「戦え!機神エルベラ」その7
-7-
*ひゅゅうぅぅ
*ゴッ
*ぎしぎしぎし
*ぐしゃぁあぁっっ!!!
外では攻撃が始まっていた。
僕との接続を失って操縦不能になったエルベラを、
魔獣バハムートがいたぶる音だ。
(さぁここからは推理フェイズだ──命がけのな!)
僕の手元に浮かんだ(兵装の起動キーと思われる)魔術文字は
全部でおよそ77文字。
ぼんやりとグリーンの光を放ちながら整列している。
空中に浮いた文字列は、魔術文字の隙間にも何らかの力場があるのか
氷の張った水盆のように手を置くことができた。
不思議な感触。温度は感じないな。
*ずがん
魔術文字のパネルの全体図はインクの染みのように拡がっていて、
雲にも動物にも武器にも似ている。
僕には蝶に見えた。
…あれ?この形…?
どっかで見たことがある。
ルーンの蝶を睨んでしばらく悩んだ。
(だめだ、思い出せない…重要なことなはずなんだが…
おかしい…記憶力には自信が…)
(くそっ!この頭痛のせいか?)
(いっそ…いや、適当に押すわけにはいかないよな。
冗談抜きで周辺が地獄と化しちまう)
右羽部分に配置されていた『τ』は片腕を敵に向けて吹き飛ばし、
大陸の果てに火柱を築くような物騒な兵装だった。
僕は戦場という地獄に住んではいるが地獄が好きというわけではない。
既にいくつも小さな村が滅んでいるし森が焼けているのだ。
これ以上被害を拡大させてなるものかっ!
*轟音。振動。明滅。
「…ジーン。聞こえてるか?」
『ほいほい。なんじゃ婿殿』
「エルベラのピンチだ。助けろ」
『あいっかわらず偉そうじゃのう…
それに、この程度の窮地、婿殿には自力で解決して頂きたいものじゃがのー』
「この程度!?この程度って言ったか今」
『この程度、じゃよ。たかが敵地で魔女にぼこぼこにされ辛くも勝利したにも関わらずラスボスの回復魔法で魔女が復活して努力が全部ムダになり捕まって捕虜になって動かし方もわからない謎のロボに乗せられた挙句に目隠しアンド片腕で絶対腕力ではかなわない自分よりでかい魔獣と大陸の運命をかけて戦わなきゃならなくなっただけじゃろう?
わしやミコトにとってはそんなのは朝飯前の準備運動みたいなものじゃ』
マジか。お前の朝飯はどんだけ過酷な準備運動が必要なシロモノなんだよ。
火吐き竜の丸焼きとかか。
『エルベラの主武装たる剣に気付いたことは流石婿殿といわせてもらおう。
普通の人間なら大広間の絵なんて覚えていないじゃろうに。
くく、記憶力がいいんじゃな。
だが、肝心の主武装の【起動キー】を割り出すのにも記憶が肝心じゃぞ。
じっくり考えてみよ』
「なに?僕はもう【起動キー】の位置に関する何らかの情報を持っているのか?」
記憶が必要?
思い出す?
どこかで見た…蝶の形。
*ぎりぎりぎり
*みし
*ズ…ズン…
ぱらぱらとコックピットの天井から砂が降ってきた。時間があまり無い。
「ふん…もったいぶらずに教えて…は、くれないんだろうな。貴様のことだ」
『その通り』
「僕に運命を託したんだからエルベラが滅んでも悔いはない、とでも?」
『それは違う』
「?」
『わしは君の勝利を確信しておる。
安心せい、誰も死なないハッピーエンドが待っているよ』
予言のように力強い言葉だった。
ひとつ思いついて尋ねてみる。
「…そういえば、最初にロケットパンチを撃たせたのはわざとだろ。
片腕で右往左往する僕を見て楽しかったか?」
くくく、と笑い声。
『半分正解で半分間違いじゃ』
「ほう」
やはり。
『わしは君にヒントをあげたんじゃ。
そのパネルの形と起動キー『τ』の位置にはある法則性が…』
通信が突然ぷつりと切れた。
*がおぉぉおおおぉおん!!
(う、ぉおおお…!)
視界が激しく揺さぶられる。
頭がわんわんと鳴り、朦朧とするほどの重低音がコックピットを襲った。
いよいよダメージが深刻な段階に達しているのが解った。
エルベラが死に掛けている。
悲痛なほど甲高い軋みの音は、彼が痛みを感じて泣いているようだった。
(ち──畜生──ジーンとの通信経路が切断された──
答えも知る者はもう誰も────)
そしてとうとう、ずっと聞こえていた外世界の音すら消えた。
暗闇に包まれた棺桶で、感じるのは振動と重低音と、遠い痛み。
(魔獣バハムートの攻撃がエルベラの核を砕いたのか)
(感覚でわかる。活動できるのはあと160秒)
(チェックメイト、か…)
僕はぼんやりと死を意識した。
誰も死なないハッピーエンド?
そんなのあるわけがない。
魔法のような幸運が。奇跡が起きないかぎり。
魔法のような。
魔法。
……?
数センチ先すら見えない絶望のなかで。圧倒的な孤独のなかで
小さな声が聞こえた気がした。
「 」
耳を澄ます。
「 …」
幻でもいい。聞いていたい。あいつの、懐かしい声。
「 …ま、 …ジョー… 」
*「ジョージさま!!この声が届いていますか!」
また泣いてる。まったく、本当にこいつは僕より年上なんだろうか?
死の淵で僕は苦笑いをした。
最後に思い出話をするのも、悪くないな。




