ライアー・ライアー
オリバーはじっと黙っていた。
黙って、しずかの澄んだ瞳を見つめていた。
数分後、彼は口を開いた。
「逃げるつもりは、ないよ」
「どうして?
山田の手に落ちるつもりなの?」
緑がかった金髪の頭は、横に振られた。
「そのつもりもない。
誰も傷つかない方法を選ぼうと思う」
「そんなこと・・・。
無茶よ」
しずかは目を伏せた。
この時初めて、彼女の顔に、深い悲しみが刻まれた。
「今から、ギルバート卿に相談しに行く。
秋山さんも、一緒に行こう」
*****
「異種言語、シャドウブレイク、鑑定眼、未来予知・・・。
あなた、元の世界で、見者だったのであろう?」
しずかの前に大きな水晶を置いた、老宮廷魔術師は語りかけた。
地球人は否定した。
「魔法なんて、存在しない世界だったから。
それより、金貨のことで・・・」
ギルバートは、とたんに厳しい表情になった。
「ならぬことじゃ。
国王陛下の温情にかこつけて、盗賊まがいのことをするとは!
死刑はやむをえんじゃろう」
「あたしは、盗みを働いていません。
信じてもらえますか?」
ギルバートは、彼女の額に触れ、呪文を唱えた。
すると、白い光が発生した。
「その言葉、真実じゃ。
しずか殿は、盗賊ではない」
「ありがとうございます。
でも、数日後、必ず罪が着せられてしまうでしょう。
あたしが真実を叫んだところで、皆が、幻にかかったように騒ぐんですよ」
「まぼろし?
それって、惑乱系の魔法?」
オリバーは、はっとした。
「ギルバート卿、惑乱を破る魔法は・・・?」
「ある。
しかし、難しいので、使用者が限られてしまう。
魔力の消費も激しく、最低300MP以上でないと、うまくかけられぬでな」
「おれのMPは、400以上です。
どうか、教えてください!」
オリバーは、ギルドで印刷された用紙を、魔術師に見せた。
「異世界から来たはずのオリバー殿。
どうして、異種言語理解の能力がないのに、わしらの言葉が分かるのかな?」
「ああっ!」
老人は頭をふった。
「まあ、よかろ。
この本の記述通り、唱えてくだされ。
数回やってみてもダメなら、まだムリということじゃ。
なにせ、レベルが2、なのじゃから」
「ギルバート卿、ここには、暗黒がひそんでいます」
無表情のしずかが、ぽつりと言った。
「誰だかは、今のあたしには分からないけれど。
おそらくその人物が、あたしを処刑したがっているはずだと」
「北川かな?」
「シャドウスキルは、闇属性ではないゆえ、その可能性は低い」
ギルバートは、額を抑えた。
「ここに、霊力優れた神官さえいればのう・・・」
*****
しずかは一人、自室でうずくまっていた。
あの時の、オリバーの言葉を思い出しつつ。
「やつらの陰謀を教えてくれて、ありがとう」
エメラルド色に変化した目は、まっすぐ彼女を見つめていた。
「おれは必ず、まやかしを破って、秋山さんの潔白を守る。
命を守る。
だから、決してあきらめないで」
「初めてだ」
しずかは、細くはかなげな声でつぶやいた。
いらない子扱いされない自分。
守られる自分。
こんなこと、予想もしなかったことだ。
そう考えているうちに、深い眠りに落ちて行った。
「金貨が盗まれた!」
四日後、2-4組の生徒と安藤先生が、中庭に呼び出された。
中庭の中央部分には、舞台のような台がある。
そこに衛兵隊長が、顔を赤くして立っていた。
「セオドア王子の、寝室からだ。
盗難、それも王族から盗まれるなど、これまで聞いたことがない!
おぬしら異邦人の仕業であることは、明白。
疑わしい者を、告発するがよい!」
「うそです、そんなの!」
安藤先生が叫んだ。
「うちのクラスの子は、泥棒なんてしません!」
「黙れ、女!」
傭兵らに怒鳴られ、先生は気の弱いプードルのように震えあがった。
「それはこいつだ!」
山田は声を張り上げた。
「塩村だ!
こいつは昔から、手癖が悪かった!」
「根も葉もないこと言うんじゃないわよ!
あんたがやったんでしょ、山田!」
百合絵が怒り心頭だ。
続いて、おとなしい流美までもが、参戦する。
しばらくすると、クラスの半数近くが、山田の意見に反論し始めた。
山田の白目が、真っ赤になっている。
鬼というより、悪魔の形相だ。
「秋山」
男とも女ともつかぬ声が、こだました。
「しずかだ。
秋山しずかが、盗んだ。
早く処刑してしまエ・・・!」
「ライアーブレイク!」
待ってましたとばかりに、オリバーは声を張り上げた。
瞬間的に、中庭にいる全員の声が失われた。
「ハートウィンド、出でよ、シルフィード!
誇り高き水の姉妹らと共に、彼らに過去を見せつけよ!」
流美が大きな大きな水球を高く打ち上げ、それに緑色の風がぶつかる。
その瞬間、盗みの様子が映し出された。
影と同化し、王宮中をさぐりまわっている、北川。
メイドに痴漢したり、食堂の鍋に、得体の知れぬ虫を入れたり。
彼はとある一室に入り込み、重たい袋を見つけた。
袋の中身は、金貨。
泥棒はシャドウ魔法に感謝しつつ、それを持って立ち去った。
「北川くん」
安藤先生は、乾いた声を出した。
「はっきり言うわ、あなたは、過去に数回万引きの補導歴があるわね。
でも、それは小学校のときで、中学では問題を起こしていない。
だから、てっきり信用していたのに・・・」
言った瞬間、先生は倒れた。
影魔法を駆使した北川が、先生の後ろに回り込んで、短刀を突き立てたのだ。
「へへっ、おれが見つかるかよ!」
「あんた、なんてことを!
シャドウ・ブレイク!」
しずかの声がこだまし、悪党の姿は丸見えになった。
「サンダーボルト!」
オリバーは北川に電流を投げつけ、失神させた。
すぐさま、衛兵らが捕縛にかかる。
大混乱の中、そのうちの一人が姿を消していたのに、誰が気付いただろうか?