「歌え!ジュレールの伝説」その7
★★★
魔女法 第1項9条 婚姻における障害
甲(魔女)は乙(突破者)を生涯愛しすべてを捧げるべし。
もし丙(第三者)がこの婚姻を祝福せず、呪った場合、
甲と乙はともに協力し丙を打ち砕く義務がある。
その決闘がふたりで行う最初の共同作業である。
決闘は遺恨を残さぬよう公平を旨とし、
もし両者の頭数が揃わぬ場合は助太刀を必須とする。
なお甲と乙の離婚、再婚、遺産分配については別の伝説を参考に──
★★★
-7-
今回僕達が選んだ戦場は、一度ベルディッカの工房を訪問した時に
そばを通った《ガスパール古戦場跡》。
丘陵に取り囲まれた盆地であり、
夏草が戦火で焼かれた、死の匂いのする寂しい場所。
禿げた土の地面には主君を失った剣が茨のように突き立っている。
あちこちに壕が掘られ、尖った柵があり、障害物は多かった。
混戦に向いた地形といったところか。
周囲に人気はない。
街からも離れている。
くらくらするほど暑いのに、妙に鳥肌が立った。
広大な古戦場跡の空は常に灰色で、遠く、
日が沈む頃には血液色に染まるだろう。
ずっと眺めていると気が触れそうな心地になった。
僕にとっては──慣れ親しんだ環境である。
小さな鼠や蝙蝠が僕達に驚いてちょろちょろと逃げていった。
「さぁ、それじゃ始めましょうか」
そう言った魔女は手にほうきを持っている。
【ふふ、わくわくするね】
狩人は《嫉妬の炎》を全身に纏っていた。
(まさか最後の魔女とここで戦うことになるとはな…
正当なる決闘を行うためのルールとはいえ、数奇な運命だ)
あのあと──。
ふたりでひとりの魔女ユリティースとクラディールは、
興味深そうに自分達を見ているミコトから
「悪い、それちょいと貸してくれ」
と言ってその手に握られた箒を指差した。
「ほうき──?これでお空を飛ぶのですか?」
冷静な少女は、随分と背の高いふたりを上目遣いに見上げながら尋ねる。
「まぁそんなところだ」「まぁそんなところね」
チルティスは超重量級の鈍器が《魔法のステッキ》。
ベルディッカは守護霊が《使い魔》。
そしてこのユリティース&クラディールの場合、
《箒》が魔女としての自分を象徴するアイテムであるらしい。
しかしなぜかそれで空を飛ぶことなく、
結局、僕達はミコトが召喚した大鷲の背に乗って、
普通にガスパール古戦場跡へ降り立ったのだった。
今、魔女はその何の変哲もない木の箒を、
器用に両者の手を駆使してくるんくるんと振り回し、すちゃっ──と構える。
(ふん、やけに勿体をつける…なんに使うんだ…?)
その疑問に答えるように、
極道女のユリティースがにやりと笑い、息を吸って、大きな声で朗々と言う。
「今日は大盤振る舞いだぜ!とくと見やがれ、これがあたし達の魔法だ──!」
修道女のクラディールがくすりと笑い、指で印を組んで、
そしてふたりは声を綺麗に共鳴させ詠唱を開始する!
「《ヴぇふめっと・しふ・むーな・いれでれんぬる・はいおんはーん!》」
「《えへかとる・じゅあ・くみろみ・るるうぃ!》」
「《いぇんだー・びるぼ・すめあごる!》」
「《まに・まに・ぴあれー・すろーたー!》」
「《すらー・ねしゅねしゅ・ばりあんと・か・みろー・ぐらいく──》」
美しく重なり合った混声詠唱が徐々に違う音程を奏で、
最後にはそれぞれ異なる呪文になった。
「《ゆりてぃ!》」
「《くらでぃ!》」
叫びとともに──きた!
魔女が魔法を使うとき必ずおこる現象!例の虹色の閃光だ!
それは彼女らの額から股下にかけて、二人を隔てる罅から溢れ出ていた。
ドアの隙間から朝日が差し込むが如き──神々しい光!
(くっ…!一体、こいつらはどんな…)
色彩を忘却してしまったかのような灰色の古戦場に、
眼がくらむほど賑やかな異次元の色彩が満ちる。
狂騒曲じみた、派手な旋律と光の噴水。
まるで妖精がダンスを踊る泉だ──
オペラを演ずる劇場だ──
世界中のマナが奏でるオーケストラだ――!
その祭りの熱気が徐々におだやかになり、
やっとで眼を開ける程度に落ち着くと──
*古戦場に立ち尽くす僕らの視界いっぱいに──
*数十、数百、いや、星空のように数えられないほどの、
*無数の魔女が、灰色の空に浮かんで見下ろしていた。
「なっ…なんだこりゃぁ!?」
地平線の果てから、空を埋め尽くすように方陣を展開してる。
彼女らが乗っているのは、
元はさっき持っていた箒なのだろう、
双蛇の稲妻型の弦楽器だ。
空中飛行を可能にしている魔女の武器もまた、
魔女と同じくその数を分裂させていた。
【──す、すごい!凄い凄い凄ーい!格好いい!僕のお嫁さんが増えた!】
馬鹿が興奮していた。
僕は呆気にとられて呆然とするしかなかった。
敵国の飛竜部隊が蒸気都市ラグネロに侵攻してきたとき、
たしかこんな光景を見たな──と。
そのあまりの非現実感に愚にもつかないことを考える。
馬鹿な、あれは軍隊だぞ!?こっちは個人なのに。
たったひとり──いやふたりか──
とにかく一国の軍隊と比するまでもない存在なはずなのに。
それなのに…
「「「「「「「「「「「どうかしら?驚いたぁ?」」」」」」」」」」」」」
(っ!?)
無数の魔女が一斉に喋った!
僕は驚いて飛び退ってしまう。
それを見て魔女どもは大気をびりびりと揺らしながら――けらけらと笑った。
けらけら。
けらけらけらけら。
けらけらけらけらけらけらけらけら。
けらけらけらけらけらけらけらけらけらけらけらけらけらけらけら!!!!!
「き──貴様ら不気味すぎるぞ!」
その中で、爆笑する周囲と違って
軽い微笑みを浮かべただけの先頭の魔女が言う。
「ふっふっふ、
これが私達の機神エルベラにも匹敵する隠し玉──
【分身】の魔法ってヤツよ!」
「ちなみにあくまで魔法効果だから決闘の頭数には数えないでくれよな!」
誇らしげに言うクラディールとユリティースだったが、
なんと彼女らは互いが全身を取り戻し、完全体となって、分裂していた。
いや──分身していた。
「マジかよ…」
何でもありか、この三姉妹。
「ふふ、男は外に出たら7人の敵ありと言うけれど…、
ジョウ君!
あなたはこれから1070人の魔女を敵に回すのよっ。覚悟はいいっ?」
「き、貴様はただの助太刀要員だろ、ちょっとは手加減してくれよ」
「あっはっはー、それは無理な相談ね!
どんなに気乗りがしないとはいえ、魔女は掟には逆らえないもの!」
おそらく大群の指揮官なのであろう、にやにやと笑う半分じゃない彼女らは、
宙で脚を組んで浮遊する弦楽器のボディ部分に横座りしていた。
ひとつの楽器に二人乗り。
戦いは分身達にまかせるつもりなのか。
「――悪ぃけど」「本気でいくわよ」
「そうかよ──ふん、まぁいいさ。
そっちがその気なら僕としてもやり易いしな!
お節介焼きの性悪どもめ覚悟しろ!変態ともども薙ぎ払ってくれるぜ!」
サーベルを抜き放って僕とチルティスは戦闘体勢に入る。
「チルティス、貴様もなにか言ってやれ!」
「はいっ!」
お?
思ってたより元気に返事が返ってきた。
姉と敵対することに躊躇がないのか?
もしかしたらいままでこの姉たちに苛められた恨みでもあるのかな。
「お姉ちゃんっ!」
びしっ!とふたりの魔女を指差す。おおっ良いぞ頑張れ!
「ぱんつ見られてますよ!」
ん?
「は?」
「えっ…」
チルティス以外の皆が三者三様に首を傾げる。
あ。ほんとだ。
いつの間にか、狩人フリアグネが
宙に浮く彼女らのスカートの真下の位置にさりげなく佇んでいた。
遠い眼をして空を仰いでいる──
それは失った恋人との日々を回想している精悍な男の表情のようでもあり──
単にパンツに眼を凝らしているようでもあった。
って言うかまさにそうだった。ガン見だ。
「きゃっ…!?」咄嗟に脚を組み替えて、顔を真っ赤にしたクラディールの動揺を感じ取った大群の魔女たちが、弦楽器を慌てて掻き鳴らす。
*ギャリィィン!
黄金色に輝くその楽器が、暴力的なまでに渦巻く魔女のマナエネルギーを音に代えて吐き出す。無数の雷光の矢がフリアグネのもとに降り注いで、刹那、爆炎が起こった。おお…《空襲サイレン》と同じタイプの、広範囲爆撃を得意とする魔道具か!
固唾を呑んで見守っていると土煙はうっすらと消え、その中心に──
ぼろぼろになって鼻血を垂らしたフリアグネ。
「いやぁーーーーーっ!!!まだ見てるーーー!?」
【ごちそうさまでした】
きりっとした表情で意味不明の感謝を述べる変態に、
魔女ふたりは嫌悪の雄たけびをあげる。
狩人は、さっぱりとして爽やかな、何かをやり遂げた男の顔になっていた…。
いやもう、何度言ったか解らないがこいつ本当に気持ち悪い。
指摘した当人のチルティスでさえ引き潮のようにどん引いていた。
「ばかばかばか!貴方のために戦ってあげてるのに!もー!」
「そうだぜ、戦闘中に覗きをするなんてふてぇ野郎だっ!」
【君達こそ決闘のパートナーに攻撃するなんて酷いじゃないか。
僕はなにも悪いことしてないのに】
「してただろ、このド変態が…」
いかん、思わず突っ込んでしまった。好きに仲間割れさせときゃいいものを。
案の定僕の言葉に反応して狩人フリアグネは弁解を始める。
【だってそこにパンツがあるんだよ!?】
「そ、そこに山があるから登るのさ、みたいに言うな!貴様は登山家かっ」
【そこにスカートがあれば覗かなきゃ失礼じゃないか!
手の中にパンツがあれば被らなきゃ失礼なのと同じようにね!】
「犯罪者の思考だ!失礼って誰にたいして失礼なんだよ」
【男の本能に失礼なのさ!】
言い切りやがったー!
「ジョージ様。構っちゃ駄目です。耳が腐ります」
先刻の僕と同じ文句で僕を引き止めてくれるチルティス。
そ…そうだな、僕としたことが。
そろそろ話をちゃんと進めなきゃまずい。残り頁も少ないのだ。
今の痴態を見守っていた魔女軍団たちは呆れ返った様子で
「「「「「「「「「…もういいかい?」」」」」」」」」
と聞いてくる。もういいよ。意外と空気を読んでくれて有難う。




