世界は変われど人生は
イデュヒアは入学式がない。いやあることにはあるが、七歳になった子供から、順次入学するシステムだ。なので、大勢の生徒が一斉に入学するということはない。入学式と言っても普通の学校の様な大規模な式ではなく、ちょっと広めの部屋でちょっとした話がある程度だ。
そういえば、元々いた世界の自動車学校の入学式がこんな感じだったかな。ただ話の面白さはこっちの方が圧倒的に面白いぞ。しかも、スピーチの時間も子供が飽きないような絶妙な長さに調整してあるし、普通の教師からは考えられない話術だ。
「原稿はー、文章の才能がある人間が書いてるしー、話すのはー、先生の中でも一番喋る才能ある人だしー、当然の結果だよー」
横で浮いているアリミディアが、質問したわけでもないのに解説してきた。特に質問するほど気には留めていなかったが、そんなところまで才能主義なのかこの世界は。
「どんなに細かいことでもー、最も得意とする人間に任せるって言うのがこの世界だからねー。才能主義と言うよりはー、才能の使い方を徹底してるって言う方が正しいのかなー。だからー、この世界はー、唯一天界に対抗しうる能力を持つ世界かもって言われるんだー」
天界に匹敵するって、この世界にいる人間全員が神に匹敵する力があるって事か?
「んー、そういうことじゃなくてー。個人の力で見ればー、劣ってるというかー、他の世界より頭ひとつ抜けてるくらいいんだけどー、この世界の総合力がー、天界の総合力に勝ってるかも、なんだよねー。だからー、この世界と天界がもし争うような事になったらヤバイとかー、逆にこの世界から天界にスカウトしてー、新しい神様に出来るような人材が見つかるかもとかー、色々注目されてるのー」
新しい神様って、人間が神になれるのか?
「そんなに珍しいことでもないよー、君が元々いた世界でもー、元人間の神様とか居るでしょー。神様って言ってもー、下っ端ならわりと簡単になれたりするんだよー。それよりー、早く移動したらー? もう式終わってるよー?」
言われて周りを見てみると誰も居ない。いつの間に終わっていたのかアリミディアに聞いてみると、アリミディアが解説を始めた辺りからだとか。つまり俺が取り残されたのはお前のせいじゃないか。しかし、こいつにそうやって詰め寄ったところで暖簾に腕押しだし、時間の無駄だ。とりあえず、部屋を出ることにする。
「それにしても、改めて見ても、広いなここは」
部屋を出た先はホールなのだが、この場所を一言で言うならとにかく広い。一階部分だけでも野球場くらいには広いのだが、それより凄いのは吹き抜けになっている上の方だろう。高い、圧倒的に高い、天井が見えない。何百階あるんだこの施設は。入学式が始まる前に、近くの教室を覗いて見たが教室の中もそれなりに広い。地上から見上げたイデュヒアもそれなりに大きく見えたが、この中はそれを明らかに上回ってる。
「魔法やー、君の世界にはなかったような科学技術で空間を広げてるからねー。ありとあらゆる才能に対応するためにはー、それだけ色々な事を教えれる環境を整えなきゃだしー、この広さでも足りないくらいかもねー」
イデュヒアの中で習うことは基本的に決まっていない。最低限の一般常識を習うようなカリキュラムは決まっているが、それ以外は自由だ。なので、各々が習いたい事を学ぶ為に、それに対応した教室ヘ向かい、学ぶ。更には、年齢や習熟度の違いに対応するため、一つのことでも複数の教室が用意してあるのだとか。そんなに沢山教室がある中で、目的の教室へ移動するのはちょっと骨が折れそうだな。
「そうでもないよー、イデュヒアの中は至る所にワープの魔法陣が設置してあるしー、ちょっとした移動ならー、そこら中に一人乗りのホバーボードが置いてあるしー」
随分と便利な場所だな。まあ、不便よりはずっといいが。早速ホバーボードに乗り、昨日アリミディアに散々ウンチク話をされた魔法の教室に向かう。初日の今日は、魔法の基礎である四大元素についてだった。
授業は座学と実習の二つのパートに分かれていて、内容は子供向けにわかりやすかった。今日の座学は、四大元素とは何かという説明であった。うん、半分くらいは昨日のアリミディアのウンチク話で聞いたな。要は優れた魔法使いかそうでないかは、四大元素の魔法をどれほど扱えるかで決まる。だから火、水、風、土の魔法は優れた魔法使いになりたかったらしっかり練習しろという内容だった。
座学が終わり、ようやく実技の時間になる。実技、と言っても初めての今日は、既に簡単な魔法陣が用意してあり、そこに自分の魔力を注ぎこむだけで火の玉が出る魔法が使えるという、お手軽授業だ。まずは魔力を使う感覚を覚えるためらしい。早速魔法陣に手を突き、魔法を発動させようと……魔法が出ない? どういう事だ? あれ? なんか……意識が、遠のいて……
「あー、起きたー?」
目が覚めると、アリミディアが顔の上でふよふよと浮いていた。無視して周りを見渡す。全体的に白い雰囲気の部屋で、簡素なベットがいくらか置いてあり、ほのかに薬品の香りがする。どうやら保健室の様だ。
「アリミディア……俺、どのくらい気絶してた? なんで俺は気を失ったんだ?」
「気絶はほんの二、三十分ってところだよー。気を失った理由はー、君の魔力が足りなかったからだよー」
「魔力が……? 俺って魔力がないのか?」
「うんんー、君は魔力自体はそれなりにあるのー。ただー、君の魔力はー、君が自由に使えないみたいなんだよねー」
「自由に使えない? 俺の魔力なんだろ?」
「んー、詳しくはー、ここの先生が話してくれると思うよー」
訳も分からぬまましばらく待っていると、保健室の先生が戻って来た、何故か両親も一緒に。ますます訳が分からないが、俺が状況を理解するのを待たずして、先生が真剣な顔で俺に向き合って、少し躊躇いながら口を開いた。
「勇気くん、今から話す事は、君の今からに関わる大事なことだからね。帰ったら、お父さんとお母さんの言う事をよく聞くのよ?」
そう前置きされて、俺の目の前で、両親に俺が気を失った理由の説明が始まった。先生の説明は魔術初心者の俺にも分かり易く、多分この世界で生まれ育った両親には、ことの重大さが簡単に分かったと思う。
魔力というものは魔法に使うだけではなく、本来は運動能力や思考能力を強化したり、生命維持の補助に使ったりと様々な使い方をするらしい。そして、そういう使い方の中で余った魔力が魔法に使えるのだが、俺はその生命維持にほぼ全ての魔力を割いてるらしい。本当に生命維持なのかどうか、今日俺が気絶してる間にした検査では分からなかったらしいが、少なくとも俺の魔力は"何かを維持するために"、余分な魔力が出ないくらい使われているらしい。
結論を言うと、俺は自分の力では魔法を使えない。という説明だった。ああ、畜生。俺の人生はいつもこうだ。死にたくなる。