安藤先生の日誌 ①
転移後0日
私はもう、死んでいるのかもしれない。
もしそうであったなら、楽なのに。
でも、体の打撲痕や切り傷、運動不足からくる筋肉痛は、まぎれもなく、まだ生きていることをあらわしている・・・ハズ。
今日、私は、受け持ちのクラスの生徒24人と一緒に、ここモルガニウムという世界に強制転移してしまった。
文字にすると、バカみたい。
でも、真実だった。
私はなぜか気絶してしまっていた。
気付いた時には、火傷と煤だらけの生徒と、大きな黒竜の死骸が見えた。
なんでも、いきなり襲いかかってきたんだそう。
亡くなった生徒もいた。
24人中、6人も。
ああ、もうPTAに吊るしあげられるどころではない。
懲戒免職処分だろうな。
管理不行き届きで、損害賠償も請求される。
人生真っ暗だ。
教師なんかにならなければよかった。
そんなことを考えているうちに、奇妙な集団が来た。
重装備に身を固めた、兵士三十人。
その先頭には、深紫色のローブを着た、髪もひげも白い老人だった。
聞いたことのない言葉で、話しかけてくる。
外国語、それも、昔の英語かドイツ語っぽい感じに聞こえた。
老人の言葉に、三人の生徒が受け答えした。
一人は、一条慎太郎。
医者の息子で、非の打ちどころない優等生。
学級委員をしていて、面倒見がいい。
二人目は、秋山しずか。
心理学者の娘だけれど、家庭の事情で、母方の祖父母と暮らしている。
問題のない生徒だけれど、おとなしすぎて、ミステリアスな印象。
三人目は、塩村織葉。
児童施設から通学する、問題児。
いじめられっ子。
運動も勉強も不得意で、これといった長所はなし。
英国とのハーフらしいけれど、日本人にしか見えない。
この生徒が、とんでもない変化をしていた。
髪はいつのまにか黄緑色になり、目は青緑に!
いじめられっ子なのに、女の子を数人従えていた。
「では、異世界言語理解のまじないを施しましたぞ」
老人は言い、残りの生徒と私は、言葉が分かるようになった。
「テラ・スターの皆さま、ようこそおいでなさいました」
「おいじじい、ふざけんじゃねえぞ!
おかげでこっちは、化け物に襲われて、数人死んじまったんだぞ!」
山田快人が、怒鳴り散らした。父親の権力をカサに着る、厄介な生徒だ。
老人(ギルバート卿というらしい)はお辞儀した。
「まことにゆゆしき問題でございますな。
数日前、この場所に、星の涙が落ちまして」
「ほしの・・・涙?」
「さよう。
それは、異世界との通り道を作るという性質があるのです。
あなた方は、たまたま、乗り物ごと吸い寄せられ、そこを通って、ワシらの世界に来なすったのです。
星の涙は、テラ・スターにつながっていたのじゃなあ・・・」
「それで、私達は、どうやって元の世界に帰れるのですか?」
ギルバートは、たちどころに黙った。
「また・・・星の涙が降れば」
「いつ?」
護衛の兵士たちが、そわそわしはじめた。
ギルバートはゆっくりと顔を上げ、言った。
「次の星の涙は、早くて800年後ですじゃ」
というわけで、2-4組の生徒18人と私は、ここモルガニウムにいなければならなくなった。
ほとんどの女子生徒は泣き、男子生徒は怒ったり、呆然としていた。
一つ言えることは、私の教諭としてのキャリアは、完全に終わったことだ。
ギルバートの厚意で、城下町・アッシュクリフに招かれ、無期限で城の下層に住まわせてもらっている。
「問題行動を起こしたならば、城およびアッシュクリフから追放いたす」
衛兵隊長は、山田たちをじろりと見つつ、大きな声で伝えた。
しばらくは、彼らもおとなしくなるだろう。
まさか、宿泊学習に行く途中で、こんな災難に遭遇するなんて!
おのれの不運が、恨めしいばかりだ。
追伸:
いじめられっ子だった、塩村が、随分と生き生きしている。
学校内で、ああいった表情が見てみたかった。
それにしても、さっきから、ギルバート卿と何を話しこんでいることやら。




