「戦え!機神エルベラ」その2
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魔獣バハムート。
黒竜に似た翼や鱗を持ちながら、しかしその本体は荒れ狂う牛の姿。
湾曲した太い角。大地を踏みしめる蹄。爪や牙は持たない。
斬り裂くタイプの攻撃手段は徹底して所持しない。
彼の──性別は知らないけれど──彼の戦闘方法は唯一、打突だけだ。
尾による払撃。
角による突撃。
その桁違いの重量から繰り出される体当たり、重爆撃。
とことん力任せの肉弾戦しかしない。
それだけで数多くの獲物を挽肉にしてきた魔獣。
どんな巨大な相手にもひるまず。
どんな魔術をも粉砕し。
どんな厳しい環境でも生き抜いて──淘汰されずに、勝ちあがってきた。
彼の今回のターゲットは生物ですらなかった。
世界を支配している人間種の、爪や牙を上回る力。
武器。兵器。ひとのつくりしもの。
この大陸に20存在する孤軍要塞のひとつ──機神都市エルベラだった。
僕は冷や汗を噴出しながら
窓いっぱいに収まりきらないほど巨大な爬虫類の瞳と睨みあっていた。
相手の眼も僕を捕らえている。
瞳孔がきゅうと縮まり焦点をあわせている。僕が映る。
窓は大聖堂のステンドグラスのような大きなもので。
横幅は大人5人が両手を広げたほどだろうか。
縦長だから縦はその3倍はあろう。
その窓を、まるでネズミの逃げ込んだ巣穴でも覗くかのように──
(魔獣バハムートの唯一と言っていい特殊能力、それは!)
(獲物にあわせて自分のサイズを増大させることだ!
魔獣バハムートはそうして成長する!)
(それにしても・・・ここまで巨大な個体は僕もはじめて見るぞ!
一体こいつ、いままでどんな強敵と戦って・・・!?)
息をのんで戦慄する僕に遅れて、ようやくパーティの招待客たちも
窓の外の魔獣に気づいたようだ。
あちこちで悲鳴があがる。
「!? うわあああっ!?」
「なんだあれは!ま・・・」
「魔獣!? う、うそでしょ、こんな街中に――私たち殺され──」
「──きゃああああああっ!」
「ううっ・・・どけ!おれがさきに逃げるんだ!」
「ぎゃあっ、押すな!」
「きゅあー」
「やだやだやだやだ」
「どこだ!避難用の出口は!?転送魔術がある部屋はないのか!?」
ふん、紳士淑女もどこへやらだ。
談笑は恐慌に変わり、グラスは放り捨てられ、料理の皿は踏み砕かれる。
皆が入り口に殺到して赤い絨毯はぐちゃぐちゃ。ピアノは不協和音。
「わっ、わっ、どうしましょう!?」
いつの間にか側にチルティスがきておろおろする。
「おい!ジーン!どこにいる!きちんと司会進行をしろ!
ひどい有様だぞ、貴様のパーティだろうが!」
僕の叫びに大広間の領主の席に座っていたジーンが
ゆっくりと椅子を回転させてあのにやにや笑いをこちらに向ける。
なんとこの爺ぃ、昼間とは違う美酒を片手に、足を組んで頬杖をついて、
完全に高みの見物を決め込んでいやがった・・・。
「おやおや──これは巨大きな御客様じゃのう」
「のんきに言ってる場合か!」
「どうしようおじいちゃん!魔獣さん玄関から入れなくて困っているみたい!」
心配するところはそこじゃない。
刺客でも魔獣でも来る者拒まずがわしのモットーじゃよ、
と笑顔でウインクするジーン。
「新領主様よ、はやくもてなしてやらねば窓の外の彼が機嫌を損ねるぞい」
「ああん!?誰が新領主だ!僕はまだ貴様の孫と結婚すると決めたわけじゃ・・・」
といいかけて口をつむぐ。いかん、ジェノバ達にはまだ内緒だったんだ。
「ふふ、まぁいいじゃろう。
元領主のわしの最後の仕事じゃ。この場を治める程度のことはしてやろうかの」
『皆の衆!』
ジーンが堂々と声を張り上げる。
混乱した大広間がぴしゃりと静まるほどの威厳に満ちた領主の声だった。
見れば、椅子から立ち上がった赤い鎧の老領主の背後、
その壁一面に飾られたあの巨人の絵が、水面の波紋のように一瞬波打ち、
ぴきゅぅん!と音を立てて窓の外の風景を映し出した所だった。
魔獣バハムートが白亜の塔にまきついている風景だ。
鱗の生えた尻尾が塔の頂点に。
赤銅色の牛の背中が呼吸とともに上下して。
角が地面に突き立てられるスレスレに。
塔に天地逆転した姿勢で張り付いて──
大広間のある階の、その窓を覗き込んでいる。
おお・・・と招待客たちがどよめいて驚きをあらわにする。
ジーンの絵画魔術に対してだろうか。魔獣の恐ろしさに対してだろうか。
『たったいま我が領地が魔獣に襲われた。
みての通り馬鹿げた巨大さのバハムートじゃ。
普通の都市ならばひとたまりもないじゃろう──しかし!』
ぴきゅん!
音を立てて絵画が別の風景に変わる。
大陸の地図。アールヴの各所に20の五芒星のマーク。
中央南東にやや大きく描かれているのはこの街だろう。
『恐れることはない!ここは孤軍要塞、機神都市エルベラなのじゃ。
当然要塞としての防衛兵器が存在する。
あの程度の魔獣を撃退できぬエルベラではない。
貴殿らの安全はこの領主ジーンが保証いたそう!』
ぴきゅん!
絵がジーンの顔の大写しになる。
その自信あふれる表情に、大広間のざわめき、どよめきが徐々に収まり、
領主を讃える声援に変わっていく。
ふぅむ、こいつが領主として信頼されていることは確かなのだな・・・
僕には信じられないが・・・。
感心していた僕だったが、次のひとことで再び冷や汗をかくことになる。
『防衛兵器を使うにあたって、
あの魔獣に立ち向かえる勇気ある若者に協力を募りたい!
その勇者にだけエルベラの秘密を託そうと思う!
誰か、われこそはと思う者は名乗り出よ!』
(なっ・・・!?)
大広間がざわざわと騒がしくなる。
じ、ジーン自ら兵器を操作するんじゃないのか!?
しかもエルベラの秘密を託す者を、いともあっさりと一般公募で
決めようだなんて、正気の沙汰じゃないっ!
いや・・・違う!
アップで映されたジーンのにやにや笑いは、あきらかに僕を挑発している!
(こいつ・・・僕にエルベラを使えと言っているのか)
そして恐らくこれは取引だ。
この千載一隅のチャンスに乗ることと、
チルティスの求婚を承諾することはイコールなのだ。
思えばこいつは始めからこうだった!
あっさりと大事なものを開け渡し、敵に塩を送り!
そしてその結果、いつのまにか"敵"を"味方"として取り込むのだ!
ぐ・・・いや、仕方がない、迷っているヒマは無い!
「いいだろう、僕が兵器エルベラを使ってやる!」
ぴきゅん!
大広間の壁一面に掲げられた絵画の額縁に、幾度かの変遷を経て、
とうとうこの僕、ジョウ・ジスガルドの顔が映し出された。
めちゃくちゃに目立つ大銀幕に。
この、蒸気都市ラグネロの隠密刺客である僕の顔が映し出されてしまった。
ジェノバもカーズも驚いている。
もとはジーン本人が発動した兵器エルベラを目立たぬよう影から観察して
情報収集する作戦だったのだから当然だ。
――どこの領主が秘密兵器を他人に触らせるというのだ。
――どこのスパイがそれに名乗りをあげるというのだ!
『では、蒸気都市ラグネロよりお越しのジョウ・ジスガルド様。
この領主席へお着き下さい──なんちゃってのう、かかかw』




