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機神エルベラ  作者: 楽音寺
第三章 歌え!ジュレールの伝説
25/71

「歌え!ジュレールの伝説」その2

-2-



中庭の井戸でチルティスが水浴びをしていて「きゃー!ジョージ様のえっち!」みたいな既視感を覚える展開があったと思って頂きたい。


僕の右ほほについた赤い手形についても、もうそれで説明してしまおう。



とにかく僕はいまぷんすか怒っているチルティスを横に座らせて、

この街の領主たる老軍神ジーンに、

朝っぱらから巨大ゴーレムについての講義をして貰っているところだった。


ちなみにジーン、パジャマにナイトキャップ。

眠そうな目を擦りながらしぶしぶ大広間の絵を図解として使って講義している。


「エルベラは──いや、この世界の乗り物は全て騎手の能力を反映する。

パイロットはもちろん、内部世界に住んでいる住民の質もまた

この巨大ゴーレムの戦闘力に大きく影響を及ぼすのじゃ。


武器屋のゼネガル…雑貨屋のキドニー…冒険者の宿のシーナ…etc(などなど)、住民780名。

家畜は馬が120頭、ヤギが362頭、鶏807羽、魚は養殖湖に3500匹。

畑は乏しく、果樹や作物は2300本あるかないか。


それらすべてのマナが、恩恵が、身体的特徴が、精神のあり方が――

汲み上げられてエルベラのアビリティになる。


問題はパイロットがそれを理解していないと性能を発揮できないということじゃな。

たとえばお主がわが町の教会長アイモアを知っていれば、

彼の所持するスキルがエルベラに伝わっておった。

【自然回復力】が大幅にスピードアップする性質が付与される筈じゃったのじゃよ」


「ほう」

自己修復。あの魔獣バハムートとの戦いでそのアビリティがあれば、どれだけ楽だったか。頭部を攻撃されてメインカメラに障害が出ていて行動の選択肢が終始制限されていたのだから…。


ふん。

そんな大事なことは先に言えよ。


「…必然的にこの街のことをよく知る必要があるって訳か」


「うむ、この街に息づく魂と深く関わりそのマナを理解することで、

お主がエルベラから引き出せる力も増えていくじゃろう」


内包している物体から力を引き出す…か。

僕が呟くとジーンは「そういえばヒミコは元気かのう」とにやけ、鼻の下を伸ばした。

?意味がわからん。




赤い絨毯が敷き詰められた廊下。


「街を知る、か……ん?チルティス、何怒ってるんだ?」


「ジョージ様はもう忘れたんですかっ!?

もうっ、朝から覗きなんていやらしいですっ」


「なんだそのことか。その件については、

中庭なんかで水浴びする貴様も悪いと思うんだがどうだろうか」


「普段は人来ないんだもん!それにもし私が悪くても

裸を見られたら乙女は怒ってもいいんです」


お姉ちゃん直伝の乙女の鉄則です!とかほざいて

チルティスは洗い立ての淡い金髪をぷるぷると振った。

こいつに乙女の鉄則とやらを教え込んだ姉にはいつか苦情を言わねばなるまい。


「どうせ結婚すればそのうち互いの裸をみることになるだろ」

といって僕はチルティスの手を強引に取った。




暗闇にモニタだけが輝く操縦室。

戦いの傷痕はすっかり癒えていてあの一夜も夢だったのではないかと思えてくるほどだ。

僕とチルティスは椅子の辺りに適当に座って、ルームの壁全面を使った三面鏡のような多段式スクリーンに表示されたリストを参照する。



|所属|肩書|名前|レベル|マナ|スキル|機動|攻撃|弾数|統率|積載|記憶|親密|

|冒険者の宿|《看板娘》|シーナ|03|赤|痛覚カット|E|C|B|D|D|C|Ⅰ|

|エルベラ領主|《老軍神》|ジーン|75|黒|魔術文字|A|B|B|SS|S|S|Ⅰ|

|三姉妹の魔女|《鉄の花嫁》|チルティス|45|緑|格闘術|B|A|E|E|D|D|Ⅴ|



「わぁー、見てるだけでアタマが痛くなりますねーこれ」

「僕もいま必死で解析中さ。邪魔はするなよ」

「はっ…知り合ったエルベラの住民がたった3人…ジョージ様友達少ない…」

(うるさ)いな!大きなお世話だ!ハッとした顔すんな!」

「えへ、でも私たちは末永く仲良くしましょうねっ」

「約束はできんな。ほらあっちいってろ。飴やるから」


チルティスはもう機嫌を取り戻していた。

僕らはエルベラのモニタの緑色の光を頬に受けながら、まだ出会っていない他の住民のデータも読んでいく。当たり前といえば当たり前だけど、能力にはバラツキがあって平均値は決して高くない。

普通に、平和に暮らしている住民が大半だ。魔術文化も発達していない。

もし…ラグネロがこれを乗っ取って住民を全て鍛錬された兵士に入れ替えたら…

機神エルベラはどこまで強くなるだろう。



「ん…これは…!?」

パーティ会場の客か。


|所属|肩書|名前|レベル|マナ|スキル|機動|攻撃|弾数|統率|積載|記憶|親密|

|積み木の城|《世界三奇人》|メノウ男爵|255|虹|究極完全体|SS|SS|S|S|S|S|Ⅰ|


──って。

「ほぼカンストしてるじゃないか!

これは――あの世界三奇人(さんきじん)がひとり、メノウ男爵か!」


その名は、世界的に有名なある魔術師のものだった。

こんな大物がパーティに参加していたなんて。

このパラメータはあくまでエルベラに対する影響力であって、

本人の素の能力値とはまた別物なのだが、

それにしても人外魔境の住人だと思っていたジーンより強いとは…。


おまけにこのスキル【究極完全体】。

解説文によるとエルベラの全能力を3倍に引き上げる異能だった。


「街の住民じゃないただの滞在客でも影響力はあるんですね」

「ああ…しかし冗談抜きで、この男爵の存在がエルベラの命運を分けたといっても過言ではないな…ん、他の滞在客一覧も見れるぞ」


僕の名前やジェノバ・カーズ・ミコトのステータスも表示されている。



その時。


「ひっ…!」


そのリストの中のひとつ──ある名前を見て、

笑顔だったチルティスの顔がさっと青ざめた。


(──ん?)


この女が滅多に使わない深刻な──恐怖?いや。

嫌悪の表情だ。


えっと…どの名前だ…これか…《狩人》フリアグネ…?



「う、嘘…あの人がパーティ会場に来ていたなんて…!」

「どうした、貴様がそこまでうろたえるとはな──誰なんだこいつは?」

「…わ、わたしの」


震える声で、泣きそうな顔で、普段は能天気なチルティスは僕にすがりついた。


「わたしの、婚約者(フィアンセ)です…」




「なにっ!?」


こ…婚約者だと!?

そんな()がいるなんて聞いてないぞ!


「…どういうことだ」低く唸る。

「あっ…」チルティスがしまったという表情になる。


こいつ…仮にも僕に結婚しようと持ちかけてきておいて、

その存在を黙っていたのか!? 花嫁(こいつ)も、領主(ジーン)も?


思わず(すが)りつかれた腕を乱暴に引き剥がす。


「ち、ちちち違います!聞いてくださいジョージ様、これはずっと子供の頃に…」

「例え昔でも婚約者がいたなんて、何で僕に言わなかったっ!!!」


怒鳴り声が操縦室に響く。

その声に驚いてチルティスが少し僕から身を引いた。


室内はスクリーンの光で照らされてはいたが、

何分(なにぶん)広いので闇に覆われた場所も多い。

朝日が差し込まない気密性に優れた部屋。

すこし相手と距離を離しただけで顔が見えなくなり、断絶した気分になる。


僕自身も、取り乱している自分に驚いていた。


(…ちっ、思わず怒鳴ってしまったが…別に僕には関係ないもんな)

「…………あっ、そう、婚約者。ふーん」


ぷいと顔をそむけ、またモニタに向き直って作業を再開する。

グリーンの光は眼の表面でゆらゆらするだけでちっとも頭に入らないが、

僕はとにかく意地でも顔を見せたくなかった。


「じょ、ジョージ様?」

おろおろとチルティスが顔を覗き込もうとするが無視。ぷいっ。


「知るか。貴様なんかそのフリアグ何とかさんと宜しくやってればいいんだよ」

おお。なんか止まらないぞ。どうしたんだ僕?




「あうう、落ち着いてください…

そうじゃなくて…彼、なんていうか、『自称』…婚約者なんですよ」


…え?


「12年前にふらっとこの街を訪れたお宝ハンターなんですが、素行不良で即入国禁止になって、それでも懲りずに侵入を試みたものだから激怒したオジイチャンに(巨人(エルベラ)の武装で)コテンパンにやっつけられて別大陸に飛ばされた…という経歴の持ち主なんです」


ええー。


「しかもその素行不良っていうのが、私達三姉妹みんなに執拗に求愛(プロポーズ)したって事なんですよ。私…当時は8才だったんですよ? 妹なんか1才でしたし…。」


えええええー。


「何だそいつ…そうか、だから嫌がってたのか…」

肩の力が抜けた。


「要は貴様ら三姉妹につきまとうストーカーってことか?」

と僕が聞き、涙目のチルティスがこくんと首を縦に振って頷こうと──


するのを、彼女の背後から手袋をした白い手が掴んで無理やり止めた。

「うにゅ!?」頬をサンドされてうめくチルティス。


だ──誰だっ!




這い寄る者(ストーカー)なんて言い方は好きじゃないなぁ――

可愛いお口に似合わない野暮な言葉だ。

どうせなら僕のことは愛の狩人と呼んでおくれよ?


うふふ――ただいま、僕のフィアンセ──チルティスちゃん】




彼女の背後に、いつの間にか白い炎を纏ったタキシードの男が立っていた。


エルベラの最深部であるこの操縦室にいともたやすく侵入を果たしたそのキザな男は、「フッ…」と笑ったあと、大声で悲鳴をあげたチルティスによって頬に平手打ちを食らわされることで、登場早々そのポジションを明確にした。


左の頬に真っ赤な手形。

奇しくも僕と鏡写しだった。


…なんだか凄く嫌だ!!


ジーンなら右の頬を叩かれたら左の頬もナントカって言うんだろうな、絶対。


【な、何をするんだチルティスちゃん!

そうか、再会のキスをしなかったから怒っているんだね!

それならそうと──ぶべっ】


「なるほどストーカーだな」

「ね、ストーカーでしょ?」


とりあえず息を合わせたハイキックで変態をぶっ飛ばしてから、

僕とティルティスは困り顔を見合わせて頷いた。

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