「歌え!ジュレールの伝説」その4
-4-
★★★
チルティスと街を駆けながら僕は思う。
僕がこいつとの結婚を目論んでいる理由は明確だ。エルベラを手に入れる為だ。
狩人がこいつと結婚したがるのも、まぁわかる。
魔女という手駒をコレクションしたいのだろう。
だけど、こいつが僕と結婚したい理由が、その気持ちが、
いまいちまだ分からないんだよなぁ──と。
★★★
機神都市エルベラは、バハムート戦で街の地図たる魔術文字パネルが
そうであったように、蝶の形をしている。
尾部が街の入り口《赤き鳥居の門》であり、
そこから触覚部にある《エンガッツィオ司令塔》へむけて、
全体が険しい坂道──斜面になっている。
右羽根部に至る曲がりくねった太い道こそが大商店街《旅のラゴス》通り。
大雑把に言って、街のほとんどの人口は右翼部に集中していて、
左翼部は高山農地が多いようだった。
その外れに──
兵士達の鍛錬の場でもある《ガスパール古戦場跡》から徒歩15分の場所に、
魔女の三番目、武器職人ジュレール・ベルディッカの工房があった。
沼地──である。
暗く陰気で、枯れ木に囲まれたいかにも魔女らしい怪しい沼。
カラスが鳴いている。やたら蛇がでる。
なぜか(戦場跡が近いからか)髑髏や骨がぬかるんだ地面の所々に顔を出す。
夏の太陽もここまでは辿り着けず力尽きてしまうような…。
普段ならあまり近付きたくない、そんな場所だった。
そんな場所に思いきり場違いで空気を読まないファンシーな工房が建っている。
水玉模様の赤い傘。キノコを模した外観。
暖かそうでアットホームな飾り窓。
ふかふかの藁葺き屋根からはぴょこんと煙突が飛び出している。
木の看板に描かれた女の子っぽい丸いエルベラ文字は、
『べるでぃっかのワクワク武器興亡』。
「…綴りが間違っているぞ」
「相変わわらずベルディッカは勉強が苦手みたいですねぇ」
貴様もな。“わ”が一個多い。
どうやらこの姉妹、基本的に国語が残念なご様子だった。
「ベルディッカ、入るよー」
両開きのウェスタン・ドアをきぃと開く。
(うわっ…)
入ったとたん汗をかくくらい暖まった空気に
(しかし夏だぞ、今──)歓迎された。
暖炉に火がともり音をたててぱちぱちと爆ぜている。
少女趣味が暴風雨となって吹き荒れたような内装だった。
おしゃれな展示棚に並んだ武器に可愛らしい手書きのメッセージカード。
その武器を作ったときの思い出だの、ネーミングに苦労しただの、
試し切り体験記だのがイラストつきで描かれている。
壁にもずらりと手斧や複合弓や騎馬槍が掛けられ、
リボンを巻いたそれらを薄桃色の鏡がライトアップしていた。
あちこちに木箱がおかれてその中にも武器。武器。武器。
屋根は3階まで吹き抜けで、高く、梁がむきだしで、
そこに幾百もの色とりどりの精霊瓶が吊られている。
赤。青。緑。黄。黒。白。鉄。灰。
どれにもあてはまらない色。
妖精が遊んでいるようで綺麗といえば綺麗だし、
夢のような光景といえばそうなのだが…これも攻撃用の投擲武器だった。
(武器制作が趣味の魔女、か…
この妹は12、3才くらいだったか? チルティスとはだいぶ違うようだな…)
ほとんど陳列棚に埋まった工房の販売受付は無人だった。
店主用の椅子には、『奥にいます。誤用の方は声をかけてネ☆』
と書かれた札を首に掲げた熊の人形が座っていた。
貴様が誤用してどうする。正しくは『御用』。
「あれ、仕事場のほうにいるのかしら…ベルディッカー!?べるー?」
「まさかもうあの変態に拉致されたんじゃないだろうな」
『それはねーなー』
「うおっ!?」いきなりぬいぐるみが喋った!びっくりした!喋んな!
『俺サマ、ちゃんとおりこうに店番してたけどよー。
そんな変な奴は来なかったぜー』
王冠をかぶり、赤いマントをつけた熊の人形が、表情も変えず口も動かさず
つぶらな瞳と、少年のようなか細い声で、のんきに喋っていた。
「あはは!おはようグル君、ひさしぶりだね。ベルディッカしらない?」
『札に描いてある通りだぜー 奥にいるぜー』
おおう…自然に話が進んでいくんだが若干ついていけない。
「おいチルティス…あれは何なんだ?」
「裁縫生物ヌイグルマー君。ベルディッカが創った新しい武器なんです」
「マジで?あれ武器なのか」
「はい。あれでけっこう頼りになるんですよ」
『アレアレっていうなー 俺サマ傷ついちゃうからよー
そこの兄ちゃんもよかったら俺サマのことグル君って呼んでいいぜー』
うん…いや、生涯呼ぶことはなさそうだけどな。そんな魚みたいな名前。
王冠をした熊のぬいぐるみは、店の奥の扉を指差して
(指はないので短い前足で示して)
『ジュレール家の者だけが開けられる秘密の扉だぜー』と言った。
ポプリの袋がかかった可愛らしい装飾のその扉を、チルティスが開く。
ぶわっとさらに熱気がきて思わずたじろいだ。
(うっ…熱い…)
部屋は鍛冶作業を行う仕事場で、暖炉どころか溶解炉ががんがんに燃えていた。
そう広くはない。
水を湛えた冷却槽。
金属を削るノミやピッケルといった大工道具。
ふたつのハンマー。廃品の山。
武器屋として機能しているのであろうさっきまでの部屋のファンシーっぷりとは
打って変わった、職人じみた部屋だ。
その中心に、靴屋の小人の童話よろしく、
絵のなかの登場人物のように周囲の風景にすっぽりと収まった女の子がいた。
「あー、ちぃ姉ちゃーん!」
女の子は振り返ると、分厚い手袋をした指でゴーグルをあげ、
武器を叩いていたハンマーを床に置くと、嬉しそうに立ちあがった。
外にぴんと跳ねたパステルピンクの猫っ毛の髪。
利発そうなくりくりした瞳。
姉の来訪を喜んで明るく笑う無邪気な表情。
胸がないのでただ胴体を覆う筒みたいに見える羊毛のチューブトップ。
おしりの形がくっきりわかる麻編みのホットパンツ。
肩やヘソやふとももはむき出し。火傷だらけ。
ごつい革手袋。ごつい鉄板ブーツ。髪に埋まる甲殻獣のゴーグル。
ベルト代わりか、細い腰に大きなリボンを巻いている。背中で揺れる蝶。
鍛冶作業をするのに向かない軽装備…というか薄着で、
全体的に子供染みたファッションだったが、まぁそこは実際に子供なのだろう。
僕より1つ下か──上か?
チルティスとは似ていないが、素直で可愛らしい女の子という感じだった。
や…若干 発明家っぽいかな…。
「わーいわーーーい、ちぃ姉ちゃんちぃ姉ちゃんちぃ姉ちゃんっ!
どしたのっ?花嫁衣裳が汚れるからこの沼地には来たがらないのに、
めっずらしいね~~~!」
にぱーっと笑って僕らの回りをぐるぐる。犬か。
「《ミョルニル》くんの調子はどう?
そちらのお兄ちゃんはだれ~?
美味しいお菓子あるんだけど食べる~?」
「ベルディッカ…」
僕らの周りをぱたぱた跳ねる兎のような元気な妹を、
チルティスは深刻な顔で抱きしめるように捕らえて、
そのふわふわの髪に顔を埋める。
「落ち着いて聞いてね」
「?お姉ちゃん?どうしたの、へんだよー」
「実は…か、狩人フリアグネが、またこの街にきてるの…っ」
【この街っていうかこの工房にね】
!!!
僕らは息をのんで、慌てて周囲を見渡す。
背後のドアに──白いタキシードの怪盗紳士、狩人フリアグネが立っていた。
「なっ、き、貴様!」
「いつの間に!?」
【この部屋──ジュレールの魔女がそれぞれ持つという[[魂の棲家]]だね。
魔女にしか開けられない安全地帯。
やれやれ、この閉ざされた扉に阻まれて、君たちより先に到着したにも関わらず
僕は手をこまねいていたんだよ──
うふふ、結局、彼に協力してもらって事なきを得たんだけどね】
「あーっ、グルちゃんーーー!!」
ベルディッカが悲しげな声をあげる。
フリアグネの右手には王冠をつけた熊のぬいぐるみ、
裁縫生物ヌイグルマー(だっけ?)が鷲掴みにされていた。
『ごめんな御主人サマ…俺サマも抵抗しようとしたんだけどよー…
この炎に焼かれて、体が乗っ取られちまったー』
悔しさで歯噛みするかのように言葉を搾り出すぬいぐるみ。
彼の全身は…よく眼を凝らして見ると、半透明の炎で覆われていた。
「し、《嫉妬の炎》──!!」
さっき店番をやっていた時点で既にフリアグネに支配されて操られていたのだ。
変な奴は来なかったと嘘をつかされて。
チルティスを油断させ、扉を開けさせた。
自らの主人を無理やりに裏切ることになった。
『こんな野郎の言いなりになるくらいだったら舌噛んで死にてーけどよー…
俺サマぬいぐるみだから舌がないんだよな…』
【こんな野郎?】
フリアグネが聞きとがめて、ぬいぐるみをぐしゃりと握り潰すようにする。
熊の身体にめらめらと炎が纏わりついて、さらに支配を強めていく。
『ぐー…』
【駄目だな──僕のことはちゃんと御主人様って呼んでくれなきゃ。
ほら、言えよ。ほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらぁ!】
『…ぐ、ググ…ゴ…シュ…ジン…サ…マ…』
「もうやめて!おじさん、どうしてこんなことするの!?」
ベルディッカの悲痛な叫びを聞いて、狩人は感慨深いといった風に眼を細めた。
【やぁ、ベルちゃんじゃないか!大きくなったね。
僕のこと覚えてるかい?
最初に会ったときは君はまだ赤ちゃんだったけどその時から可愛かったよ。
出来ることなら僕がお乳をあげて僕がオシメを変えて
僕がお風呂にいれてあげて、君の成長を見守りたかったよ──ふふふ】
「っ──」と魔女の末っ子が息を呑んだ。その嫌悪感は大いに分かる。
「ほんっとに気持ち悪い奴だな貴様!」
「そ、そうですよ!いま全国の読者の皆さんはきっとドン引きしています!」
【かまわない。君達にさえ愛が伝われば!】
1ミリも伝わってねーよ!と僕が叫ぶ間もなく──。
フリアグネは熊のぬいぐるみを投擲してきた。
(!? しまっ…)
あの熊――!たしか、武器だって――!
空中で熊はまばゆく光り──
仕事場を、ベルディッカの【魂の棲家】を中心に、
ドーム状に大爆発を引き起こした。




