「戦え!機神エルベラ」その6
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地響きをたてて魔獣が大陸を渡る。
足元の森はまるで軍靴に踏みにじられ剥がれた苔。
魔獣が胸のあたりで掻き分ける雲は月光を受けてほんのりと光を放っている。
歩みは次第に速くなり、突撃に変わる。坂道を転がるように駆ける牛。その角。
蹴立てた岩山が粉々になり散弾となって周囲の村落を破壊していた。
1秒でも早く、湯が沸くよりも短い時間でこの牛を瞬殺しなければ
被害がどれほど拡大するかわかったものじゃない。
*ヴォォオオオオオォォォッ
「まったく!魔女だの牛だのたまらんぜ、厄年はまだ12年も先なのにな!」
バハムートの突撃、僕はあえてそれを避けずに真正面から殴り返す。
拳は牛の硬い頭蓋骨と衝突し耳障りな金属音を響かせた。
そして両者の全体重がその一点に集約される!
お…重いっ!
手首が折れそうになり肩が砕けそうになり拳が爆発しそうになる。
ごききき、と軋む音。
全身の筋肉を『押し返す』という行動に集中させているにも関わらず、
そのぶつかり合いで後退したのは機神エルベラの方だった。
(ちっ――単純な力比べでは──こっちの負けか!)
牛は、額でエルベラの拳を受け止めたまま眼をぎらつかせた。
熱い鼻息が火山から噴き出される湯気のごとく夜気のなかを踊り、溶けて消える。
こちらを睨んでいる。闘志は十分。
なるほどこいつはあらゆる獣を凌ぐかもしれない。
(だが、しょせんは獣だ。
こいつが単純な力比べしかしないというなら──勝機はあるな)
力比べで勝てないのなら、武器を使え。
それが人間のやり方だ。兵士の心得だ。
僕は数少ない情報の中から自分を勝利に導く方程式を探していた。
そして思い出していた。
エルベラには武器がある。
大広間に掛かっていた巨人の絵には確か大剣が描かれていた。
あれがあれば。
エルベラをある程度操作していてわかったことがある。
《巨人の視点》にしている状態なら自分の身体を動かすのと同じ感覚で動かせる。
その時には皮膚感覚もクリアで動作も俊敏だ。しかし痛みも共有することになる。
《椅子の上の僕の視点》にしての操作はそう直感的にはできない。
モニタを見ながら手元の魔術文字パネルを操作することになる。
しかし痛みは遠いしコマンドによって特殊兵装が使える。
憑依と操作。
ふたつのモードを、超大規模戦闘の最中に
すばやく切り替えながら行うのがコツのようだ。
いまはコックピットのモニタが死んでるので
なおさら椅子の視点で戦うことは難しい。
外界の見えないその場所に意識を移すということは、
戦場で目隠しをするようなものだからだ。
それは、魔獣バハムートを相手にする際においてあまりに致命的な隙になるだろう。
自殺行為といってもいい。
しかし。
「まぁいいか。勝利のためなら自殺くらい」
猛り狂う魔獣を前にして僕は意識をコックピットに飛ばした。
「!?」
突然人形のようにコントロールを失ったエルベラに、
魔獣が呆気に取られているのが伝わる。
じゃあ好きなだけサンドバックにしててくれ。ただし覚悟しろ。
僕かお前かどちらかが死ぬんだ。
コックピットはあいかわらずの暗闇。
剣を探そう。
手元の無数の魔術文字の中から、たったひとつのコマンドワードを。
勝利のためのたったひとつの冴えたやり方を。
僕の命が、消えるまえに。




