「歌え!ジュレールの伝説」その3
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狩人フリアグネ。
32歳。
風の大陸アールヴでは音に聞こえた怪盗紳士。
美しいものを盗み、醜いものを嫌悪し、
麗しいものを蒐集し、唾棄すべきものを斬り捨てる。
右目に火の恩恵を宿していて、元は両方とも緑であったのだろう瞳の色が左右で食い違っている。
その魔眼は…《嫉妬の炎》を狙った獲物に纏わりつかせ、徐々に支配する能力を有している。
陽炎か夢幻のような半透明のその炎に焼かれた犠牲者は、
意のままに操られてしまうのだ。
生物無生物関係なく。
【だから僕はいままで欲しいものが手に入らなかったことは無いし、
欲しいものを諦めたことも無いのさ。
嫉妬深い蛇なんだ。
うふふ――チルティスちゃん、僕を諦めさせるなんて無駄な努力はよしな。
それよりも君が諦めて僕と結婚してくれる方がずーっと簡単で自然なんだよ】
「ううー…そんなのやーですっ」
涙目のチルティスがささっと僕の背後に隠れる。
チルティスのスレッジ・ハンマーの鋼線部分で(ロープのように解けるのだ)
ぐるぐる巻きにふん縛られてなお、
三十路を超えたおっさんストーカー、狩人フリアグネの発言は気持ち悪かった。
左頬に間抜けなビンタ跡があるのを覗けば、
絵画のように整った顔立ちの美形である。
その造作にも表情にも歪んだところは一切なく、
素直に純粋に少年のように澄み切った瞳でにこにこしているのだから
思わず騙されそうになるけれど…。
こいつは紛れもなくぶっちぎりで排除すべき不審人物だといって良いだろう…!
「あー…えっと、なんだっけ貴様の名前」
【フリアグネ。愛の狩人、そしてチルティスちゃんの婚約者さ。君は?】
「貴様に名乗る名はないな」
先に聞いといて我ながらひどい回答だった。まぁいいけど。
それに対してフリグネは飄々(ひょうひょう)と
【そうかい、じゃあ勝手におちびちゃんと呼ばせてもらうよ】
とか何か嫌なことを言い出した。
ちなみに、あれから僕たちは操縦室を出て、拘束したフリアグネをずるずる引き摺ったまま長い階段を降り、近くの空き部屋に軟禁していた。
火の灯っていないランプ。上品な調度品。朝の風が吹き込む窓。
チルティスは嫌がって僕の背中から顔を見せない。
僕はといえば、ベッドサイドのネコ足の高価そうな椅子の背を抱えるようにして、前後逆に座り、絨毯に膝をついたフリアグネを睨んでいた。
尋問の姿勢だ。しかし、せいぜい威圧感を演出したつもりだったのだが当の本人は
何処吹く風だった。
【いいね。もっと睨んでくれ。ゾクゾクするじゃないか──
僕は少年も嫌いじゃないんだよ】
「うわうわうわっ、こいつ本当に気持ち悪い!」
違う意味でゾクゾクと怖気が走るわ、馬鹿め…。
これ相手にするのやだなー。
くそっ。
「ジョージ様、彼の眼を睨んじゃだめですよ!」
「ああ、言われなくても御免だぜ!」
「じゃなくて、瞳に宿った火の恩恵《嫉妬の炎》は、
生物の場合 眼から眼へと燃え移るんです」
そうなのか。
チルティスがさっきから顔を背けているのは防御の意味もあったのだ。
「炎はマナの力で吹き飛ばせば簡単に消えるんですけど…熱も痛みないですから。油断すると気付かない内に着火されますよ」
【やれやれ、まだ登場したばかりだってのにそうぽんぽんとネタバレしたら駄目じゃないか】
いけない子だ──と流し目で視線を送るフリアグネ。
チルティスはあわてて眼を逸らした。攻撃される危険を回避したわけだが、
それ以上に気味が悪かったのだろう。同感だ。
(しかし──さてどうしたものか)
僕は観察をして敵の戦力を測る。
おそらくフリアグネは手加減をしている。遊んでいる。
余裕をかまして、蔑まれたり縛られることを楽しんでいる。
チルティスの平手。
僕とチルティスのハイキック。
そのダメージが、いつの間にか綺麗さっぱり消失していることから、それがわかる。
(さっきまで鼻血を流していたのに──
頬の手形も、僕のはまだくっきり残っているのに──)
狩人フリアグネの顔はまるで絵画のように整っていて、完璧のように美しかった。
こいつ、魔道具術師だ。
ぼくは直感した。
多くの場合、魔術師は己のマナを利用して式を組み上げ、
己の血肉を媒介に魔術を行使する。
しかし稀にアイテムを媒介にした魔術を専門にする者も存在する。
コレクター。盗癖のある者。ギャンブル気質の者。
真摯に己の技量を研鑽するのではなく、貪欲に他人の技術を利用してやろうと
いうタイプの魔術師が、魔道具術師。
この世のすべての魔術が目指している《魔法への漸近》という悲願に、
最も合理的な回答を残した魔術領域だった。
「その白いタキシード…[[スウィートホーム]]だろ」
【!──へぇ、よく分かったね。君って賢いんだ?】
ぱりっとした白い燕尾服。
その肩に半透明の火──《嫉妬の炎》──が燃え盛っているのを除けば、
装備者の生命力を強化する魔道具スウィートホームに似ていた。
ただし、本物のスウィートホームは装備者の生命力を過剰に暴走させ、
あっという間に老いさせる罠アイテムなはずだが──
【僕のコレクションのひとつさ。
《嫉妬の炎》で支配して自動回復の魔道具にバージョンアップさせているんだ】
あっさりとそう言う。
僕は自分で看破しておきながらその事実に戦慄し、密かに息を呑んだ。
(魔道具術師というだけでも厄介なのに、こいつは呪われたアイテムすら
自由に支配し、アレンジし、使いこなす事ができるのか…)
(《嫉妬の炎》)
(そしてこのいかれたパーソナリティ!)
(考えうる限り最悪の組み合わせだ──!)
そして、さらに最悪な懸念。
この手癖の悪いコレクターに、機神エルベラのことを知られたら──!!
こいつは今すぐに再起不能にしてやらなきゃヤバい。ヤバすぎる!
「チルティス、こいつは僕が倒すぞ」
「うんっ、やっちゃって!それはもうケチョンケチョンに!」
【そんな事をしても僕は諦めないよ】
「そんな事いってもわたしはジョージ様と結婚するもん…ってあれ?」
めらめらと。
一体いつ点いたのか。
空気を揺らす半透明の火。
「!…チルティス、ヴェールに火が!」
「っ、きゃあー!?」
チルティスは慌てて極楽鳥花のヴェールを脱いで、反射的に手で炎を叩こうとする。するとその細い指先にも纏わりつくように炎がつき、あっという間に掌全体を舐めまわす。
「きゃー!きゃー!いやっ、なんかきもいよこの火ー!!」
「落ち着け!貴様は魔法使いだろうが!マナを放出して吹き飛ばすんだ!」
僕らがそんな狂態を演じている隙に、スレッジ・ハンマーの鋼線で縛られたフリアグネは不自由なままハンマーの柄と鈍器を囚人のように引き摺って窓の近くへと這い寄る。
っ! 逃がすもんか!
「《黒・黒・黒い太陽・堕落する楽園・重力井戸の底で出逢え・幸せで狂った恋人!》」
僕は鞘ごとサーベルを両手で横に構え、見えない鎖を引くような動作でぐいいっと宙を掻く。
鉄魔術《[[ネガティブ・ハッピー・チェーンソー]]》によってサーベルと狩人を縛る鋼線との間に磁力が発生し、まるで一本釣りをするかの如くフリアグネの逃走をひっぱって阻む。
【うくっ…】
「気が変わった、僕の名前を教えてやる!僕の名はジョウ・ジスガルド!」
ぎりぎりぎり!
電撃のスパークが空間に張り詰め、フリアグネをさらに拘束する。
サーベルをしっかりと掴んでもう離さない。
「チルティスの【現】婚約者だっ!
タチの悪い【元】婚約者はこの僕が退治してやるぜっ!」
【――!?】
大見得を切った僕を見て、狩人は初めてその端正な表情を歪めた。
それは…憎悪の表情だ。凄惨な笑みだ。
【へぇぇええええええ…ふうぅうううん…そうかそうかぁ──
――君が僕とチルティスちゃんの仲を邪魔してるんだね】
眼を細めて僕を見る。
にやぁぁああと三日月形に歪んだ瞳の奥で《嫉妬の炎》がうねっている。
【よしッ、じゃあ君は特別になるべく苦しむように殺してあげるよ。
じゃあな──糞餓鬼】
詐欺師のように露骨に口調を変えて。下品な本性を見せる。
手品師のようにするりと鋼線から脱出して──(わざと捕まっていたらしい)
魔道具術師は、嫉妬深い蛇は、窓から颯爽と躍り出ると
朝のきらめく陽光に溶けるかのように──炎のように、消え去った。
その鮮やかな消え方とは裏腹に、
心臓へ粘りつくような気持ち悪さを僕らの心に残して。
「ふう…」奴がいなくなって始めて僕は深呼吸する。
くそ、妙に息苦しかったぞ。
この世には同じ空気を吸いたくない奴というのが居るものだな…。
「…あ」
「どうしたチルティス」
「い──妹とお姉ちゃんが危ないかもですっ!」
え。
まさか。
いや、ありうる…撃退した直後だからって安心しちゃいけない!
奴は狩人。
目の前の強敵からは逃げても、
まだ自分の存在に気付いていない無防備な獲物を狙う可能性が――!
「──行こう!貴様の姉妹のところへ案内しろ!」
こうして僕はエルベラに来て初めて、
チルティス以外の《三姉妹の魔女》に出逢うことになるのだった。




