「戦え!機神エルベラ」その10
-10-
ズン!と地面に手をつく。
巨人の掌が岩盤を割り土煙をあげ、この惑星の感触を伝え、
僕に生きている実感を与えてくれる。
「ふ…」
皮肉めいた笑い。生きている実感、だって?
エルベラは──久々に外界と接続することができた僕の半身は──
崩壊寸前だった。
いままでずっと人形のように殴られ続け、
右腕どころじゃない。顔面どころじゃない。
腹には大穴が開き、足は折れ、
半端な右腕は肘どころか肩まで引きちぎられて活断層を覗かせていた。
背中には角による突撃の傷痕が穿たれ、凄惨な爆撃跡地のようだ。
「くそ…傷つけたりはしない、とか言っといてさっそく死に欠けじゃないか」
顔面はさらにひどく瓦解していて、生物なら骨にあたる基礎構造部が露出している。
食いしばられた牙は砕け、赤いルビーのような眼球が
(っていうか歯とか目玉、あったのか…)零れ落ちそうだった。
瀕死の巨人はいびつな姿勢で、ジュレール大渓谷(の跡地)に、
背中をあずけて仰向けに倒れていた。
う…ぐ…いままで他人事のように遠のいていた痛みが、
新鮮なものになって体中を襲ってきやがった…。
しかし、意地でも我慢してやる。
エルベラはきっと、もっと痛かっただろうから。
ふ、と淡い月光を遮る者が現れる。魔獣バハムート。
竜と猛牛の混生魔獣。
思えばこいつとも随分長く戦っている気がするが…
まだたった一夜ダンスを踊っただけに過ぎないとはな。
憤怒の表情で見下ろしているそいつを見て、そう思った。
(おや?)
気付くと、僕はいつの間にか一本の両手剣を左手に握っていた。
【エンターキー】とまったくの相似形。
刃の色合いだけが輝くような緋色。血液を凝縮したような生命の輝き。
領主ジーンの赤き鎧と揃えてあるのだろうか。
あの大広間の絵と同じだ。
これがエルベラの本来の戦闘スタイルなのだろう。
「ふふ…そうそう、これが欲しかったんだ…!
人型のゴーレムなんだから…
魔獣とは拳で殴りっこするより、文明の利器で戦いたいよなぁ、エルベラ!」
よろよろと両手剣を杖にして立ち上がる。
おお…けっこう足に来てるぞ…。
残存能力は25パーセントといった所だ。
当たり前か、かなり満身創痍だしそもそも足も折れてるもんな。
(──!!)
僕が立ち上がるのを待たず、魔獣が肩を怒らせて突撃する。
もろに全身で喰らってしまい巨岩同士がぶつかりあうような衝撃が
夜空を震えさせる。
近くの森から鳥が一斉に逃げていった。
最終戦の始まりのゴングだ。
エルベラはバハムートにそのまま運ばれるように押され続け、
木々をへし折りながらとうとう山脈に激突する。
重い音をたてて背を強打し、うつむくエルベラの(穴の開いた)腹に、
さらに肩をめり込ませる魔獣。
めきめきと山肌に罅が走りそして、魔獣の怪力はエルベラごと山を吹き飛ばした。
どばぁんと大量の土を撒き散らす。
(──なんて怪力だっ)
地面には戦車の通過跡にも似た溝が刻まれ、次々と山をぶち破りながら
二体の巨体は大陸を蹂躙する。
遥か上空からこの戦いを見ればそれはさながら神話の出来事に思えただろう。
山脈を虫食いのように掘り進み、砂まみれになったエルベラを地平線の果てまで
吹っ飛ばして、魔獣の猛攻はようやく止まった。
ふしゅううう、と荒い鼻息。
そしてだらだら涎をたらして夜空に咆哮する。歓喜の声をあげたのだ。
まぁ、こいつはもっと小さいサイズだった時に
ロケットパンチで地平線の果てまで吹っ飛ばされてるからな。
その意趣返しができて喜んでいるのだろう。
鈍く尖った角を振りかざして、いよいよ止めをさそうと地響きをたてて近寄る
バハムートを尻目に、僕はそんなことをのん気に考えていた。
そう…そんな余裕があった。
「よっ──と」
気軽に、子供が手を使わずひょいと立ち上がるみたいに、
僕は衝撃でできたクレーターの底で月面宙返りをした。
巨体が宙に浮いて。月で影絵を作りながら──着地する。
! ?
魔獣が足を止める。
「と、と…危ない。いまの攻撃ではダメージは受けなかったけど、
やはり蓄積した分は残ってるか」
すこしよろめいてしまった。やれやれ、決まらないったらありゃしないぜ。
! ? ! ? ! ?
「そんなに不思議そうな顔をするなよ。
貴様、魔獣なんだから言葉はわかるよな?なら教えてやろう。
エルベラは目を覚ましたんだよ。
いままでは眠っていた。貴様が嬉々として殴っていた間はな。
僕ごときの操縦ではまさに操り人形程度の性能しか発揮出来なかったが──
今は違う。
眠っている獣と起きている獣、戦力にどれほどの違いがあると思う?
無人の廃墟と戦争の渦中にある要塞、防衛力にどれほどの差があると思う?」
エルベラに込められた全ての防衛機構、
施されたすべての魔術、
与えられた全てのシステムがフルに目覚めた今は──
もう魔獣の攻撃は1ダメージも通らない。
僕は剣を振りかざす。
「そして!もちろん防御だけじゃなく攻撃力も爆発的に伸びている!」
魔獣ははっと目を見開き最後に(悪あがきだろう)土煙をあげて突進!
雄たけびと共に拳をおおきく振りかぶる。
目覚める前と同じように、拳と剣が交差したが──
「今度は僕の勝ちだ!!!!」
魔獣バハムートは拳の中心を軸に、頭から尾っぽまできれいに真っ二つになった。




