「歌え!ジュレールの伝説」その6
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結局──工房は爆破されず、熱や爆風による被害も
【魔王のエプロン】が消し去ってくれたらしく、
フリアグネの襲撃など夢だったかのような何事もない平穏な風景が残った。
縛り上げた変態はとりあえずジーンに引き渡すことにする。
あの孫バカ爺さんならこのストーカーを大陸の果てまで追放してくれるだろう。
もしかしたら狩人をぶっ飛ばすためだけにエルベラを起動するかもしれないな。ふ、それは是非見物したいものだ。
武器職人ベルディッカの工房での攻防戦を終えた僕らは外に出る。
来たときよりも心なしか感じ良く思える沼地のほとりで、
カラスの鳴き声をバックに一旦別れる。
「ばいばい、ちぃ姉ちゃん!
ジョウお兄ちゃん、今度会うときはそのサーベルを鍛えてあげるねっ!」
さすが武器職人。腰の剣を抜け目なくチェックしていたようだ。
そうか…こいつの【化身】の魔法で、僕の装備品を強化できるかもしれない。
本当に万能な妹だ。
僕とチルティスは名残惜しむように妹の髪を撫でて、工房をあとにした。
「…なんですかそれは。
わたくしの館にそのような汚物を持ち込まないで欲しいですわ」
ミコトが開口一番、あきれたように言い放つ。
「いや貴様の館じゃないし、汚物扱いはさすがにあんまりだと思うが…」
「そうだよミコトちゃん、フリアグネさんだって生きてるんだよ?
せめてごみくらいに手加減してあげて!」
ごみって。
確かにチルティスは縛られた狩人を
嫌そうに襟首をつまんで(怪力だ)運んでいたけどさ。
ごみだの汚物だのと辛辣な言われ様だった。
まあでも確かにごみだな。《嫉妬の炎》もあるし、燃えるごみだ。
【目隠しされてて現状が把握できないんだけど、
僕を中心に女の子たちが歓談してるのは悪くない気分だね】
「そうか。幸せなやつだな貴様は」
さてこのごみ、どうしよう?
真上にあがった太陽が、遠い街の風景を陽炎で揺るがす。
鶏のとさかに似た赤い花が咲いている、
エルベラ領主館《エンガッツィオ司令塔》の庭先である。
この地方独特の砂交じりの風に四苦八苦しながら、
居候のミコトは(僕もだ)、箒で掃き掃除をしていた。
今日は漆黒のドレスではなく、ワンピース。
切り揃えられた髪にかかる可愛い眉をひそませて、
一生懸命に短い枯れ草を寄せ集めていた。
どうでもいいがこいつ箒の使い方下手だな。
お嬢様だから自分でやったことないんだろうか。
「…それは狩人フリアグネですね。
昔、旅をしていた時に何度かアイテムを奪い合ったことがあります」
「え、そうなのか」
「はい。彼もわたしも、蒐集家ですから」
【! その声はミコトちゃん!?
いやぁ奇遇だなぁ!こんなところで会うなんて!
どう?僕とお茶しない?】
「しません」
にべもなく断られる。…うん、そりゃそうだろう。
ストーカーとして逮捕されながら女を口説くとは見上げた根性だった。
しかし、
【ああそうか、ミコトちゃんはお茶よりお酒のほうが好きなんだよね?】
と狩人が言うと…おや?
終始非人間的だった召喚兵器の少女の顔がみるみる赤らんでいくではないか。
「っ…つまらないことをいつまでも覚えている人ですわね」
【僕はいちど見た美しい風景は決して忘れない。
好きな人の珍しい顔もね──
ふふ、思い出して興奮してきたよ】
気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!と三度繰り返して
箒で狩人の白いタキシードの肩を叩くミコトだったが、
気持ち良いね!最高だ!と変態じみた表情になったフリアグネを見て、
びくっと飛びのく。
っていうか僕もチルティスもみんな飛びのく。
【君も好きなくせに】
「お酒は好きですけど、大好きですけど、貴方は嫌いです!
共に飲む人は選ばなきゃ危険だということを学びましたわ!」
二人の過去になにがあったかは後にとっておくことにして…。
この時、怒りと羞恥に赤くなったミコトが吐き捨てた台詞に
(やれやれ、長かったな)
やっと今回のタイトルと繋がるキーワードが現れた。
「私としたことが、うっかりジュレールの伝説を貴方に教えてしまうなんて!」
ジュレールの伝説?
僕は傍にいるチルティスにこっそり耳打ちして詳細を聞く。
(なあ、ジュレールの伝説ってなんだ?)
チルティスは「あれ、ジョージ様は知らないんでしたっけ?」と首を傾げる。
「魔女と人にまつわる婚姻、そして決闘方法についての伝承ですよ」
「婚姻と──決闘?」
また妙なワードが並んだものだ。
「ええ──ジュレール大渓谷に機神都市エルベラが建立されたのが300年前。
それと同時に、孤軍要塞を守る守護者が必要になりました。
守護者は常に常に三人組。
エルベラの場合は、伝統的に全て未婚の女性魔法使い──
つまり、魔女ですね──
を配置することになっています」
「ふむ、それが貴様らなんだよな?」
「はい、私達は月代わりで渓谷の守護をしてるんですが、
それは仕事以上に、宿命とでも呼ぶべき守護者の生き方なのです」
「ふぅん…」
能天気なこの女も重い運命を背負っている。
誰だってそうだ。僕だってそうであるように。
幼い頃、魔法が使えなくて泣いていたというチルティス。
魔王の末裔たるエリート魔女を妹に持つチルティス。
魔法使いでありながら、不釣合いなほど重く少女の手にはあまる鈍器を使う──
使わざるを得なかったチルティス。
僕は、ミコトによって周囲に枯れ葉をかき集められ、
(汚物は消毒ですわー!とばかりに火打石を取り出していた)
焚き火にくべられそうになって悶えているフリアグネをぼんやりと眺めながら、
少しばかりこの女に同情した。
「…その宿命に終わりはないのか?」
「ありますともっ」
やっぱり能天気にしか見えない花嫁は元気に答えた。
「守護者は、自分が守る領域を突破された時点で引退となります」
「えっ…」
「つまり孤軍要塞に侵入を許したらクビですね」
「じゃあ貴様はもう引退じゃないか!」
貴様は僕に敗北したんだから。
「はいっ」
「いやそこは元気に答える所じゃない!
どうするんだ、生き方を失うようなものなんだろ」
チルティスは──極楽鳥花のヴェールを、ふわっと風に遊ばせて僕の方を見た。
僕はどきっとした。
そのどことなく今までと感じの違う…眼に驚いたのだ。
そう、不自然に明るい、なにか歪んだ思想を信じきっている子供のような眼で、
花嫁は。
「えへっ、大丈夫、そこから魔女の第二の人生が始まるんですよ。
──突破された魔女は、突破者に恋をするように出来ていますから」
と言った。
恋。
──恋愛?
「て…敵対していた相手に?」
「ええ。わたしとジョージ様のケースと同じですね」
笑顔で、あっさりと言う。
「きっと存在意義を失った魔女の、最後の守護本能なんでしょうね。
敵に恋をし、愛し、婚姻することで、身内として引き込んでしまう…。
気持ちが自然に変化するんですよ。
従順になって、犬のように懐いて、積極的になる。
──自分にも敵にも【魅了】の魔法がかかる。
敵との婚姻関係を結ぶことが出来れば、
守護者からは開放され普通の夫婦としてこの街で生きていけます。
失敗したら敵に殺されてしまいますけれど…
えへっ、生き甲斐もなく生きるよりは愛する人に殺されたほうが、
ずっと幸福でしょう?」
「ば──馬鹿な!貴様、自分が何を言ってるのか分かっているのかっ?」
「? わたし、そんなに変なこと言ってますか?」
魔法使いは人間とは別の種族だ。
肉体の構造が違う。
精神構造はもっと違う。
そうなるように──出来ている。
撃破されたら恋をする。
強い者になびく。
用済みになったら、命を捨てるように敵の懐に特攻する。
だから魔女は未婚の女性でなくてはならない。
心じゃなく、気持ちじゃなく、宿命に従うためだけの、敵との婚姻──
「そんな──そんな気持ちで僕と結婚しようと言っていたんだな」
押し殺した僕の声に、チルティスは慌てて答える。
「え?え?じょ、ジョージ様?
なにかわたし、ジョージ様を怒らせるような事をしてしまったのでしょうか」
何が可笑しいのか。
何が変なのか。不自然なのか。
何も分かっていない様子の花嫁だった。
「ちゃんと好きなんですよ。本当にどきどきするんですよ!
ジョージ様のことを心から──」
「っ、だから!それは魔女の本能なんだろ!?
僕を無力化するための、僕を篭絡するための!!!」
僕の怒鳴り声にびくっと身をすくめるチルティス。
それも嘘なのか。
演技なのか。
頭の中が真っ赤だった。自分が制御できない。
おかしい──これが、【魅了】の効果なのか?
(──僕は何を怒っているんだ?
僕だって人の事は言えない癖に。
チルティスを利用して領主に取り入ろうとした癖に)
ここは蒸気都市ラグネロじゃないから“気をつけ”も“休め”も無い。
当然だ。
人の心の真実を知る術なんて、ないのが当たり前なのに。
(なのに、なのに――
自分に寄せられていた好意が本物か否か疑わしいというだけで、
何故こんなにも嫌な気分になるんだ――!!)
ふいに──「やれやれ…てめーら互いにガキすぎるぜ」
声がした。「そうそう、痴話喧嘩なんて100年早いわよね」
(!?)
夏の庭。赤い花が風に揺れている。
機神エルベラを一望できる領主館の庭の、聳え立つ尖塔の頂点に、
鋭い避雷針に普通のハイヒールブーツで屹立し──
この物語の最後の役者が現れていた。
僕もチルティスも、ミコトも狩人フリアグネも(目隠しされた状態だが)──
驚愕し、太陽に埋もれたその人影を見上げる。
「そんな話して相手がどう思うか分からないチルティスも阿呆だが!
そんな話されて受け止めきれないてめーも狭量だぜ!」
「そうよぉ、人を理解しようとしない半人前には
ジュレールの伝説は決して解き明かせないわぁ」
そういってふわりと庭に降り立つ。
おいおい半人前ってあたしたちの事じゃねぇ?と右が言う。
あっははは!それもそうかもね!と左が言う。
(な…なんだこいつら)
人間──いや、魔法使いではあるようだった。
目深にかぶった大きな魔女の帽子と、
タイトなボンデージ衣装――革手袋とハイヒールのブーツ。
しかし共通しているのはそこだけだ。
それは、全身の中央に深い罅が走り、左右に真っ二つになった魔女だった。
右は燃え上がる勝気な眼に、結った黒髪を竜尾のように流したサラシの極道女。
懐には匕首。金魚柄の着物。刺青がむきだしの右肩を覆っている。
左はちいさな眼鏡から好奇心に満ちた瞳を覗かせる真っ白い髪の修道女。
十字架、ブルーの衣装、手元に聖書。
左右で違う表情。違う声。違う性格。違う服。
ただ、顔だけが奇妙なほどそっくりだった。
ちぐはぐなようで、噛み合ってないようで、奇妙に調和した――
混沌の極みのようなこの混成獣こそ、
三姉妹の魔女の《長女》だという事を、僕は察知する。
不意の登場による絶句からいちばん最初に立ち上がったのは
目隠しされ鎖でまかれた狩人フリアグネだった。
【この不敵で格好いい快活な声と──
この鼓膜をくすぐるこの甘い声は──おお、ユリティースとクラディール!
神々しい芸術品みたいなその姿がはっきりと脳裏に浮かぶよ!
君達は最高にまがまがしく最悪におぞましい、僕の最愛のひとだっ!】
「よぉフリアグネ。相変わらず気持ち悪ぃなー。かはは。
どう、あたしに会いたかったか?」
【うん!】
「ちょっとユリティース、彼はあたしに会いたかったに決まってるじゃない!
そうでしょダーリン」
【うんっ!】
「こら、どっちなんだよ」「もう、はっきりしてよ」
【うふふ、じゃあ裸を見せてくれた方が僕のお嫁さんということにしようっ!
さぁお脱ぎなさい!】
半分半分の魔女はふたり揃って変態をハイヒールでげしげし踏む。
息があってるんだかあってないんだか。
…なんというか。
魔女の精神構造にも、狩人の変態っぷりにも、どちらにもまったく共感できず、
ぼくは結局、チルティスと一時休戦し、顔を見合わせるしかなかった。
「おっといけねぇ。こんな無駄な事をしてる場合じゃなかったな」
「あらいけない。こんな無意味な事をしてる場合じゃなかったわ」
声を揃えて魔女は呟く。
【ええー、ご褒美はもう終わりかい?】
変態の訴えを華麗に無視して、踊るようにこちらを振り向くふたりの魔女。
主を追って宙にたなびく極道女の黒髪。
ふわりと陽に透ける修道女の白髪。
左右ばらばらのコスチュームが踊り子の布のように舞って、
ハイヒールのかかとをかつん!と鳴らして停止。
そして──僕達にむけて不躾に指をつきつけた。
「ヘイ出来の悪い妹!まだジュレールの伝説についての話は途中だろ?」
「はぁい怒りっぽい彼氏!私たちがその続きを教えてア・ゲ・ル!」
ミュージカルか何かのようにテンポが良い。
が、ずっとそのテンションなのかこいつら…。
僕はとりあえず言っておく。
「それは良いんだが、喋る時はどっちか片方にしてくれ…」
頭が痛くなりそうだ。
勝気な黒髪が名乗りをあげるより早く、はーい!と白髪の女が手をあげた。
「それじゃあこの私、修道女ルックの魔女クラディールが説明を承るわ!
きゃー優しい!さっすが私!わたしイズ女神!」
「……まぁいいだろう、宜しく頼む」
僕がそう言うと、肩透かしを食らったユリティースは悔しそうに唇を尖らせ、
右腕を赤い着物の懐にしまうと眼を閉じて沈黙した。
あらあらフテちゃって、とクラディールが手を口元にあてて笑う。
まだいまいち性格の違いを掴めていないが…
僕が見たところ、修道女の方は空気を読まない天才肌タイプといった感じか。
眼鏡の奥に光る好奇心旺盛な眼。左だけの眼。マッドサイエンティストの眼。
後に聞いた話によると、彼女はフィレスティア大陸の西の森に住む発明家、
[[教授]]を祖母に持つ魔女らしかった。
おばあちゃんが創った失敗作を壊すのが私の日課だったのよね、と
《壊し屋》の二つ名を持つクラディールは語った。
半分ずつ繋がって、ひとりの人間の姿を保っているふたりの魔女。
しかしその来歴は個別に持っているようだった。
「――ねぇ彼氏。
貴方はさっきチルティスの愛を疑ったけれど、
私達魔女は特別ふしだらな訳じゃないのよ。
むしろそこいらの人間種族より一途だと言っても良いわ。
私達は自分の大切な場所を突破した《はじめての相手》を生涯愛し、
決して裏切らず全力で添い遂げる。
複数の相手と関係を持つことは決してないし、心変わりもしない」
クラディールの言葉に、僕の後ろに隠れているチルティスがうんうん頷く。
ふん…。
「──たとえ別の突破者が現れてもね」
*別の突破者。
はっと思い至る。そういえば──
この街に唐突に現れた人物、狩人フリアグネ。
こいつもまた突破者にあたる――のではないか?
領主ジーンとも三姉妹の魔女とも敵対し…嫌悪されている迷惑な来訪者。
こいつがエルベラの敵であることは誰がどう見ても明らかだ。
侵入させた責任は──まだ門番の役目を引退しきっていないチルティスにある。
「…はずだよな、チルティス?」
「…は、はい、恐らくは」
突破者がふたり?この場合魔女との婚姻はどう成立するんだ?
【そうそう!僕は魔女のその性質を利用して
合法的に女性とちゅっちゅするためにここを突破したんだった!
わざわざチルティスちゃんが門番の日を選んで押し倒しに…
ああ失礼、夜這いをしに来たんだよ。うふふふふ】
「言い直したのによけいに酷くなってるー!?」
「か、構うなチルティス!耳が腐るぞ!」
【なんだよ邪魔するなよ、僕だって魔女に勝った突破者なんだぞ!
さきっちょくらいは挿入させてもらえる権利がある!】
「ねーよっ!!!」
超全力でねーよ!
燃やすぞこの変態紳士!
喋るたびに放送コードに引っ掛かるような台詞を吐きやがって!
よいこに人気の機神エルベラシリーズが発禁図書になったらどうするんだっ!
「あ、あの、ジョージ様…今回メタ発言が多過ぎますっ…」
「かまうもんか、こいつを闇に葬れるなら一話くらい…って、あれ」
僕はある事に気付いて、肩の力が抜けた。チルティスの顔をまじまじと見る。
「な、なんですか?やだ急に、照れちゃいますよ」
「いや…そう言えば貴様、突破者であるフリアグネには
【魅了】の魔法が発動しないのか?」
ふるふる。首をふる花嫁。
「この変態を好きになったりしていないか?」
ふるふるふるふる!嫌そうな顔の残像が残るほど否定する花嫁。
あれ?
魔女の長女クラディールがそれに答えた。
「だから、魔女の婚姻は《はじめての相手》とだけ成立する本能なのよ」
「──ああ!そうか、さっきそんな事を言っていたな」
「そう。魔女が“誰にでも”は靡かない理由、わかってくれたかしら?」
魔女は話しながらハイヒールで庭の地面をさくさくと踏み、
僕の全身鎧に近付くと、猫のようにそっと寄り添う。
「チルティスはいま本当に貴方のことが好きなのよ。
きっかけはどうあれ──
その気持ちだけは疑わないであげて」
「……」
きっかけはどうあれ、か。
都合のいい言葉だが──まぁいい。
僕は不安そうにこちらを見つめるチルティスに向き直り、
少し背伸びして(身長が足りない)――ぽんと頭に手を置き、素直に謝る。
「…つまらない事で怒って悪かった」
チルティスはそんな僕の態度に眼を丸くしたあと――
「えへへっ!何だか解りませんが良かったっ!」──嬉しそうな笑顔で答えた。
*【良くない良くないちっっっとも良くないっ!】
*【なんだいその誤解が解けて仲直りしたみたいな雰囲気は!?】
*【僕だって突破者なんだぞ!】
*【魔女を出し抜いてエルベラに侵入したんだ!】
*【なのにどうして僕には惚れてくれないんだ!?】
*【ジュレールの伝説は嘘だったのかよっ!】
唐突に叫んだのは。
がちゃがちゃがちゃ!と鎖を鳴らして、
目隠し布を怒りにまかせた最大出力の《嫉妬の炎》で焼き尽くして、
久しぶりにその端正な顔を外気に晒した白いタキシードの魔道具術師──
狩人フリアグネだった。
ぼぅんっ!
普段は熱や痛みを伴わないはずの《炎》が、赤い花咲く庭を陽炎で歪めるほどの
熾烈さで彼の身を焼く。
──文字通り《嫉妬》に身を焦がす。
「きゃあっ」
「う、うおお…っ」
ふたりの魔女の片割れが眼を覚ます。
「ちっ、馬鹿が燃えてやがる」
クラディールもきっと敵を睨み構える。
「ええ、あれだけ私達が蹴ってあげたのにもう回復したのね」
ずっと遠巻きに話を聞いていたミコトもこの光景には絶句するしかないようだ。
灼熱の夏の庭が、地獄の炎でさらなる熱に満ちていた。
めぎぎっ、と金属が軋む音。
狩人を拘束していた頑丈な鎖が空中に雪の結晶に似たカケラを残して砕ける。
ば…馬鹿なっ!?
狩人は、こき…と首を傾け、ゆっくりと膝をついて立ち上がった。
その眼には炎が燃えている。
【たった一日違いで…早い者勝ちで花嫁にツバつけただけの
そこの糞餓鬼が全部掻っ攫っていくなんて納得できない──】
【──そうだ、納得できないよ】
【人の女を寝取りやがって…僕の婚約者を横取りしやがって…!】
【ベルディッカちゃんに歪んだ性教育を施してあげるのも!】
【チルティスちゃんの純白の花嫁衣裳を破瓜の血で汚してあげるのも!】
【ユリティースとクラディールを分割して剥製にして永遠に保存してあげるのも】
【みんなみんなみんな──僕の役目なのにっ!!!!】
うげえぇ!?
「く…っ」
狂ってやがる!
こいつはもう駄目だ、嫉妬に狂って何をしでかすか解らない!
この街の人間に片っ端から八つ当たりをしかねない、超危険人物だった。
戦慄する僕らと怒り狂う狩人フリアグネとの間に発生した緊迫した空気を、
すっと手を伸ばして遮る者がいる。
──ふたりの魔女。
「わかったわ。ならどちらが魔女の花婿にふさわしいか──
ジュレールの伝説に記された作法に従って決めましょう」
(作法?…というと…)
ジュレールの伝説。
(あ…)
魔女と人間にまつわる婚姻と──そして決闘方式についての伝承!
「た…戦えって言うのか!?またこんな奴と?じょ、冗談じゃ──」
「そうですよクラ姉さん、いまの狩人は特に危険です!」
「乙女の鉄則・第3条!」
不意に、黒髪の魔女が高らかに歌う。
それを受けて、白髪の魔女がにやりと笑う──実に楽しげに。
「──『恋はいつでも戦って勝ち取るもの』よん♪
だぁーいじょーぉぶ!
あんな変態の炎より、貴方達の燃える恋心のほうが熱いに決まってるわ!」




