最初の転生
暗い闇の底からいきなり意識を引き上げられるような、そんな感覚。途絶えた意識を再び覚ますと、俺は薄暗くて狭い場所にいた。例えるなら壁と壁の間の様な、そんな虫が溜まってそうな薄暗い場所。俺の異世界転生、その初っ端のスタート地点は輝かしい未来とは正反対の場所でスタートした
「ここは……どこだ?」
「おーい、こっちこっち~」
ここからどうするべきか考えてると、後ろの方からアリミディアの声がした。声のした方を見るとほのかに光が差し込んでいる。俺は光に釣られる虫の様に、暗闇を突き進んでこの場所を離れた。
暗闇を抜けた先はとてもとても広い空間で、先の方はよく見えない。そのくらいスケールの大きな場所だった
「やっほ~顔を合わせるのは初めてだね凡人君」
横を見てみると、一人の女の子がそこに立っていた。ふんわりとした感じのワンピースと、その胸元に見える豊かな谷間。肩の辺りまで伸びた明るいブラウンカラーの髪は緩くウェーブがかかっていて、ところどころだらしなく跳ねているが全体で見るとむしろそれがアクセントになって可愛く見える。表情は柔らかく、丸い縁無し眼鏡を掛けた、優し目つきの、でもどこか力の抜けてる女の子。恐らくこの女の子が喋らなくとも、彼女が誰か、なんとなくわかったと思う。声のイメージ通りの女の子が、俺の目の前に立っていた
……いや立っているという形容詞は少しオカシイな。なんせ今の彼女は浮かんでいるのだ。背中に妖精の様な美しい4枚の羽根を生やして。その羽根からキラキラと光る粒子を出しながらアリミディアは地面から少し、浮かんでいた
「どうしたのー?鳩が豆鉄砲喰らった様な顔してー?何か珍しいものでも見たのー?」
「珍しいものっていうか……目の前のお前が珍しいわ!何その羽根!?確かにファンタジックな世界を所望したけど初っ端からそんなもん見たら流石にビビるわ!」
「んーこれ?綺麗でしょーこの羽根。結構エディットに時間かけたんだよ?」
「ちょっと待て!エディットは時間掛かるからヤダって言ってただろうが!自分のはいいのか!」
「私のは暇なときにコツコツ作ったやつだしー。それを今回ちょうどいいから使ってるだけー」
うん、当たり前だが見た目が美人だからといって中身がいきなり美人になるってことはなかった。まあでも美人なだけ良いか。この性格でブサイクなら確実に殴り飛ばしてる自信がある
「ところで、なんでアリミディアまでいるんだ?いくら神様が暇だからって一人の人間に張り付くのは流石に無理があるんじゃないのか?」
「あー、大丈夫大丈夫―、これは私の本体じゃないからー」
「ん?どういうことだ?」
アリミディアの説明を受けるも、難しい魔法とか理論とか使われてて正直良くわからなかった。とりあえず掻い摘んで説明してもらった事を更に俺なりに噛み砕くと、今俺の目の前にいるのはアリミディアの凄い便利な分身で、本体のアリミディアは天界にいるらしい。で、この分身がどのくらい便利かと言うと、この分身はアリミディアと常時繋がっていて、いつでも好きな時に情報を共有出来るらしい。更に都合のいい事に指定した人間以外には姿を見ることが出来ない。おまけ分身でありながら魔法もそれなりの人間レベルには使えるとか。他にも色々あった様な気がするけど取り敢えず必要なのはこのくらいだろうか
「しっかし、分身だからって……それはどうなんだろうか」
「なにがー?あと、分身じゃなくて神様専用、多目的デバイス(妖精型)だよー」
「いや、名称はどうでもいい。そうじゃなくて、問題はそのぶんし……デバイスのサイズだよ」
妖精型、と言うくせ人間くらいの大きさがある。全然小さくないっていうか大きいくらいだ。確かに可愛い女の子が横にいるのはテンションが上がるし、個人的にはその大きい胸がしっかり目立っていいと思う。だがいくら周りから見えないと言ってもこれだけの大きさだと視界に入った時に邪魔になるかもしれないし、何よりこんな大きさのファンシーな羽根が常に隣にいるのはちょっと鬱陶しい
「あー、そういうことかー。そのねー、言いづらいんだけどー、今の私は世間一般のいわゆる手のひらサイズなの。私が大きいんじゃなくてー、君が小さいんだよー」
「はいぃ?」
「えーとね、つまりこういうこと」
アリミディアが何やら魔法を唱えると、俺の目の前に鏡が出現する。魔法で物を出すとかいかにもファンタジーの世界っぽいなとちょっとテンションが上がる。だが、そのテンションはすぐに落ちた、一気にドン底まで。鏡に映った俺の姿は、蠢く二本の触覚、ちょっとケバケバしい六本足、そして何よりその特徴的な黒光りするボディ!
……うん、いわゆる主婦の天敵、ゴキブリである
「……はあぁぁぁ!?」
「あーうん、叫ぶのも無理ないよねー」
「いや待って待って!なんで人間じゃないの!?しかもなんでよりによってこれ!?」
そりゃちょっとは嫌な予感もしてましたよ、転生して人間じゃない可能性もちゃんと考えてたよ。例えモンスターに生まれ変わっても、勇者と戦って華々しく討ち死にするなら悪くないかなー、くらいには覚悟してたよ。けどさぁ……
「ゴキブリって……ファンタジーな世界にまで来てゴキブリって……」
「まあー、そうなるよねー。でもあまり落ち込んでる暇は無さそうだよ?」
「え?」
アリミディアが俺の後ろを指さす。後ろ見てみるとそこには巨大な足のような物が立って……と、俺がその存在を認識すると同時に女性の叫び声が聞こえて、気が付くと逃げる間もなく俺は叩き潰されてた。動けない身体と薄れ行く意識の中で自分を叩き潰した何かを見てみる。スリッパであった
俺の異世界転生、記念すべき一回目は剣と魔法のファンタジーな世界、そこで俺の人生、いやゴキブリ生は、剣も魔法も関係ないスリッパで叩き潰されて終わった。泣きたい