節約と物欲の関係
「ガスベラス。
商業とカジノの街、かぁ」
オリバーはつぶやき、ショーウィンドーに飾られた、魔法道具を眺めた。
「一番安くて、値段9500モル。
とてもじゃないけど、手が出ない」
「パンも一本、130モルだし!
ちょっと生活費が高すぎるよね」
ユリエもうなずいた。
「どうする?
かなり節約しないと、目減りしちゃうよ」
「とりあえず、働くでし。
あとは、外食をしない、とか」
「余計なものを、買わないようにするわ。
でも、アッシュクリフと比べて、モノが豊富よね~」
ルミは、きょろきょろと周囲を見渡し、金持ちのオーク夫人を見て、ため息をついた。
夫人は、白絹のドレスに同色の扇子を持ち、黒髪を金の紐でまとめ、大きな豪華な馬車に乗り込むところだった。
「全然大したことない、ですわ。
なにせ、野蛮なオークの街ですもの」
エルフのセラは不平を言い、小さな口をへの字に曲げた。
「アンジェを見つけたら、すぐに出ていきましょう!
こんな所、二度と来るもんですか。
どうせ、変なことして儲けてんですわ。
ちょっと豪華だからって、何がうらやましいのでしょう?」
「も、もちろん、その通りにするよ。
生活が持たないからね」
(エルフとオークって、やっぱり仲が悪いんだな)
オリバーはそう思い、エルフの整った横顔を見つめた。
(そういえば、セラっていくつくらいなんだろう?)
「ちょっと、ルミ!
あれ、見てよ」
ユリエは興奮した声で叫び、向かい側の店を指差した。
「ああ、一口でいいから・・・。
食べたい!」
「神様お願い!」
それは、菓子屋だった。
白ペイントに、金のツタ模様を施した、しゃれたデザインだ。
ショーウィンドーには、クリームたっぷりのケーキや、色とりどりのマカロンが飾られている。
「あらら、食文化は、オークの圧勝みたいね。
アッシュクリフでは、こんなの見たことがないわ」
「仕方ないでし。
レイモーン国では、砂糖がほぼ手に入らないでし。
甘味は、遠くアールヴハイムから来る樹蜜か、蜂蜜だけでしゅから」
ユリエの何気ない一言に、セディは反論した。
(やっぱり、生まれ故郷が一番だと思ってるのね)
セミロングの少女はそう思い、素朴な帽子を脱いだ。
「まあ、ともかく、ここ暑いわ。
アッシュクリフの涼しい気候が、懐かしくなっちゃった。
セディの教えてくれた魔法、大活躍だね!」
犬耳王子の青い目が、きらっと輝いた。
「ラバンドルでしゅね。
あれさえあれば、皮脂と垢、埃がとり除けるでし」
「酷い汚れは、洗わないとダメですわ。
泥とか、血液とかは・・・。
でも、やっぱり、バスタブに浸かるのが一番ですわね」
「そっかあ。
ここって、お風呂屋とかあるのかな?」
セラは嫌な顔をしつつ、答えた。
「ありませんわ。
だって、オークに入浴の習慣がないのですから」
ルミは、鼻を押さえた。
「お風呂に入らないの?
汚い、くさい!」
「使える水が、足りないんでしゅよ」
「だって、来る途中、大河が見えたわ!
そこから水道を引っ張って・・・」
セディは首を振った。
「水質が悪くて、使えないんでしゅ。
たぶん、長く浸かったら、皮膚炎になるでしゅね」
「どうして?」
「水質管理がなされてないんでしゅ。
気付かなかったでしか?
青臭いにおいが漂っていたでし」
「金、金で、肝心な環境対策まで手が回らないのね」
ぼそっとルミが締めくくった。
エルフがうなずく。
「その通りですわ。
金メッキが施された、劣化鉄みたいなものです。
やがて、メッキがはがれたら、どんなふうになるか・・・」
*****
「ここ、絶対住みにくいわ」
木賃宿の地下一階で、ルミは不満をぶちまけた。
「宿の値段が、アッシュクリフの2倍だなんて。
食費も高い、飲料水も高い。
嫌になるわ」
「そりゃ、ルミ、あんたが、アレを買っちゃったから・・・」
ユリエはぼそっとつぶやき、親友を横目で見た。
ついでもって、木賃宿の地下室は、格安である。
五人一部屋10モルという、破格の安さだ。
しかし、治安が悪く、おまけにシックマウスまで出現する可能性がある。
男女別室を提案するオリバーを説得するのは、簡単でない。
しかし、安全上仕方がなかった。
「高かったけど、絶対に役に立つはず。
本当は、サトウキビの苗を買いたかったんだけど」
「サトウキビは、レイモーン国に持ちこみ禁止でし。
見つかったら、金貨3枚の罰金でしゅ」
板きれで築いたバリケードの向こうから、犬耳王子の声がした。
狭い部屋を、二つに分けて、寝ているのだ。
ナップサックを撫でつつ、ルミは言った。
「コショウにナツメグ、ニンニク、ショウガ。
バニラにシナモン・・・。
覚えたての魔法・グリーンサムを試すの。
肉料理の幅が広がるわ」
「砂糖があればね・・・。
セディ、どうして、レイモーンは砂糖を輸入しないの?」
オリバーは不思議そうに聞いた。
「ランゴヴァルトは、もとはレイモーン国の属領だったでし。
でも、70年前、レイモーンはヒベルニアと戦争して、負けたでし。
その際、ランゴヴァルトは独立して、ヒベルニアの影響下に入ったでしゅ」
「経済制裁されているんだね」
「ううん、経済制裁をしているんでしゅよ、レイモーンが。
砂糖で潤っている国だから、レイモーン国民の消費が落ちると、かなり収益にダメージがあるのでしゅ」
「へえ、レイモーンに依存してたんだ。
じゃ、セディの国の人は、もともとはかなりの甘党だったのね」
ユリエは納得した。
「政治の問題とはいえ、甘味料が手に入りづらくなったなんて。
国民がかわいそうね。
菓子職人は、みんな失業、か」
「ね、セディ。
ランゴヴァルトは、ヒベルニアに砂糖を輸出していないの?」
ルミは質問しつつ、古文書に目を通し始めた。
魔法の勉強を欠かさないのだ。
「さあ、ヒベルニアについて、をれは知らないことが多いでし。
あそこは大国で、魔法立国。
金にこすっからく、うちの国はさんざんな目にあったでし。
今度行ってみるでしゅか?」
「ルミ様、買ったその種、どこに植えるおつもり?」
エルフのセラが、具体的なことを聞いてきた。
「土地が手に入ればいいのだけれど・・・。
当面はムリだわ。
でも、種だけ用意しているの。
他の街では、手に入らない種類だろうから。
お金をためて、いつか、土地を借りるなり買うなりできればいいな。
特殊な魔法を施してあるから、50年間このままでも、発芽率に問題はないらしいわ。
魔法に感謝ね」
「シュガービート」
ぼそりと、オリバーはつぶやいた。
「え?」
「ううん、何でもない。
もしかして・・・、って思ったんだ。
もう寝よう。
明日の朝、ザップさんとギルドで待ち合わせだからね。
フラタニティの連中の動きを、調べているらしいから。
事前に、解放できるといいんだけど。
そうだ、ユリエとルミに聞かなきゃいけない」
彼は、がばっと上半身を起こした。
「中島・・・ヒナノさん、だっけ?
彼女って、どんな人なの?」
「ええっ?」
「あれ?」
彼女らは同時に声を上げた。
「おれ、クラスの女子に嫌われてたからさ。
あまり、誰さんがどうのこうのって、知らないんだよね。
どんな子なの?」
「実は、私も知らないの」
ユリエは言った。
「ルミは?」
「小学校6年の時、同じクラスだったわ。
顔と名前は知ってるけど、性格は分からない。
お話したことないし、彼女、中学に入ってから、一度も登校していないみたいね」
「ええっ!」
オリバーのエメラルド色の目が、瞬時に大きく開かれた。
「ひきこもりなの、中島さん。
たまたま宿泊学習に来た時に、転移しちゃったのね」




