「響け!ウェディングマーチ」その2
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ジュレール・チルティス──"門番"──魔女──『僕の敵』!
「いいだろう、さっきは『動けば殺す』と言ったがもう好きにしていいぞ……」
「?」
「ああ。動いてもいいし大人しくしててもいい……どっちにしろ殺すからな!」
そう叫んで僕は砂の大地を蹴って跳躍する。
その一蹴りだけで、チルティスの頭を軽く超えるほど高く!
「にゃ、にゃんとっ!」
もちろん自分の筋力で跳んだのではない。
これは鉄魔術のひとつ《[[アイロット式機動装甲]]》によって、
僕の身を包む金属鎧を操作して跳躍させたのだ。
僕は機動する鎧に搭乗したパイロットのようなものだ。
「《黒より暗き鎧・より強き遺伝子を乗せて・撃墜し・奈落の牙以て・より弱き敵を淘汰せよ!》」
コマンドワードを詠唱する!
空中でばしゃっと背中の装甲が開き火が噴出した。
サラマンダー機関がフル稼働して空中での自由機動を可能とし、
僕は地表めがけて──花嫁衣裳の『僕の敵』めがけて、
その純白のヴェールを血で染めてやるつもりで拳を繰り出す!
握り締められた五本の鉄の指、拳、重き金属の塊に伝わる、
確実になにかを砕き潰した感触──!
「やったか!?」
と、言ってから僕は気付いた。ふん…………
今の台詞は愚鈍なかませ犬の雑魚野郎が使う、
典型的な「やってない」場合の台詞だな。
生存の確認をするのはまだ早い……もう少し殺しておくとしよう!
土煙が晴れるのも待たないで、僕はサーベルを構えた。
「《黒き神は人を憎み・虐げ・破壊する・静かに夜が更けていく・貴様が天使なら・終末の銃声を合図に首を刈れ!》」
《[[空襲サイレン]]》!
これも鉄魔術のひとつ、金属を媒介にマナを弾幕状に放射する爆撃砲だ。
サーベルの切っ先から閃光の球が空間を隙間なく埋めるように吐き出される!
耳を劈く轟音!
そしてあっという間に辺りはクレーターだらけになり、
空気が焦げる臭いが立ち込めた。
谷底の気温は急上昇して潅木にも火が燃え移る。トカゲも焼け死ぬ灼熱の風。
また土煙があがる。今度は煙の影に、魔女の血や、
黒く焦げた花嫁衣裳の切れ端や、「ひぐぅ!」という悲鳴も確認したが──
「うん、普通に考えたらもう十分だが……
なにせ敵は魔女。
念のためだ。まだ殺そう」
僕は。
最後に、土煙の中に分け入って、血の染みた地面にのたうつ女を発見し。
「なんだ、最初の一撃の時点でほとんど殺っていたのか。まぁいいや。死ね」
その腹に刀身を埋めた。
ずぶり!
「っ……、……かっ…………!」
「じゃあ悪いがこの渓谷を通らせて貰うぞ。それが勝者たる僕の権利だ。
敗者の貴様はここで虫けらのように死ぬがいい」
ああ、いちおう言っておこうかな。
おにぎり、ごちそうさまでした。
そういって僕はサーベルを鞘に戻す。
ふん。嫌な気分だ。戦闘の後はいつも反吐が出るほど気分が悪くなる。
まったく僕は甘いな。女を刺し殺したからといって感傷的になるなんて。
戦場では女も子供もないんだ。
悲しんだって死者が許してくれる訳じゃない。
戦いを厭うたからといって"敵"が襲ってこなくなる訳じゃない……。
錆びた鉄色のマントを肩に掛けなおし、
がしゃり、と金属鎧を鳴らしてきびすを返…………
きびすをか──あれ?
返せない。
「えへへっ……あなた、とっても容赦がなくて傲慢で酷いお子様だけど……
ちゃんとごちそうさまが言えるんですね。
ちゃんと、人間の心を持ってるんですね。おねーさんは安心しました」
「!?」
僕の金属製の軍靴に覆われた足首を、手袋をした細い指できゅっと握って、
血まみれのヴェールの奥で、そいつは笑った。
花嫁衣裳もあちこちが焼け、煤だらけの埃まみれの血ぬれた姿。
しかし穏やかな笑みだった。
つい今しがた攻撃されたのに、憎しみも殺意もない……
慈愛すらほの見える、瞳だった。
「きっ……貴様、何を勝手に僕に触れて……!
……いや、それ以前になぜ貴様は生きている!?」
「なぜ、と言われましても。あの程度の攻撃で死ぬことの方が難しいですよ」
「ふざけるな!そんな生き物がいてたまるか!化け物め、いや……魔女め!」
んー、とチルティスは少し考えるようにしながら、すくっと立ち上がった。
傷などあって無きが如く。僕の真正面に立ち、背筋をぴんと伸ばし、
その長身で僕を見下ろす。
なんだこいつは…………!?
「あなた、お名前はなんと?」
「……じ……ジョウ・ジスガルド二等指揮官だ」
何となく気圧されて僕は名乗ってしまう。
ニトウシキカンは要りませんと笑いながら、魔女は明るく手をあわせた。
「ではジョージ様。あなたに"魔女"というものを少し教えてさしあげましょう」
そう言って──
「《だふにす・でるふぃす・ぐらめ・りりあら・ひよす・ひよす・とりあぞ・ぞるでぃか・くーるぅ・くーるふ・てけり・てけり・り・でぃーぷわん・でぃーぷわん・いんすますいんすます・あんぐ・ざんぐ・ヴぉーぱるぶれーど・ありす・ありす・ころげたさきに・きくばーくっぐぁ・ねめれくす・そべー・じん・おかわる・ちゃーどろす・ぞむ・ぞら・てぃーんち・ひのあくま……》」
──詠唱する!
し、しかし!この詠唱パターン、聞いたことがないぞ!?
綴りが意味をなしてない!定石も規則もまるで無視したでたらめな詠唱だ!
僕が知っているどんな魔術にも似ていない……
いや、そうか、これはそもそも魔術ですらないのだった!
魔法!
不死身の魔女!
3姉妹の──魔法使い!
「──《ちるてぃす!》」
詠唱が完成した!
その瞬間、ジュレール大渓谷を閃光が覆った。
圧倒的な光の奔流!視界が極彩色に塗りつぶされて──ゆく!
「ぐ、ぁあぁ……!」
眼を開けていられない、際限なく輝くその七色のひかりを、虹色を背景に、
チルティスが変貌を遂げていた!
花嫁衣裳がひかりの糸となりほどける。虚空に踊るように。
肌が見える。
ヴェールはそのままで。
淡い金色だった髪はまばゆく発光し、ひかりの糸と融合する!
糸は編まれて、編まれて、まったく違う形に編み上げられていく!
髪型と、服装と──次々と変身しながら、
チルティスは閉じていた眼をうっすらと開いた。
その瞳が僕の顔をとらえた途端──
「えへへっ!」
ぱぁっと明るく笑い、同時に顔が変わる!
あきらかに幼い、あどけない女の子の姿になる!
体も一気に縮んでいる!
短いツインテールに、縞模様のタイツ。
花嫁衣裳はミニスカート風にモデルチェンジしていて。
その右手には彼女の(それも元の身長の)三倍はある、
凶悪なスパイクつきのスレッジハンマーが握られていた。
辺りに飛び交っていた虹色の光は、つむじ風がだんだん小さくなるように
収束し、そのハンマーに宿った。
ぽ、と灯が燈った鈍器。
風が止む。
僕の髪がやっと鬱陶しく暴れるのをやめて大人しくなった。
「こ、これは、これは…………!?」
「そう。これは"変身"――
変装でも偽装でも仮装でもなく"変身"です。
運命をまるごと変える能力。別の世界の別の自分になれる。
大人にも子供にも、優しい自分にも残酷な自分にもなれる。
──そしてあなたと同じ12歳にもなれる。
えへへっ……いまのわたしは、そうですね、
魔法少女ジュレール・チルティスちゃんって所でしょうか?」
恐らくはそれが魔法のステッキなのだろう。
異様なサイズの凶器を恥ずかしそうに胸元に抱え。
花嫁衣裳の女は……いや、少女は、僕に死刑宣告をした。
「機神都市エルベラへ行きたければ、あらゆる可能性の"わたし"を
殺し終えてから行くことですね。
何百人"わたし"が死のうと、何億年かかろうと、
最後の最後までつきあってあげますよ。
…………えへへっ、まぁそれまでにあなたが死ぬでしょうけどね♪」