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機神エルベラ  作者: 楽音寺
第一章 響け!ウェディングマーチ
11/71

「響け!ウェディングマーチ」その11

-11-



母親が苦手だった。


蒸気都市ラグネロは皆兵制で、道行く他人、恋人、家族にすら

上官・部下の概念がある。

湖のほとりのあの家において、父親が上官で母親は部下だった。

通常ありえないことだけど僕は生まれた時点で母親よりも階級が上だったのだ。


だから、母親は僕の言うことをなんでも聞いた。


僕がどんなわがままを言っても叱ることなどしない。

はいはいと従って僕の世話をした。甘やかした。


めしがまずいといえば何度でも作り直して。

貴様の見た目が気に食わんといえば髪型を変えた。

傀儡の母は怒るでも悲しむでもなく、

奇妙な・・・慈愛すらほの見える表情で、はいはいと従うのだった。



子供心にそれが気に入らなくて、僕は余計に苛立ち母に当たった。

恥ずかしい話だけどそうして幼い頃の僕はどんどん酷い性格になっていった。



8歳になり軍に入隊して、"鬼"と称されていたあの軍曹殿に出逢ってなければ

僕は生涯母親と向き合うことはなかっただろう。


軍曹殿は部下の声を聞くことの大切さを教えてくれたのだ。




ある日、何の気なしに母に「"休め"」と命令してみた。

は、と彼女は呆気にとられたような顔をした。


いま何と仰いましたか、ジョウ二等指揮官殿。


「無礼講だ。いまだけは部下も上官も無し。楽にしていい」



ぽかんとする母。

無理も無い。僕がこんな事をいうのは始めてだった。



「言いたいことがあったら言っていい。敬語も敬礼もいらない。

素の喋り方で、貴様の考えていることを聞かせてくれ

──貴様のことが、知りたいのだ」



そう言って・・・正直どんな恨みごとを言われるかドキドキしながら・・・

僕は顔を伏せた。


僕のような餓鬼はさぞ嫌われていることだろう。


ずっと嫌々育ててきた。殺したい。わたしの青春を返せ。

――そう言われても不思議じゃない。


人の本音に触れるのはこうも勇気がいるのかと、

少し後悔しながら母の言葉を待った。




返ってきたのは──


「てい」


僕の髪に軽く触れる程度の、チョップだった。



撫でるような。愛でるような。



驚いて顔をあげると母は、見たこともない(はす)()な表情でにひひと笑っていた。

僕と同じ小さな牙。


「やっと言ってくれたねっ。

あー長かった!まったく、何年待たすのかと思ったわ」


爽やかにそう言って、こきこきと肩を鳴らしながら猫みたいに伸びをした。

こんな自由にしている母は初めて見た。


「貴様・・・そんな口調だったのか・・・」

「こぉらっ!」


ごつん。殴られた。


眼を白黒させる・・・。

殴られた?僕が?

殴った?──この、傀儡でしかなかった母が?



にひひー、とまた笑って。


「貴様じゃなくてお母さんと呼びなさい。

私たちは親子なんだからね──ジョウ」


ジェノバ・ジスガルドは、僕の名を呼び捨てにした。


まるで母親のように。


…そして1年ちょっとの間、厳格な父の眼を盗んでは"休め"モードの母と過ごして。

すぐにまた戦争が始まって離れ離れになって。

3年経った現在も、いまだに"気をつけ"の命令は出していない。




「・・・ってのが、私たちのカコバナってやつなのよー。

にひひ、いい話でしょ?」


「ううう、チルティスはいま猛烈に感動しています!

もっとお話を伺いたいですねっ!どうぞ一杯、お酒でも飲みながら!」


「いいの?じゃあありがたく頂くわ。へへ・・・お酒なんて何年ぶりかしらね」


「かんぱーいっ」


いやかんぱーいじゃなくて。

「貴様らなにを速攻で打ち解けているのだ」


「あー貴様っていったー!いけないんだー!

お義母さんのことはー、ういっく、おかあさんっていわなきゃだめですおー」


(うわ、この馬鹿、もう酔ってやがる・・・)



僕たちは色とりどりの花に埋もれた冒険者の宿"エディプスの恋人亭"の

奥のテーブルで、悪漢を倒したお礼にと看板娘シーナが運んできた

特別料理をつつきながら3人で飲んでいた。

(僕が飲んでいるのはミルクだが)


しかし、まさか結婚話が持ち上がったその日に母が駆けつけるとは。

どんな過保護な家庭だよ。



「…おい、一体なんのつもりだ?

ここは敵地で、いま僕は任務中なんだぞ。

戦闘能力のない貴様がなぜこんな所にノコノコやってきた?」


「いやぁ、あんたの事が心配で家事も手につかなくてねーw

あっそだそだ、今夜の大陸記念パーティには

私たちも出席するからよろピくね」


「大きなお世話だ、そしてなにがよろピくだ!痛いんだよ言語センスが!」


だんっと机を叩く僕。けらけら笑うチルティス。

ううう、母親を他人に見られるのってなんでこんなに恥ずかしいんだろうな!



「・・・・・・ああ?ちょっと待てよ、わたし『たち』?」

見たところ母はひとりだ。


「カーズさんも来てるよ。

ほら、あんたが靴なめさせようとしてた紫マフラー。あれカーズさん」

「なっ、なんだとぉ!?」


僕は慌てて悪漢を探す。いた!っていうかまだ地面に縫い付けられたままだ!


「誰か助けてやれよ!・・・っていうか貴様が助けてやれよ!ジェノバ!」

「あっはっは、すっかり忘れてたわw」

「忘れんな!僕の大恩ある教育係を忘れんな!」


剣やフォークを抜いて紫マフラーを助け起こす。

あダメだこれ気絶してる。すまんカーズ。



「ありゃー、じょーじ様って、ひっく、おかあひゃんのこと、

“ジェノバ”ってよびすてにすりゅんですか?」


「あーあの子私のことを意地でもお母さんって呼んでくれないのよ。

そういうのが照れくさい年頃かしらね」


「えへへ、おとこのこでしゅからねぇ」


「にひひ、生意気よねー。

戦地に向かうときの荷物や着替えの準備、まだ私にさせてる癖に」


「もひかしてあのくまさんのパンツもおかあしゃんが用意したものでしゅかっ?」


「あら!パンツの柄を知ってるんなんて…。

にひっ、もしかしてジョウとチルちゃんってそういう関係なのかしら!」



こらそこ、盛り上がるな・・・。



なんかもう僕もいろいろとどうでも良くなって、

カーズを適当に並べた椅子に寝かせたあと、飲めない酒をぐっとあおった。


暗転。

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