「歌え!ジュレールの伝説」その5
★★★
ジュレール渓谷の入り口に置かれた碑文の文句。
──自分を世界にあわせて変化させるか
──世界を自分にあわせて創り変えるか
──あるいは世界を自分で埋め尽くすか
★★★
-5-
「《じょーじぃ・ぽーしー・ぷりん・ぱい・たなと・たなとす・しのてんし・るるいえ・るるいえ・とらぺぞへどろん・らぶくら・ふとふと・だーれすだーれす・にょぐだ・にゃる・にゃる・しゅぶ・にぐらす・いあ・いあ・くとぅるふ・きしおむばーぐ・だごん・はいどら・ばんだーすなっち・のーら・のーれす・べる・べる・────べるでぃ!!!》」
引き伸ばされ、妙に間延びした時間の中で。
爆発の閃光が部屋を染め上げるより早く。
何処かで聞いたことのあるような。
なにかに似た呪文詠唱を、僕は聞いた。
幼い声が詠みあげる。
パステルピンクの猫っ毛、
妖精の羽のような背中のリボン、小さなふりふりしたホットパンツの──
それは、ベルディッカの魔法だった!
*「《化身》!!」
彼女がそう叫ぶと──彼女の背中からゆらりと【影】が立ちあがる。
瞬間、いま部屋を包んでいる爆発の光をも塗りつぶす程の閃光が走った。
このプリズムのような虹色は!
チルティスの《変身》の魔法に溢れたマナの輝きと同じ色だ!
光を背負った影は、表情すら伺えない正体不明の影でありながら、
しかし僕にはそれが微笑む姿を幻視することができた。
私にまっかせて、と言う幻聴すら聞くことができた。
(こ、これはっ!?)
「守護霊さん、おねがいっ!」
ベルディッカの台詞に呼応するように、彼女の【影】は、
――シルエットは女の子だ──
自らの服のすそをとってお辞儀する。
そのエプロンには、腹部のポケットにあたる位置に、
神々しいまでの複雑な文様で――白狼が刺繍されている。
存在感のある、どうやら生きているらしい狼が、銀色のその眼を開く。
すると僕らに迫り来るドーム状の爆風が、
空中で凍りついたようにぴたっと止まった!
(…と…時が止まった!?)
破片も炎も浮いたまま。
そして──爆風は、竜巻さながらにぎゅるぎゅると狼の口へ吸い込まれていく!
【なっ…こ、これは――魔王のエプロン!?――現象が巻き戻って――!?】
驚愕するフリアグネをよそに、狼はどんどん爆風を口内に飲み込んで、
スープを啜り込むように閃光の一片すらも吸収して──
部屋に満ちていた破壊衝撃をすべて己の内に納めた!
のみならず。
*げぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーふっ
【ぐあああああああああっ!】
大きな大きなげっぷが──灼熱のブレスとなってフリアグネを吹き飛ばす!
狩人は狼に完全敗北し、なす術もなく部屋の壁に激突した。
「やったぁ!」と飛び上がるベルディッカ。
同じ姿勢で、真似っこをするように飛び上がる【影】。
互いに片手をあげ──ぱぁんと小気味良い音を立ててハイタッチ。
「お…おいっ、凄いじゃないか!なかなかやるな貴様!」
思わずくしゃくしゃと髪を撫でる。
魔女の妹は特に嫌がることもせず
「えへへっ、もっと褒めてっお兄ちゃん!」と顔を綻ばせた。
ふむ…お兄ちゃん、という呼び方は
(年齢的に妥当かどうかは知らないが)
なかなかくすぐったく嬉しいものだな…。
「今のは一体なんだったんだ?」
「【化身】の魔法で呼び出したわたしの御先祖さま──
わたしの守護霊だよっ」
ベルディッカは腕組みをして鼻高々という様子で自慢する。
「ふふ、ジョージ様…ベルディッカは遥か昔に滅びた魔王を
祖先に持つ由緒正しい魔女なんですよ。
勇者フールの時代に猛威を振るった魔王の1人、[[ノノ・ヴィヴィアンテール]]。
絶対的な防御力を誇るアイテム群でその身を包んだ反撃戦闘タイプの少女
だったと聞きます」
いまお見せしたエプロンのように、ですね。
チルティスがそう補足した。
なんと──!
己の血脈に潜んでいる遠い祖先──魔王の霊を
魔法でひっぱりだして、戦闘に協力して貰ったというのかっ!
「そうっ、わたくしベルちゃんは存在の潜在能力を引き出せる
降霊イタコ少女なの!」
しゃらーんっ!
ポーズを決める幼い巫女。
その場でくるりと一回転して両手を腰にあて、
背中のリボンを揺らしながらおしりを突き出す。
【影】もちょっと恥らうようにしながら少し遅れて同じポーズを決めた。
「魔女と魔王、2人あわせてドッペルゲンガー・シスターズ!仲良くしてねっ」
「ああ、よろしく。僕はジョウ。貴様の姉の婚約者だ」
「え…ええーっ!?お姉ちゃんフィアンセ多すぎない!?」
諸手をあげてびっくりする様子まで一緒だったのがちょっと面白かった。
「私達三姉妹はみんな来歴が違いまして、この子はその中でも
トップクラスに強い血統をもっているのです。
魔女にとって血統は大事ですからねー。
しかもベルディッカは【化身】の魔法で
その血に潜む御先祖様の力を完全に引き出して使えるという…」
「ほーう。貴様の体たらくからは考えられないほど優秀な妹だな」
「それは言わないでください。気にしてるんです…」
「ベルディッカ、とか言ったな」
僕は妹の手を握って男らしく告白する。
「姉に代わって僕と結婚しようぜ!」
ほえ、と顔を赤くするベルディッカ。
驚いたのはその姉だ。
「えええええっ!?だ、駄目ですジョージ様!
なにフリアグネさんと同じ事言ってるんですかっ」
わざと意地悪な口調で僕は言う。
「ん? あれは三十路の男が無理に求婚するから変態なのであって、
僕とベルディッカは幸い年齢も近いし、問題ないだろ?
ジーンだって、三姉妹の誰に配偶者ができても
後継者問題は解決するんだから、きっと祝福してくれるさ」
「あうっ…」
「可愛くって武器が作れてバトルもできる妹タイプの魔女、
おまけに守護霊【魔王ノノ・ヴィヴィアンテール】もついてくるっ。
こいつはお得だ!
あれれー?たまに変身ミスる年中花嫁衣裳の筋肉バカな魔法使いさんって
いったい何だったんだろうな?」
「あううっ…!」
「なーベルディッカ」
「ふふふ、お兄ちゃんっていじわるー」
やばい、なんだか楽しいぞ。
渓谷で言った「貴様のような女の子をいじめるのが大好きなんだ!」って台詞が
現実のものになっちゃったか。
「…そんなぁ…じゃあわたしはどうなるんですかぁ」
雨に濡れた子犬のような、いまにも泣きそうな目で此方を見るチルティスに、
僕は「どうぞどうぞ」という手つきを示す。
その先には逆さまになってぶっ倒れてる狩人フリアグネ。
「やーーーーだーーーーーっ!やだやだやだっ、それはお断りしますっ!!」
チルティスは極楽鳥花のヴェールが
千切れんばかりにぶんぶんと全力で首を振った。
「冗談はこの辺にしてあげようよー、お兄ちゃん」
とベルディッカが涙目になって抱きつくチルティスの頭をよしよし撫でながら
困った微笑み顔で言た。
冗談か…。ちょっと寂しい事を言われてしまった。
あながちそうでもなかったけどな。
じゃあそろそろ、と彼女が【影】に目配せをすると、
シルエットの少女はエプロンドレスをつかんでふりふりと揺すった。
ぼてっ。
スカートから落ちて来たのは裁縫生物ヌイグルマー。
爆発による破壊も修復され、嫉妬の炎が消火されていた。
おお…時間が巻き戻されている…のか?
たしか狩人はこのアイテムを指して【魔王のエプロン】とか呼んでいたが、
まだ性能に謎は多いみたいだ。
『あれー、俺サマいったいどうしてたんだー』
ベルディッカはあたりを見回す熊を拾い上げて嬉しそうに頬擦りすると、
えへっ、無事でよかったねー!と笑った。
その喋るぬいぐるみ型爆弾も、元はただの物体から
能力を引き出してできた産物とみて間違いないだろう。
魔術領域で言うと[[灰]]に近い覚醒・創造系の魔法。
【変身】のつぎは【化身】。
魔法少女のつぎは降霊少女と来たか…魔女ってのはつくづく化け物だぜ。
チルティスが無様に気絶しているフリアグネを頑丈な鎖でがっちがちに拘束し、
鉄球をいくつも繋いだり、《嫉妬の炎》対策に目隠しをしたり、
羽ペンで鼻の下にヒゲを書き足したりしているのを見て、
僕はようやく安堵を覚える。
ふう。狩人フリアグネか。恐ろしい敵だった。
まだもう一人魔女は残っているはずだけど、
フリアグネをここで撃破できた以上、すぐに会う必要はないだろう。
ふっ、まさかこの二人以上に化け物じみた存在がいる筈もない。
こんなはっちゃけた能力がそうぽんぽん出たらインフレの元だ。
そう、きっと長女はおしとやかで清楚な、常識的人物に違いないさ。ははは。
…なぜか自分が全力で前フリしているような気がしてならないぜ!




