オリバー、圧倒される
石造りの古びた建物。
あちこちひび割れ、おまけにカビやらコケやらが生えている。
「もしかして、コケをアートにしているのかしら?」
「ハハハ、面白い人間の子だな。
んなわけないよ、ここはこういった街なんだ」
ユリエの言葉を受け、青肌オークのザップは、笑った。
「他の国から来た連中は、たいてい驚く。
なにせ、ここ、ガスベラスは、商人の街だからな。
金がすべて、だ。
金さえあれば、何でも買える。
奴隷でも、地位でも、とにかく考えられることのすべてをね。
値打ちのないと思ったら、1モルも払わない。
寄付なんてするオークはいないぜ。
ガスベラス人にとって、自分の財布が神だからな。
だから、ギルドはこの有様だ」
「つまり、ギルドが役立たずだってこと?」
オリバーは心配になった。
金を稼ぐ手段がなくなっては、大変だ。
(セラの妹を解放したら、すぐに出ていくべきだな)
ザップはゆっくりと頭を振った。
「そんなことはない。
ギルドにゃ、依頼がたくさん舞い込んでいる。
そう、街の治安維持にも、冒険者が一役買ってるんだぜ」
「え!
衛兵は、働かないの?」
「おいおい、さっきの門番を見れば、分かるだろ。
この街では、怠惰は衛兵の得意技だからな。
あと、気をつけろよ。
オークの女は、恐ろしいぞ」
そう言い、薄汚いギルドのドアを開けた。
「ごきげんよう、マ・ドンガ!
今夜はもう、ラム酒をひっかけたかね?」
「ふん、慣れない敬称で呼ぶんじゃないよ、この青むくれ!」
がさついた声がこだました。
正面カウンターには、緑色の魔物が立っていた。
身長は、やはり2メートル近く。
プロレスラーのようにがっしりしている。
極度に露出の多い服を着ているが、もちろんセクシーさのかけらもない。
頭はほとんど剃っており、赤く染めたモヒカンだった。
(もしかして、男?
ニューハーフ?)
しかし、胸元の豊かさと腰のくびれは、まぎれもなく女性であることを示している。
オリバーは目のやりどころに困った。
「なんだね、このガキどもは?
さっさと出ていきな、ここは孤児院じゃないよ!」
「ドンガ、こいつらは、冒険者なんだ。
さっき、ガスベラスに着いたばっかりで・・・」
ギルド支部長の、黄色い目が、オリバーたちをねめつけた。
そして、一言。
「ガキにやる仕事なんて、ないよ」
「お黙り!ですわ」
セラが声を上げた。
ダークエルフとオークが、にらみ合っている。
「まったく、脳筋のオークには、困ったものですわね。
わざわざ、こんなむさくるしい犯罪都市に来てやったのに。
その下品な態度は、何ですの?」
「ちょ、ちょっと、セラ!」
ユリエとルミが、あわてている。
ドンガの黄色い目が、射抜くようにエルフを見る。
エルフは、さも見下したような目線で、緑色の女を冷たくにらみすえる。
「どっちもこわいでし。
オリバー、気をつけるでしゅよ」
セディがひそひそと、オリバーに耳打ちした。
しばらくして、ドンガは話し始めた。
「ふーん。
なかなか骨のあるエルフじゃないか。
例に違わず、軟弱者の弱虫かと思ってたよ。
ま、それくらい生意気じゃないと、ここガスベラスでは生きていけないからね。
よし、一肌脱いでやる。
どんな仕事を探してるんだ?」
「ドンガ、とりあえず、ここの2階にこいつらを泊めてやってくれないか?」
女オークは笑い始めた。
「どうしてどうして!
青ボーズ、随分とこいつらに肩入れしてるじゃないか!
・・・まあ、いいさ。
2階は、ダメだよ。あいつらが予約入れたからね。
屋根裏なら、好きに使ってくれていい。
ああ、問題を起こしたら、首根っこをへし折ってやるからね」
「ありがとう、マム」
オリバーは礼を言った。
「問題を起こすつもりは、ありませんから」
「ふん、マムなんて、ヒベルニア風に呼ぶんじゃないよ」
ドンガは口を曲げた。
「ごめんなさい。
私たち、ここモルガニウムの出身じゃないんです。
だから、歴史に疎くて・・・」
ドンガの顎が、がくっと落ちた。
「何言ってんの、このガキどもは?」
「おれも初耳だ、なにせ、さっき出会ったばかりだからな」
ザップは困って、両手を上げた。
「とにかく、話を聞かせてくれ。
どうして、ランゴヴァルトに来たんだ?」
*****
「・・・というわけですの。
妹も、この街のどこかにいるかもしれなくって」
セラは話し終わり、目の前の青い男をじっと見た。
信用できるかどうか、いまだに不安だった。
「なるほど。
確かに、ここランゴヴァルトでは、奴隷制が合法だ。
しかし、それは、外国の犯罪者のみに適用される。
奴らには、錨型の焼き印が押されてるはずだ」
「でも、ダーク・フラタニティは、不法に少女を誘拐し、人身売買をしているんです」
ルミも説明した。
「私たち、ソウル・クラッシュの洞窟で、売られそうになっていた少女らを解放しました。
でも、数人がすでに、ブルーノーズの街に送られてしまって。
そのうちの一人が、セラの妹さんなんです。
アッシュクリフのギルド支部長が言うには、ここの奴隷市に出されるかもしれないって・・・」
「収穫の月の奴隷市は、一年で最も盛大なものだからな。
確かに、各国の奴隷が集められてくるが・・・。
ううむ、なんとも言えんな」
「奴隷市は、いつですか?」
「三日後の8時、黄金地区で開催される」
「黄金・・・ですか、すごいネーミングだ」
オリバーは、圧倒されつつつぶやいた。
ザップはため息と共に、説明してくれた。
「奴隷たちの売買で、数億モルの売買がなされるからな。
あと、カジノもたくさんあるし。
子供は、賭け事に手出しするなよ!」
「このオーク、やたら良識があるでしゅ」
またもや、セディがこそこそささやく。
「肌の色も、他のオークと違うでし。
これには、なにか深い訳が・・・」
「まるっきり聞こえているぞ、犬耳小僧」
ザップは腕を組み、ちらりと元・王子を見た。
「それよりも、不法な人身売買を、どう摘発するかが問題だろう?
ちゃんと話に集中しろ」
「地獄耳に、怒られたでし」
セディは犬耳をしおらせ、つぶやいた。
*****
「昔の友人を思い出すぜ」
曇った夜空を見つめながら、ザップはつぶやいた。
ここは、うらぶれた酒場の2階ベランダ。
周囲に客は、彼一人を除いて、誰もいない。
青いオークは、杯に入ったウィスキーを揺らした。
「まさか、風詠みに出会う日が、再び来るとはな」
つい、おせっかいを出してしまった。
自分の、老婆心が面白おかしいザップである。
「それはそうと、ありゃ、でかい問題になる」
不法な人身売買。
ダーク・フラタニティ。
さらわれた中に、エルフがいるという。
「確かに、あの組織はワルだが、すぐばれるような仕事にも手出しするようになったのか?
やつら、せいぜい、エピキュールの密売か、砂糖の横流し専門だったはず。
それを、人身売買とは・・・」
青い眉間に、しわが寄る。
「こりゃ、お子ちゃまたちには、手に負えない問題になりそうだぜ」




