「響け!ウェディングマーチ」その3
「10歳の頃のわたしはまだ魔法を使いこなせなくて、
姉妹のなかでも大変な落ちこぼれでした。
あ、いまでもそうですけどね・・・その頃は特にということで・・・えへへっ♪
でも育ててくれたオジイチャンにも申し訳なくて、わたしは魔法が使えない代わりに
この"[[ミョルニル]]"を手に、朝から晩までずーーーっと
戦闘訓練に明け暮れて過ごしていたんです」
"ミョルニル"。
ふたつの車輪を組み合わせたような。水車のような槌の部分。
金属のワイヤーを捻って固定した、掌より太い柄の部分。
彼女の握りの形に変形した持ち手の部分。
塔のようにそびえ、竜のように重い──トゲ付きのスレッジハンマー。
「その重みに疲れ果て、途方に暮れて。わんわん泣いて。
でもこれしか出来なかったから・・・がんばりました」
それを幼い彼女は振り回す!
ブオッ──
片手で、頭のうえへ掲げ、そのまま背中側へと回し!
──ォォオオオォォオォンッ
乾いた風を切り裂き、周囲の木々をへし折り、
一周してもう一周して嵐のように回転して!そして!
──ズシャァ!
僕の足元へ、振り下ろした。
「それから2年後、わたしはこの凶器を使いこなせるようになりました。
肉体的には全盛期といってもいいでしょう。
だからこの12歳のわたしは──強いですよ」
大地にめりこんだハンマーヘッドと、
そういって不敵に笑う幼い魔女の顔とを見比べるまでもなく、
彼女がひとりでラグネロの一個大隊に匹敵する存在なんだという事を知る。
灼熱の太陽などものともせず冷や汗が流れる。
「くそっ、能天気なおにぎり女の癖になかなか切ない昔話をしてくれるじゃないか…。
2年間もこの規格外の凶器を振り回して暮らしていただと!?
僕なんか箸より重いものは軍刀くらいしか持ったことがないぞ!勝てるか馬鹿者め!」
「あらあら、身体はちゃんと鍛えなきゃ駄目ですよぅ?ほらわたしみたいに」
そういって細い腕でガッツポーズ。
「貴様レベルまで鍛えてる指揮官がいるかー!
そんなバケモノ即座に前線送りだ!」
そもそも僕は虚弱体質なんだよな・・・。
白兵戦をするときは鎧を魔術で動かして戦う。
全身鎧を脱がないのはその為でもあるのだ。
(そんな僕が、口八丁の二枚舌で、冴える頭で、少しの鉄魔術と一本の軍刀で
戦ってきた僕が・・・)
(こんな奴に勝てるのかっ!?)
あらためて思う。
しかし。
(──いや、勝つしかないんだ。
任務を完遂できずにおめおめ故郷に戻った所で居場所はない)
(勝ち続けなきゃ軍人は価値がないんだ!)
「・・・・・・ところで貴様に問いたいことがある」
僕は時間稼ぎをするために中身を考えてもない質問をする。
「いいですよ、冥土のお土産に何でも教えてあげます」
もう冥土の土産かよ!と突っ込みたくなるのを我慢して策を考える。
「貴様がずっとしてる、そのヴェールだが・・・」
よし、14個ほど策を思いついた。
「えへ、これですか?お姉ちゃんのお下がりだけど似合うでしょう?」
そのうち一つを実行することにした。覚悟を極める。
「ふん、どうりでサイズがあってない訳だ!」
僕はそう叫んでサーベルを閃かせる!
すぱぁあん!
「なっ・・・ああっ!!!」
チルティスの極楽鳥花で彩られたヴェールが、幾束の髪とともに切り裂かれた。
はらはらと花弁とともに地面に落ちる。
会話からの不意討ち!からの──追い打ち!
僕はそれを軍靴で踏みつけた。砂に、なすりつけるように。
「あ、あっ・・・!」
呆然としたチルティスの瞳に徐々に大粒の涙がたまっていくのを確認する。ふむ、こんなところか。
ゴミのように蹴っ飛ばして。
幼い姿のチルティスが、その震えた手でヴェールを拾う様を見下しながら。
「えうう、うっ・・・ヴェールが・・・お姉ちゃんから貰った大切な・・・!」
「貴様にはちっとも似合っていないよ。そんなもの、とっとと屑篭に捨てることだな」
僕が選んだ策。それは14個ある策のうち最も下劣で悪辣な策。
・・・『挑発』だった。
地面にひざまづいて、僕が汚した純白のヴェールを胸に抱え、
ぽろぽろと涙を流す少女。
12歳のジュレール・チルティス。
殴って爆撃して軍刀で腹を貫いても怒らなかったこの少女が──
やっと、僕を非難の目で睨んだ。
「・・・ひどいですよ!なんでこんなことをするんですか!?」
「さぁな、楽しいからかな。
くくく、実は僕、貴様みたいな女の子をいじめるのが大好きなんだ!」
「ええっ、へ、変態さんじゃないですかー!」
「そうさ!僕のことは変態という名の紳士と呼ぶがいい!
さぁ早く抵抗しないとそのスカートもめくっちゃうぞ!」
・・・・・・いや、もちろんこれは演技だからな。
こんな天真爛漫ノー天気なやつを挑発するにはこれくらいやらなくては駄目なのだ。
僕だって嫌々やっている事を解って欲しい。まったく…。
こんな所を蒸気都市ラグネロで僕の帰りを待っている部下どもに見られたら
「やっぱり隊長はドSだったんですね」などと誤解されてしまうではないか。
だが、それだけのリスクを犯してまで挑発した甲斐はあった。
チルティスは手の中のヴェールをぎゅっと握りしめて、ゆっくりと、立ち上がる。
「ジョージ様、少し悪戯が過ぎますよ・・・。
今は同い年なんですから、許して貰えると思わないで下さいね・・・」
しゃらんと踊るフリルの縁取りのミニスカート。
ふくらんだ肩そで。肘まで覆う白いグローブ。
折れそうに細い足を包むタイツと、可愛らしい赤い靴。
さくらんぼの髪飾りでとめたツインテールが、風に揺れて。
──そして、凶悪なるスレッジハンマー。
「12歳にしてゆがみに歪んだその根性、私が文字通り"叩き"直してあげましょう!」
「鉄じゃあるまいし、叩いたくらいで人間性が真っ直ぐになる訳が
ないだろう。馬鹿か貴様は?」
僕の屁理屈に、チルティスは言葉を失い、ぐっと睨み、そして・・・
「馬鹿は貴方です!」
ハンマーを手に飛び掛ってきた!
慌てて飛びのいたその一瞬後、僕の立っていた場所は
岩盤ごと砕かれて大穴が開く。
大きな亀裂が周囲の岩壁にまではしり、左右の崖が大気を震わせながら崩れた。
「う、うおおっ・・・!」
馬鹿げた破壊力!
ガレキが滝のように降り注ぎ!
枯れ木に止まっていた鳥が羽根をまきちらしながら一斉に逃げ出す。
渓谷の道は一瞬で封鎖された!もう帰り道は──ない!
(ふ、ふん、想像以上の破壊力で退路を絶たれてしまったが)
(構うものか、どうせ僕は逃げ帰りはしない)
(ここからは目標地点エルベラへ向けて全力疾走だ!)
「まてー!変態めー!」
ガレキの山をぶち破って、全身をマナの輝きで覆った魔女が、
凶器を片手に宙に踊り出る。
僕はくるりと背を向けた。
(いいぞ──追って来い!)