「響け!ウェディングマーチ」その1
《機神エルベラ》シリーズ
第一章
「響け!ウェディングマーチ」
-1-
「ふん、いまいましい太陽め。
暑過ぎる。あまりの暑さに行軍が遅れてるじゃないか。
僕が神ならあんな天体など軍法会議にかけて銃殺してるところだ」
風の大陸アールヴ、その大陸をおおきく横切るようにして
ジュレール大渓谷は存在する。
天は高く雲は流れ、涼やかな風が渓谷に吹き渡り、
絶好の行軍日和に思われたけど、
如何せん、灼熱の太陽があまりにも激しすぎた。
この谷底を歩くすべての者は
瀕死のアリのような気分を味わわされている事だろう。
僕ことジョウ・ジスガルド指揮官も例外ではなかった。
鉄の大陸クレッセン、蒸気都市ラグネロ生まれの12歳。
極秘任務を架せられて、
たったひとりの行軍の途中。
まさか、この渓谷で出逢う女と結婚するはめになるなんて、
この時には思ってもいなかったけれど。
頭上の青空を、遊泳中のドラゴンがゆっくりと通り過ぎ、
そのひとときだけ影ができる。
その影にもあっという間に追い越されてしまい、また灼熱の道。
トカゲが僕の足を潅木と間違えて登りかけて蹴飛ばされ、あわてて砂に潜る。
かしゃり、かしゃりと、腰にさした軍刀が揺れる音が無人の渓谷にこだまする。
な……なんて長い道のりだ……。
「ええい、身に付けた金属鎧とマントが熱をもっていてますます歩きづらい!
ふざけるな!何が悲しくて馬の一頭も無しに
こんな長い谷底を渡らなくちゃならないんだ!」
ラグネロ機竜軍のマークが刻まれた指揮官用の兜はとうに脱ぎ捨てていたが、
他の装備はさすがに脱ぐわけにはいかなかった。
(なにしろ、これから向かう機神都市エルベラの前には、
"門番"と呼ばれる3人の魔法使いがいるのだからな……)
憎憎しげに歯噛みした。
僕はこれから、ひとりでその3人を相手しなくちゃならない。
これは蒸気都市ラグネロが機神都市エルベラを占領するための、
いわば露払い……前哨戦だった。
誰でも勉強すれば習得できる"魔術"士ならまだしも、
神から授けられた"魔法"を使役する者を相手に。
僕は少しばかり得意な鉄魔術と、冴えた頭と、腰に携えた一本の軍刀で、
勝利しなくてはならないのだ。
どうみても不可能な任務だった。
しかし、上官の命令は絶対だ。それがラグネロの掟。
そして──その不可能を何度も可能にしてきたのが、この僕、
ジョウ・ジスガルドなのである。
「む……前方に人ひとり潜むのにちょうど良い岩陰を発見。
時間もちょうどお昼時といった所か……。
よし、これより行軍を一時休止、兵站の補給に移る!」
兵站の補給(おひるごはんの準備)をするために、
僕は腰の軍刀を抜きはらって、谷の壁に生えた適当な雑木から枝を切り取る。
皮をむいてかじれば養分を摂取できるしわずかに食物繊維をとることもできる。
味?そんなものには興味ないね。
さらに岩陰の土を深く掘って、染み出してきた泥水を浄化式の水筒に汲み、
しばらく振って寝かせる。
これは砂漠地帯での水分の補給方法だ。
腹は壊すけど問題なく飲める。泥などを気にするような軟弱者ではない。
さて、あとはトカゲかその辺の虫けらでも捕まえて焼けば
行軍中の食事としては上等だ。
まずは火を起こすか……
と、そこまで考えて。
僕がいる岩の上、足をぷらぷらと揺らしながら腰掛けている敵影を発見した。
馬鹿な!?さっきまでそんな気配はなかったはず!?
「なっ……なんだ貴様は!?動くな!動けば殺す!」
「……はい?」
敵影は、きょとんとこちらをみて。
口にくわえたおにぎりを、あわてて膝の上のランチボックスに戻した。
なんだか恥ずかしいところを見られた風だ。
「目的と所属と名前をいえ!」
「え、えっと、目的はっ……あの、ごはんを食べていました。
貴方と同じですね。えへへっ」
そういって笑ったのは──
この砂の谷には不似合いな、純白の花嫁衣裳に身を包んだ女だった。
陽光にやわらかく溶けるような、淡い金髪。茶色い瞳。
極楽鳥花で彩ったヴェールまで被っているのに、
砂埃も気にせず岩に座り込んでいたし、足も素足だった。
年の頃は15、6か?
いや、僕よりかなり長身で成熟した体つきだ。20歳くらいだろう。
やけにゆるい表情でマヌケ面をしているから幼く見えるのだ。
20代が「えへへっ」などと言うな。生理的に苦手なタイプの女だった。
そのうえ、そのゆるーい笑みで緩んだほっぺたには──米がついている。
「…ごはんつぶがついているぞ貴様!見苦しい!取ることを許可する!」
「は、はいっ、ありがとうございます」
僕は思わず情けをかけてしまった。
なんだこの女は?まるで隙だらけだ。
とりあえず女に岩から下りてくるよう命令し、続けて尋問する。
「貴様、民間人か?所属は」
「はい、このジュレール大渓谷の"門番"、ジュレール家に住まわ……
すまわわわさせて頂いてるものです」
「地味に噛むな。"わ"が多い!」
「あなたは注文が多いですねっ……いたっ、ぶたないで下さいよぅ!」
「許可なく口を開くな。貴様は魔法使いの家で働く使用人か?
まさか本人ではあるまい。名前は?」
「…………」
「どうした。なぜ答えない」
僕の足元をじっとみる花嫁衣裳の女。
「…………これが、あなたのごはんですか?」
足元にちらばっていたのは雑木の枝や泥水やトカゲ。
「?そうだが、なにか問題でもあるのか?」
僕は抜き身の軍刀を女の喉下につきつけた。
「そんな事より質問に答えろ!場合によっては攻撃──むぐっ!?」
な、なんだ!?
なにかが僕の口の中に押し込まれた!
一瞬あわてて、思わず咀嚼してしまう。しまった、毒物かっ!?
しかし違った。
ヒノマル名産の穀物の甘い香りが鼻腔をくすぐる。
もっちりとした塊の中には塩で焼いた魚がはいっていて、
それが絶妙に穀物の味とからまる──
これは……おにぎり?
「どうでしょう?おいしいですか?」
僕が突きつけたサーベルからあっさりと脱出した女が、
ふわりとヴェールを砂風にたなびかせて、僕の横に立っていた。
(!?)
なんだと……ばかな、そんなはずはない!
この僕が、ここまで他人に接近を許すはずが…………!
「兵隊さんも大変だと思いますけど、たまにはちゃんとした食事を取らないと
まいっちゃいますよ。
それは、ジュレール家特製のお昼ご飯です。
まだ花嫁修業中であまり上手くないけれど、いちおうわたしが作ったんですよ。えへへっ……
──あ、申し送れました、わたくしの名はジュレール・チルティス。
ジュレール大渓谷の"門番"、三姉妹の魔女のまんなか。
"鉄の花嫁"と呼ばれております」
どうぞお見知りおきを。
そういって笑う花嫁衣裳の女。
あいかわらずバカみたいにゆるい能天気な表情だったが、
おにぎりを口にしたまま驚愕に眼を見開いた僕は、
きっとこいつよりマヌケな面だっただろう。
こうして僕とチルティスは出逢う。
最初は敵として。
最後には夫婦として。