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機神エルベラ  作者: 楽音寺
第二章 戦え!機神エルベラ
15/71

「戦え!機神エルベラ」その3

-3-



領主の椅子は冷たい鉄で出来ていた。

マットや布もない。表面に複雑な模様が刻まれていて

その溝には不思議な色の光が走っている。

(なにか・・・仕掛けがあるみたいだな)


座ると、重々しい音を立てて椅子の周辺の床がコルクみたいにくりぬかれ、

上昇を始めた。おおっ、移動するのかこれ!


ご・・・うん・・・ごうん・・・


天井にも縦穴が開く。拠点移動用のシャフトか。

ゆっくりと上昇して、吹き抜けになっている大広間の二階の廊下も追い越して、

ごうん、と天井の穴に入る。


その直前、僕を見上げるチルティスの声が聞こえたような気がした。

なんと言ったかまでは分からない。



ごん・・・ごん・・・ごうんごうんごうん

暗闇の縦穴を、おそらくかなりのスピードで進む。

手を伸ばせば壁に触れられるだろうか。怖いからやらないが。


ときどきゴッと風が吹き込む場所があって、

この縦穴にも窓かなにかがあるのだろうと推測できる。

エレベーターは白亜の塔の最上階まで僕を運ぶと、ゆっくりと止まった。


奈落のような真っ暗闇にぽつんと僕と椅子だけが取り残される。

そこはこの街でいちばん天空に近い場所なはずなのに、

月光はかすかに差し込みすらしなかった。

気密性が高いのか。

でも風の感じからするとかなり広い空間だ。大広間と同じくらい。


『聞こえるかジョウ君』


ジーンの声だ。


「聞こえるぞ。貴様の不愉快な声がな」

僕はせいぜい毒づいてみせる。

こいつの思惑通りに動かされた事が腹立たしいのだ。


『はは、ようこそ、エルベラの司令室へ』


ぴきゅん!

あの音だ。そして前方の視界いっぱいに配置された三面鏡のような

多段スクリーンに、エルベラの町並みが映る。

うおっ!いきなりで吃驚するな。


夜の機神都市。

かすかに雲がでている朧月夜。月明かりがぼんやりと輪を描く。

街は静かに眠っていて家々の灯りはぽつぽつと飛び石のように散見されるだけだ。

犬の遠吠え。風の音。リアルに見えるし聞こえる。ほう。


「凄いな・・・この領主館は監視塔でもあったわけか・・・

ん、この塔自体も見えるぞ、どうなってるんだ?」


黒竜と牛の魔獣バハムートがまきついているエンガッツィオ司令塔が、

司令塔最深部にいるはずの僕からも見える。


『エルベラの眼は万能じゃ。己くらい客観的に見えるわい』


かかか、と笑う不愉快なジジイの声。

どうせ監視衛星かなにかを飛ばしているのだろうと思って闇に眼を凝らす。

ビンゴ。蚊に似た飛行物体を見つけて捕獲する。


「──これだな。ふん、貴様の手品のタネも分かりかけてきたぞ」


僕の指先には『目』という図形を丸めたようなボールがある。

きぃきぃと喚くそれは生きている。羽根も触手もちいさいけれどちゃんとある。

おそらくどこかに『耳』もいるかもな。


ぴきゅん!

スクリーンの左上にできた(ウィンドウ)に映し出されたジーンが感嘆の声をあげ拍手した。


『ほぉ!さすが婿殿じゃ。わしの魔術文字に気がつくとはな』


「そろそろ気づかない奴の方が兵士として無能なのさ。

──それより」



文字でできた目玉をぽいと放って僕は言う。

この為にここに来たんだ。もう雑談している場合じゃない!


「それはいいからはやくエルベラの兵器を見せろ」


『それはうちの孫娘と結婚してエルベラの人間になる覚悟ができた、と

受け取っても構わないかのう?』


「ああ。構わん。さっさと秘密を僕によこせ」


椅子にふんぞり返る僕。窓に表示されるジーン。

しばし沈黙──そして──



『かぁーーはっはっは!いい覚悟だジョウ君!


よろしい、エルベラの全てを君にやろう!


ゆくぞ、君も声高らかに歌え!


響け!ウェディングマーチ!

戦え!機神エルベラ!

彷徨う戦場の王(ウォーキング)モード発令だ!』



*ファァアアアアアン


視界が赤く染まった。サイレンが鳴り響き、思わず僕は身を固くする。

(う、おおっ・・・!?)


*ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ


激しい地震のような鳴動。白亜の塔が身を揺すっている!

スクリーンに映った魔獣も反応して動き出した!


「お、おい!大丈夫かこれ、兵器が出る前に街が壊れるぞ!?」


『心配無用、兵器はこの街じゃ!

街そのものが歩くゴーレム!巨大ロボなんじゃよ!』


何!?


椅子の手すりの周りにさまざまな魔術文字が浮かぶ。

水平に並んだそれは開いた本から文字だけが浮かびあがったようだ。

操作するための、命令を打ち込むための、いわばこれは操縦桿か…!


昔ゴーレムの竜機兵に乗ったことがあるが、

こんなものはいくらなんでも初めてだった。


そして、最早しがみつくようにして座っていた領主の椅子から

黒い拘束帯が飛び出して僕の身体を鎧ごと拘束する。


ドスッ!

(痛っ)

重い感触。首筋のあたりに針がささる。


おい!?街とか兵器とか以前に僕も大丈夫なのか!?


と抗議する間もなく電撃が流れてバチン。白目を剥かざるを得ない。


神経が同調(シンクロ)する!

感覚が共有(コネクト)される!

幻想が可視化(マテリアライズ)される!


視界がブレてブレてあの目玉のものだろうスクリーンを通さずにして幾万の複眼で僕は街を魔獣を見る。神の視点で。

(ぐ、あ・あ・あ・あ──!)

体が重い。いや軽い。上も下もわからない。エルベラの街のあのメインストリート(旅のラゴス通りだったか?)に亀裂がはしって区画ごとにきれいに街が裂ける様が見える。揺れる看板。朧月夜に魔獣が踊っているのが見えてああ貴様も塔に掴まっていられなくなったんだなと思う。


地震は続き、街は縦横に裂け宙に浮かびはじめる。

その断面は椅子と同じく溝に光が走っていた。


(積み木みたいだ・・・!組み変わって積み重なって変貌を遂げて・・・

別のかたちに・・・なんのかたちに!?)


僕の耳には監視衛星からの映像とともに音も届いているはずなんだけど

崩れゆく街から悲鳴は聞こえない。住民は?



(そうか空間――ごと切り・裂いて移動してるん・だあれはそのための魔────術文字かまるでケ・ーキを切り分けるよう・に区――画ごと・に運ばれてあの・赤い鳥居の門────色とり・どりの果物を売る露天商。行き交う馬車。民族楽――器の弦を爪弾く大道芸人。ヤギを捌いてい・る市場────マジックアイテムの店。武器屋。冒険者・の宿の看板。────マントを羽織った街の人間たちもみな────なに────が起・こったのかも知らずに――――移動しているんだ"エディプスの恋人・亭"もか────シーナ元気かなそういえば魔獣がこの塔を――――なかなか襲・わなかったのもそうした空間的な――守護があったのかもしれ・ないということは母親もカーズも――無事かよかっ・たさすがにこ・こで死――なれちゃ夢見が悪い────あ、ミコトのことを忘れていた。)



椅子のうえで白目を剥いてがくがくと震える僕。

「くっくっく」

混濁しきった意識のむこうでジーンが楽しげに笑う。悪魔か貴様。



「ジョウ君、君にはエルベラの人間に…

いや、エルベラそのものになってもらうよ。


そうして初めてわしらは解り合える。

侵略の国からやってきた君と、防衛し続けてきたわしらと。


人間同士が理解(わか)り合うには実のところそれしかないのだ。

ぶつかりあって混ざり合って……混沌の果てでようやく手を繋げる。

恋愛がそうであるようにな。


では──客も待たしていることだ、そろそろ参ろうか」



いつのまにか側から聞こえていたその笑い声が、

僕の額を軽くとん、と押した。


焼け付く痛み。

くそ…なにか…文字を描いた…な…。





*「──── 機 神 エ ル ベ ラ 、 発 進 じゃ !!!」




不意にあの花嫁姿のアホの顔が浮かび、そして彼女が大広間を出る僕に

なんと言ったのか思い出す。


"生きて帰ってきてくださいね"


すまん、チルティス。

次に目覚めたとき、たぶん僕はもう人間じゃない。

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