包む!
僕の腕のなかで花嫁の体がわさわさとふくらみ、羽毛を生やした2mほどの鳥の魔獣に変わった。
猛禽類の瞳、白い胸の羽毛、黒い翼、鉤爪!
驚くなかれ、それはこの古戦場へ来る時にミコトに召喚してもらった大鷲だ!
《捕まってくださいっ》
魔獣が人語を喋る。
そもそも人語を喋る獣を魔獣と言うのだ。当然詠唱も出来る。
「ああ!──思いっきり飛べ!」
おおきく二、三度羽ばたく。枯れ草が戦ぐ。変身の余光の燐粉にも似た輝き。
その向こうで魔女達の手元からも黄金色の光が輪になって
ちかちかちかっ!と明滅している。来る!
*きゅどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどど!
一本一本が人の腕ほどもある太い電撃の矢が、
それこそ弾幕となって古戦場の空気を焼く。
わずかに夕焼けに染まりつつある空に溶け込んで見えない。
ただ、世界の果てから飛んできたかのような雨が横殴りに──
1秒前まで僕らのいた場所を襲ったのを見て、首筋が震えた。
(あっ――ぶねぇ――!)
僕らは既に飛び立つことに成功していた。
「いいぞチルティス!
このまま落葉形に飛行しつつ西へ!
夕陽を目指すように飛べ」
──ふぁっ。
──っ ――ふぁっ。
風を切り裂き、上昇と滑空を不規則に切り替えながら、
大鷲となったチルティスは指示通りに飛行する。
僕は大きな背中から振り落とされないよう必死だ。
なに、このくらい乗りこなしてみせる。
時に間隙をつき、時に引きつけた方向と逆にターンし、
時に魔女が4、5人纏まっている所に体当たりを喰らわせる。
黒と白の羽毛が舞う。
魔女の帽子も舞う。
どうやら幸運なことに、大鷲は魔女軍団より機動性に優れているようだった。
よし!
あの時──領主館の庭で、魔女が箒を手にしたのを見て、
早い段階で空中戦を予想していたのだ。
(「お空でも飛ぶんですか?」だ)
【変身】の魔法をイマイチ使いこなせていないチルティスに、
鷲の姿を眼に焼き付けておくよう言い聞かせておいた甲斐があった。
まぁ、もちろん古戦場という微妙に離れたフィールドを提案したのも僕だし、
ミコトに移動用の召喚獣(できれば飛行生物)を出すよう頼んだのも僕だったが。
戦略のレベルですでに戦いは始まっていたのだ。
西へ、西へ──!
ぐるりと旋回。上空から見た僕らの軌跡は蛇のように円を描いているはずだ。
頭は当然僕とチルティス。
胴体は雲霞のごとく群がる分身魔女たち。
その蛇は自分の尾を目指していた。
ごっそりと分身を誘い出されてしまい、無防備になっている【本体】の元へ!
【指揮官】を叩く!
尾の位置にいるのは勿論──ユリティースとクラディールだ!
ギターに横座りする二人は――
まるで煉瓦の塀の上に並んで座る仲良しの少女のような二人は、
僕の意図を察して「けけけっ!おもしれぇ!」と不敵に笑った。
ちなみに狩人は指揮官の魔女の腰に情けない格好でしがみついている。
…無茶するやつだな。
「へッ、やるじゃねーかっ──
おい分身ども!愚図愚図すんな!
あたしの元に集まりやがれ!
肉壁作戦だ!」
「間に合うかしら。もし肉壁を築く前に彼らの攻撃が先に届いちゃったら…」
【そのときは僕が盾になるよ】
あら、とクラディール。
「格好いいこと言うじゃない!」
【決して肉壁のなかにくんずほぐれつ埋まりたいなぁとは思ってないよ】
「けけ、てめーの嘘は解りやすくて可愛いよなぁ」
なにやらゴチャゴチャ話す分身の魔女と狩人へめがけて、
僕らはいよいよ最高速で突進を仕掛ける所だった。
夕陽を背負い。
耳鳴りがするほどの風に耐え──
「覚悟はいいか!!」
《おうっ!です!》
鉄の花嫁チルティスとジョウ・ジスガルド二等指揮官の即興コンビネーション!
サーベルを持った僕と大鷲の視界に、
ひょいと箒から降りて空中に躍り出た狩人が映る。
《へーんだ、空中戦ができない狩人さんなんて脅威じゃないですよ!》
大鷲は突っ込む!盾ごと指揮官を潰す気だ!
──フリアグネは僕らに向かって墜落しながら子供のような笑みを向けて。
*【眼が合ったね】
《あっ──》
しまった。
彼女がそう胸中で悲鳴をあげたのが解る。
チルティスの動きがあきらかに変わった。
狩人フリアグネ。32歳。魔道具術師。
右眼には火の恩恵を宿す──その名も!
【《嫉妬の炎》。
うふふ、これからは君は僕の言う通りにしなくちゃいけないよ――】
ぼぅん!と半透明の炎が魔女チルティスが化けている大鷲の、
その両翼を嘗め尽くし、覆う。
羽ばたきがぎこちなく止まり、めきめきっ…と軋む音がして、
次の瞬間狂ったように勝手に暴走し始める。
直撃ルートをはずれ急上昇。
ユリティースとクラディールにはかすりもせず、
大鷲はきりもみ回転しながら、自らの翼に振り回されていた。
《きゃああああああああああーーーーーーーーっ!!!!》
なんてことだ。狩人フリアグネは狡猾にこのタイミングを狙っていたのだ。
鷲になって高速飛行する【変身】の魔女を捕らえるため──
支配するため──
自ら直撃ルートに立ちはだかった。
その瞬間がもっとも眼を合わせやすいタイミングであることを、
長年の経験から知っていた――!




