影と歩む者
「ああ~!超腹立つ!」
「山田、いい加減にガラスをたたき割るの、止めろよ!」
「いいじゃねえか、おれには、この」
山田快人は言い、鉄パイプで窓を割った。
じっと集中してそれを見つめると、数分後、窓は元通りになった。
「リペア、修理の才能があるんだから。
にしても、塩ブタめ!」
歯ぎしりしつつ、うろうろと歩きまわる。
「あんな魔法、使いやがって!
しかも、あれ以来全く、攻撃が当てられねえ!」
「あいつら、昨日、馬車で出かけてったよ。
ギルバートじじいの、召使の赤毛を連れて」
遠藤は、食堂からくすねてきた骨付き肉を食いちぎっている。
彼の頭は筋肉で出来ているので、何の肉だかは気にしない。
「あいつをシメてみるか?
塩ブタの弱点を探るために」
「やめとけ、そんなことしたら、ここから出されるだけだ」
山田が静止した。
この男、非常に暴力的だが、後先のことも考えるずるさも持ち合わせているのだった。
「おれの魔法・・・。
治癒だけだなんて・・・」
イケメン長沢が、がっくりと肩を落としている。
心眼および、弱いながらも鑑定眼を持ち合わせている八田に、幾度となく見てもらったのだ。
「おめえ、本当は弱虫なのかもな」
八田は目を白く光らせ、歯をむき出して笑った。
治癒魔法=弱いという、貧弱な思想の持ち主だ。
「ヤクザの一人息子なんて、止めちまえばいいのに」
「ここにいる間は、止められるかもな」
長沢は、目をしょぼくれさせてつぶやいた。
「そういや、北川がいねえな。
あいつ、生きてたよなあ?」
「昨日のゆんべから、見てねえぞ。
おおかた、酒蔵でも見つけるつもりなんじゃね?」
「それとも、女の部屋で、ムフフとか・・・」
山田は、眉をしかめた。
「くだらねえ。
そこの、ションベン色の空を見てみろ!
おれら好みの、まともな女なんかいるわけないだろ」
しかし王宮のメイドたちは、彼らの中学の女子たちよりも、はるかに美人揃いだと、山田以外の四人は思った。
「奴ら、冒険者ギルドに行ってたみたいだぜ!」
突然声がこだまし、実は小心者の長沢は飛び上がった。
すぐ隣に、北川潜が立っていた。
浅黒い顔に、いやしい笑みを浮かべている。
「冒険者ギルド?
やつ、働くつもりなんだ!?」
「笠原と小清水のオンナ二人連れて。
あいつらも、鑑定してもらってみたいでよ、そろいもそろって、ダサい腕時計なんてつけてやがんの!」
「もっと詳しく教えろ」
山田は鬼の形相になり、北川を揺さぶった。
「い、いてえよ、しゃべるから、そんなに肩をつかまないでくれよ!
塩ブタ、あいつ、人間じゃないみたいなことを言われてた」
「ブタだろ」
遠藤が骨をなめつつ、うなずいた。
「フハハ、そうじゃなくってさ。
人間族が扱えない魔法を持ってるらしい。
で、鍛えれば、国一番もしかして、今の時代で一番の風使いになれるって」
「風使い?
それって、そんなにすごいのか?」
「強くなるかどうかは、塩ブタ次第だってさ」
「で、あとの二人は?」
「笠原と小清水は、まだレベル1のまま。
笠原が防御術に長けていて、小清水が水魔法持ち。
これから鍛えれば、どんどん伸びるって」
「おれらも、ギルドで鑑定してもらうか?」
長沢はもごもごと言った。
この男、治癒魔法だけしか持ってないのを、そうとう気に病んでいるようだ。
「それより、これで、遊びに行かないか?」
北川は話をさえぎり、テーブルの上に、金貨をぶちまけた。
20枚以上はあるだろう。
山田の獰猛な目は、見開かれている。
「お前・・・、これ、どこで手に入れた?」
「さあね。
でも、決して見つからないさ。
おれのものになったんだ、みんなで楽しもうぜ。
どうせ、ゲームの中なんだからよ」
「火傷で苦しんだり、目の前で人が死ぬゲームが、どこにあるんだよ!」
長沢はそううめくように言い、遠藤に思い切り殴られた。
*****
「塩村」
オリバーが自室に戻る途中、女子が声をかけた。
秋山しずかだ。
その小さな顔は、仮面のように無表情で、なんの感情も表わしていない。
「ここから出て行って」
「は?」
オリバーは首をかしげ、推定身長148センチのしずかを見た。
この女もまた、いじめに関わっていたのか、と。
「いじめじゃない。
でもあんた、ここじゃ危ない」
「何を言いたいんだ?」
しずかは、周囲を見渡し、低い声を一層低くした。
「あんたの部屋、入っていい?」
「北川が、王宮の金貨を盗んでる」
部屋に入るなり、彼女は言い始めた。
「あいつは、シャドウ系のスキルをもらったみたいで。
他人の目の前で、堂々と盗みを働くことができる。
でも、あたしには効かない」
オリバーは黙って彼女の話を聞いた。
「あたしは、異種言語理解の他、シャドウブレイクの能力をもらった。
だから、あいつの術に惑わされることはないの。
それで・・・」
北川が馬車に乗り込み、冒険者ギルドについて行ってしまったこと。
オリバーを妬む、山田らがひそかに、事故に見せかけた暗殺計画を立てていること。
しずかは意外なほどしゃべり、そして黙りこくった。
「あたしは、金貨泥棒の罪を着せられ、近々、処刑される。
でも、あんたはここから逃げて。
この城には、闇がとりついてる!」