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機神エルベラ  作者: 楽音寺
第一章 響け!ウェディングマーチ
10/71

「響け!ウェディングマーチ」その10

-10-



"旅のラゴス通り"を右手に曲がった所にある冒険者の宿"エディプスの恋人亭"。


馬を止める小屋、ヒノキの手摺(てす)り、両開きのドア、

ダンディな口髭の亭主がいるカウンター、テーブルと椅子。

その小奇麗な内装の端から端まで色とりどりの花で飾られている。


なんというか「ちょっとやり過ぎだろうこれは」と言うほどの華美な雰囲気だった。


「ふふ、ここのマスターは乙女趣味なんです。

花が好きで、自分好みの花を裏庭で栽培してるんですって」

「そ、そうか・・・」


腕っ節が自慢の荒くれ冒険者たちが、花畑に埋もれるようにして

酒を酌み交わしているは流石に異様すぎる。

おおう、もじゃもじゃ頭に花を刺している奴まで居る・・・


見れば、看板娘らしき娘が注文の品をくばるついでに

自分のエプロンに刺している花をとって男達の髪に飾ってやっている。

どうやらサービスらしい。


男達もまんざらじゃないらしく指差しあってげらげら笑っている。

・・・僕は断固として拒否させてもらうからな!冗談じゃないぞ!



「あ、チルちゃんじゃない。いらっしゃーい」


「こんにちわシーナさん。奥のテーブル借りるね」


「おやおや、本日は二名様でお越し?こちらの彼は誰なのさ、紹介してよ」


「えへへっ、ジョージ様って言うの。

実はわたし、この人に結婚を申し込んでるところで・・・」


「へーっ!?結婚!? そりゃめでたいわ。

ウブなネンネだったあんたがねぇ」


きゃっきゃと明るく話す女達。

どうやらこのやたら古い言葉遣いのウェイトレスと

チルティスは旧知の仲らしいな。


僕は心底どうでもよかったので

「まだプロポーズを受けると決めた訳じゃないぞ」

と言ってさっさと奥のテーブルへ向かう。


「わぉ、随分クールな彼だね!」と茶化しつつ、

ウェイトレスは水瓶と献立表をもってきた。




・山菜と鶏肉(ミケドリア)のスープ。

・メニーメリーの乳で煮込んだ粥。

・空駆け海老のフライ、リコの実ソースがけ。

・白きのこのあんかけ麺。

・夏魚定食。

・キイチゴのアルコール漬けを炭酸水で割ったもの。

etc。



なるほど、よくわからん。


パーティなどで出る会食でもないし、貴族の館で振舞われるコース料理でもない。

当然行軍中に喰う兵站(へいたん)でもない。

僕の守備範囲から外れた、いわゆる庶民の家庭料理だ。


「なぁ、なんでスープとかフライが単品で注文できるんだ?

何がメインで何が前菜かも判然としない。

かと思ったら定食なんてものもあるし・・・

これは一体 何式の作法で喰うんだ?無秩序なメニューだな」


「いいんですよこれで。適当に注文して適当に食べればいいんです。

その方がお酒のおつまみとしては向いてますしね」



酒?なるほど。

僕は飲まないから分からないが混乱した酔っ払いには

無秩序なメニューの方がいいんだな。



とりあえずオススメを適当に3品くらい、と

適当極まるやり方で注文したチルティスは、

一番最初に運ばれてきたグラスをテーブルの向かいに座る僕に差し出した。


受け取る。

それから彼女は果実酒のはいったグラスを手にとって、嬉しそうに軽く掲げた。



「それじゃ、色々あったけど・・・私たちの出会いに乾杯をしましょう」



やれやれ。確かに色々あったよ。

殺しあったり捕虜になったり結婚を迫られたり・・・


今になってやっと落ち着いた気分だ。

どうせこの女は利用してすぐ捨てるだけの存在だが、ちょっとだけ、

親愛の儀式に応えてやるのも悪くない。



「ああ、僕たちの出会いに。乾杯」



かちん、と軽くグラスをあわせ。

僕はそれを飲み干し・・・


「ぶはぁっ!!!」


「うわぁ、だ、大丈夫ですかっ!?

どうしましたか、器官に水が入ってムセたとか・・・」


「器官に酒が入ってムセたんだよ!」


僕のグラス、中身はチルティスと同じ果実酒じゃないか!

そうとう薄く割られてるとは言え・・・ぐああ、喉が焼けそうだ!

まずい!まずすぎる!


「貴様は僕を毒殺するつもりか!

思えばあのおにぎりもちょっとしょっぱすぎたし・・・くそっ油断した!

こいつめ、さてはまだ門番としての役目を諦めてないな!」


「そそそそんなっ、ぬれ濡れ衣ですよう!」


「"ぬれ"が一個多い!」


あんた達ちょっとは静かにしなさいよ、と呆れた声で言いながら

ウェイトレスが注文の品を運んできた。




その時。

僕らの隣のテーブルに座っていた男──

紫の長い(マフラー)で顔を覆った大柄な重戦士──が、

立ち上がる際にシーナの肘にぶつかった。


湯気のたつ熱いパスタが音を立てて床にぶちまけられる。

ソースで男の靴が汚れた。


「あっ!」

「・・・おい娘、わしの靴がお前の不注意で汚れてしまったぞ。

どうしてくれるんだね」


嫌味な声。シーナはすぐにしゃがみ込んで、エプロンのポケットから

ハンカチを出して男の靴をぬぐう。


「ごめんねぇーお客さん!おわびにうんと高い特別料理を

一品サービスしてあげるからさ、許しておくれよ」


「駄目だ」


「えっ…」


「そんなものはいらぬ。

靴の汚れも拭いたくらいでは落ちぬ。

どうしてくれるんだと言っておる」


ねちねちと続ける男。


なんだこいつは?ほとんど貴様の所為だろうが。

哀れなシーナはそれでも頑張って靴を拭いて、

困ったような笑顔で客を見上げた。


「うーん、これで綺麗になった思うけど・・・お客さん、まだ不満かい?」

「本当にそう思うか?ならお前が舌で舐めてみろ」


「っ・・・!?」


笑顔がひきつり、彼女は息をのんだ。

男はマフラーで隠された眼をぎらつかせて言う。


「綺麗なのだろう?なら舐められるはずだ。

それともさっきの言葉は嘘だったのか?」



「いい加減にしろ不細工。

貴様の匂う靴など(オーク)でも舐めんわ。馬鹿め」


「なにィっ!?」


僕にしちゃよく我慢したほうだった。やれやれ。椅子から立ち上がる。


チルティスが「ジョージ様!」と僕のマントの裾を引っ張っているが

知ったことではない。


「・・・ブサイクとはわしのことか小僧」


「ふん、自覚はあるようだな。

そんな布で顔を覆うほど残念な容姿をしてるのだろう?」


「き、貴様」


「性根が腐りきった貴様の哀れな面構えが

浮かべたくも無いのにまざまざと眼に浮かぶよ。

食欲がなくなるね。不愉快だ。

その靴を拭いたハンカチのほうが貴様の顔よりよほど綺麗なんじゃないか?

女を苛めてる暇があったら汚い顔を洗って出直せ豚以下野郎」


頭で考えるより先にすらすらと罵倒の言葉が口から滑り出る。

今日も絶好調だぜ僕。



「ぐ…ぬ…この…く、口の悪い餓鬼め!」

「そう、僕は口も回るし手も早い。ついでに足癖も悪いぞ・・・ほらよ!」


しゃがみこんだシーナの手元にある男の右足にむかって鋭い蹴り。

驚いた彼女を傷つけることなく、男の右足から靴だけを弾き飛ばす。


それは簡単なつくりの短いブーツだったので、かかとあたりを掬うように

蹴り上げれば容易く脱げた。


靴はぽーんと飛んで酒場の隅のゴミ箱に落ちる。

ビンゴ!ゴミを捨てると気持ちがいい。


「なっ・・・おいっ何をする!あれ、わしの靴だぞ!?」

「汚れがついてて気に入らないんだろ、捨てといてやったぞ」



店中がわぁあっと騒がしくなった。

それには幾許(いくばく)かの笑いも含まれているようだ。

もちろん僕にではなく紫マフラーの男に対して向けられた笑いだった。


その顔は怒りと恥で、たぶん布と同じ赤紫色になっていることだろう。

ぶるぶると震えながら男はぬらりと剣を抜く。


「ぐっ・・・ぐぐぐ、小僧ぉぉお。生きて帰れると思うなよぉお」


「あと羊皮紙(ようひし)五枚分くらいはおちょくってやりたいが

貴様ごときにそう時間を割くわけにもいかんな。

――瞬殺してやる。かかってこい!」


「死ねェエえエェええぇエェエェえッ!」


シーナとチルティスがびくっと身を縮めて眼を覆う。

男の叫びはもはや奇妙なまでに歪んでいた。



『操り糸は黒き血脈の如く・僕らに・絡まっている・手繰(たぐ)り寄せろ生命・従わせよ運命!』


傀儡(くぐつ)の糸≫。


金属を操る単純にして究極の(てつ)魔術。

初歩中の初歩。しかし効果は絶大だ。

男の得物の剣が、空中でみえない糸に引っ張られたかのようにがくんと止まる。


「ェエエエエェェェっ・・・え、ええっ?」


阿呆みたいに唖然とする男。

「ま・・・魔術・・・!しかも、この速度で詠唱を完成させただと!?」


「鉄の魔術は少しばかり事情があって、

3歳くらいからずっと学習させられてきたからな。

・・・得意なんだ」



ぐりんと剣を反転させる。切っ先が男の眼の前にくる。

「ひっ・・・」

「ちょいと無力化させてもらうぞ」


ざぐんっ!


剣はひとりでに飛び、

男の左足とはだしの右足、その間の木床に深々と突き刺さった。


へたっと男が座り込む。膝をついて前屈。


「ついでにもうちょっと反抗の意思を削いでおくか」


僕は周囲のテーブルからナイフやフォークを浮かせ、

男のマフラーを縫い付けるように次々に床に打ち込む。


「は・・・!」「ひぃっ!」「ふぅうっ」

とかいう情けない声が「ほ」まで行く頃には、縫い付けは完了していた。


酒場の椅子に足を組んで腰掛けた僕に、男がひれ伏すような形だった。




「うううう・・・・・・」

「・・・大丈夫か?ちょっとやり過ぎたな。すまん。ほら、顔をあげて」


僕は男をはげますように声をかけ、顔をあげさせる。

あーあ、がたがた震えてる。


「シーナ、こいつも反省したみたいだし、もういいか?」

「う、うん、私はいいよ・・・むしろその人が平気かどうか心配だよ!」

「こいつにお前の靴を舐めさせたりはしなくてもいいか」

「そこまでやるつもりで顔をあげさせたの・・・なんて恐ろしい子・・・」


「ジョージ様は容赦がありませんねぇ・・・」


シーナはエプロンのすそを叩いて立ち上がる。

「でも…すっきりしたよー。

ありがとう"ジョージ様"! ほら、これはサービスだ」


そう言うと彼女は自分の黒髪に飾ってあった赤い花をぬきとって、

僕の頭に乗せた。


あっ…と思う間もなく。


チルティスがぶふーと吹き出して、

「あはははは!ジョ-ジ様可愛いー!」と笑う。



・・・・・・ちくしょう、断固として拒否するって言ったのに。




酒場全体がなんとなく一件落着した空気に包まれ。

ぱちぱちと拍手するものさえいた。

僕達は照れくささを隠しながらテーブルに戻る。邪魔が入ったから飲み直しだ。



しかし──ひとり、わざとらしい拍手をやめない者がいた。


僕もチルティスもなんとなく不思議に思ってそちらを向く。

その拍手の主は酒場の入り口横の壁に背をもたれかけていた女で・・・あれ。


あの女、見たことがある。


というより生まれた瞬間からずっと見続けた、見慣れた、見飽きた顔だ。




「・・・?どなたです?」


チルティスの、ある意味当然な問いには僕が答えた。



「・・・僕の母親」



そう、それは故郷で待っているはずの僕の母親、ジェノバ・ジスガルドだった。


「おっ、お義母(かあ)さま!?たいへん、ご挨拶しなくっちゃ!」

だれがお義母さまだ。



女は近づいてきて当然のように僕の隣に座る。

にやりと笑うその口元に、僕と同じ牙。


「へへへ、やるじゃん。強くなったね、ジョウ」

「・・・おかげさまで」


それが、3年ぶりに顔をあわせた、僕達親子の最初の会話だった。


甘くもなく。

苦くもなく。

断絶した時間と愛情らしきものを併せ持った・・・・・・奇妙な距離感だった。

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