「戦え!機神エルベラ」その8
★★★
さながら胎児が母親の心音に耳を澄ますかのように
暗闇の中で大切な人と囁き合う
それ以上の幸福は無い
──って、どっかの詩人が言ってたな。
★★★
-8-
「チルティス…まさかこんな最後の最後に通信できたのが貴様とは」
「ジョージ様!?やった、生きてたんですね!」
「貴様はいま何処でこの戦いを見ている?」
「えっと…大広間にいた招待客の皆さんを緊急防災室に避難させた後、
8Fにあるおじいちゃんの隠し部屋に入れて貰って、
そこにある窓から外を見ているんです」
「そうか」
僕は短く答えた。
距離的には最上階のパイロットルームにいる僕とそう遠くはないようだ。
チルティスの話では、エルベラの内部無線は
個々の乗組員の脳に直接流れるようになっているという。
だから距離や相性によって多少精度が変わるらしい。
「相性、ね」
「えへへっ、やっぱり私とジョージ様は
運命的な絆で結ばれているんですよ、きっと!」
ふふん、よくいうよ。
さっきまで通信していたミコトやジーンもどこか近くにいるんだろうか。
まぁいい。
「その絆もあるいはもうすぐ終わるだろうしな」
「え…?」
「少々誤算があって、ゲームバランスが崩れた。僕は負けたんだ。
もともと理不尽にも程があるような無茶ぶりばかりの作戦だったんだが──
とうとう詰んでしまった」
少女が息を飲む。
「何を言ってるんですか、ジョージ様らしく…ない、ですよ…?」
状況が分からないなりに緊迫した空気を感じたようだ。
「死ぬ前に貴様と酒が飲めて良かった。楽しかったよ」
素直になってみた。“素直になるくらいなら死んだ方がマシ”なんて
嘯いてみた事も今となっては懐かしい。
「そんな…」
「あの酒場の名前はなんだっけ。もう一度行きたいな。行けないけどな」
「…っ、なんでそんなにあっさり諦めてるんですかっ!
なにがあったかは知りませんけれど、ジョージ様は負けなんて絶対に認めない、
強気で傲慢で最高にかっこいい男の子だったじゃないですか!
なのに何でそんな…そんな」
遺言のような台詞を言うんですかっ。
吐き出すように喉の奥から絞り出された悲痛な叫びが、
コックピットの静寂に残響を残して、やがて消えた。
高ぶった感情を抑えるための荒い呼吸が耳元でして、くすぐったい。
エルベラに着く前にこいつと戦った時もそんな経験をしたな、と
今更のように思い出す。
やれやれ、いつの間にか僕もずいぶんこいつに情が湧いている。
生き死にの戦場をともに経験した男女はそうなりやすいと聞くが…
まさかな、馬鹿馬鹿しい。
まだこいつとは殺しあっただけだ。
こいつが僕を好きになる理由も。
僕がこいつを好きになる理由も。
なにもない。
これはただの錯覚だ。
僕の頬をなぜか流れる涙にも。
とくに理由なんてない筈だ。
「……」
「……」
泣いているのを知られたくなくて、僕は血が出るほど拳を握る。
ちくしょう。
畜生畜生畜生。
守れなかった。敗北した。敵わなかった。
魔獣に。祖国の策略に。老領主や召喚兵器に。あの人外魔境の住人共に。
にじんだ視界で手元の魔術文字パネルを見る。
ルーンの蝶。
ぼやけて…
「あ」
その形を思い出す!
「ジョージ様?」
「そうか…!これだ、これだったんだっ!」
僕の記憶は蘇った。
ビンゴだ!やっぱり僕は正しい、正しすぎる!
コントロールを手放してまで己の内部に潜ったのは正解だった!
自殺行為なんかじゃない!
生きる為に、勝つためにやった行為が、いま実を結んだのだ。
唐突に興奮してきた。
「チルティス!今日の昼にいった酒場と、商店街の名前をもう一度教えろ!」
「え?えーと、あのっ、じょーじ様…?
はっ、もしや頭が可笑しくなってしまったんじゃ…
大丈夫ですかっ?くるくるくるパーになってませんか?」
ははっ、くだらんボケにも笑ってしまう。
「“くる”が一個多いぞ、馬鹿め!大丈夫だ、問題ない、
それより街の重要拠点の名称が必要なんだ」
僕の猛烈なテンションに気圧されながらも
チルティスは頭をひねるようにして答える。
*“旅のラゴス”通り。
*冒険者の宿“エディプスの恋人”亭。
*領主館“エンガッツィオ”司令塔。
*赤い鳥居の門。
*ジュレール大渓谷。
*シュワルツ大森林 通称“まっくら森”
*ルルイエ大湖畔。
いいぞ。推理した通りだ。
僕は迷わず魔術文字を選び出し、パネルに触れる。
突然だった。
僕が座っている領主の椅子、その目の前で、緑色の光が糸のように紡がれていく!
チルティスの変身に似た現象!
編まれて編まれて、絹が擦れるような音とともに
膨大な光量がコックピットから暗闇を一掃した。
神だの運命だの胡散臭い概念が好きなジーンならこういっただろう。
《光あれ!》と。
最初に言葉があって、光が生まれ、世界が創られていく。
必要なのは指先ひとつ。
なるほど、やつの魔術文字は確かに神にも匹敵する。
エルベラは言ってみれば神話に登場する太古の巨人か。
「あ、あのっ」
「悪いな、通信を切るぞ。続きはあとだ」
「あと?」
「僕が魔獣に勝ったあとさ」
緑の光糸は武装外殻を象造り、重量感と鋭さを獲得し、
ついには見事な大剣になる。
その秘宝は[[エルベラの覚醒鍵剣]]。
通称【エンターキー】。
エルベラはまだ覚醒していなかったのだ。
半ば眠ったような状態で戦っていた。
鍵を差し込まれてさえいなかったのだ!
手を伸ばし、勝利の鍵をがっしりと掴んだ。重い手ごたえ。
僕の額(ジーンに文字を書かれた場所だ)が一瞬輝き、
じゅぅっと焼き印が押される。
「ぐぅっ…だが──これで!」
これで僕が【所有者】だ!
──この日僕は正式なエルベラの搭乗者となり、
そして無敗の神話を築くことになる。
無敗。
後に歴史に名を残す最高の軍人。
と、なっちゃあ…
*「一面のボス如きに負けていらんないよなぁ──!!
*お待たせ魔獣バハムート!エルベラの本当の戦いはこれからだぜ!!」
思わず言った打ち切りくさい台詞に、
魔獣もチルティスもどん引きしている空気だった。
構うものか。この物語に打ち切りなどない。
なにせ神が太鼓判を押してくれたんだからな。
僕たちの往く未来には、誰も死なないハッピーエンドが待っているのだ。
そうだろ?ジーン。




