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オリバー・スウィフト異世界にいく  作者: 六文字白魔
第一章 旅の始まり・草原の風
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安藤先生の日誌 ②

 転移後 30 日



 たぶんこれは、夢なのだ。

 生徒にけがを負わされ、バラックで寝かされていたのも、まぼろし。


 その後、スラムに行って、他の生徒同様に、ゴミをあさったのも。

 親切な女性のつてで、酒場で下働きしているのも、みな、まぼろし。

 

 でも。


 鏡の自分は、自分でないような様子だ。

 長い粗末なスカート。

 茶色いブラウスに、これまた粗末な帽子。

 食べ物商売なので、エプロンだけは白く清潔だ。


 「おい、キョーカ!

 客がおかんむりだ、早くエールを持ってこい!」


 マスターの声が響き、私は現実に戻される。


 「は、はい、ただ今すぐ持ってきます」


 「ははは、異界人は、手際が悪いぜ!」


 ガラの悪そうな男らが、野次を飛ばしてくる。

 

 悪夢なら、終わってほしいのに。

 私は目が熱くなり、逃げるように地下室に行った。


 「よお、小僧!

 赤ひげ先生は、元気か?」


 「はい、でも、夜になると、蜂蜜酒を欲しがって怒鳴るんですよ。

 困っちゃってさ」


 知っている声が聞こえてきた。

 階段を上ってみると、案の定、私の元・生徒だった。

 長沢大黄(だいき)

 母親が再々婚して、よく苗字が変わる生徒だ。

 今の父親は、たしか、その道の人だったはず。

 もともとはおとなしい彼と、合うはずはない。


 「すいません、蜂蜜酒を2本ください」


 「2本で10モルだ。

 ほら、持ってけ。

 あと、料理はどうだい?

 店に新人が入ってな。

 まだ仕事の手際は悪いが、料理はかなりの腕だ。

 おい、キョーカ!」


 マスターは、人の心も知らずに、怒鳴った。


 「せ、先生?

 ここで働いてんっすか?」


 案の定、長沢はびっくりしている。


 「だって・・・。

 もう、帰れないでしょう。

 生活費を稼ぐためには、働かないとね」


 その時の私は、たぶん、老けてやつれて見えただろう。

 化粧品もないのだから。


 「長沢君、お医者さんのところで働いてるんだっけ?」


 「医者?

 ここでは、ヒーラーって言いますけど。

 うん、赤ひげ先生のもとで、勉強しています。

 昨日なんか、6人の冒険者の傷を連続で治したんですよ。

 魔力切れで、倒れるかと思った。」


 彼はヒーラーを示すらしい、白色のゆったりしたローブを着ている。

 頭には、同色のフードを被り、もはやかつての長沢には見えない。


 「先生、他の連中は?」


 「ほとんどが、近郊の農場に働きに行ってる。

 一応、衣食住には困ってないみたいね。

 人間、ぼろを着てお粥をすすっていても、なんとか生きられるもの」


 「オリバーたちのこと、知ってる?」


 「冒険者になって、大活躍と聞いたわ」


 「じゃ、山田たちのことは」


 私は答えに詰まった。

 あの生徒がいなければ、教師として胸を張れたのに。


 「残念ね。

 牢屋に行ったきりって・・・」


 長沢は、厳しい目に変わった。

 自分よりずっと年上のような感じだ。


 「先生、しっかりしてください!

 あいつは、脱獄したんですよ!

 そして、おれに襲いかかった」


 「え!」


 「オリバー、塩村たちにも、危険が迫ってんです」


 「そ、それで、どうするつもり?」


 「知りたいですか?

 もしそうなら、明日の早朝4時に、アッシュクリフの裏門にある、馬屋にまで来てください」


 私はうろたえた。

 教師としてもダメだし、大人の女としてもダメだ。

 突然の環境の変化に、まったく対応できない。

 たいして、生徒たちは見事なものだ。


 「そういえば、一条君の姿が見かけないんだけど」


 「ああ、委員長か。

 あのメガネは、何をやってるか知らない。

 でも、4日前、大通りで見かけました。

 貴族が着るような、豪華な服を着て、りっぱな馬車に乗るところを」


 「働いて・・・いるのかしら?」


 「さあ。

 出会っても、話してくれないから分からないっす」


 一条慎太郎は、なにか悪さをしていなければいいのだが。



               *****


 酒場『メリー・コック・ロッチ』は、昼の11時開店だ。

 だから、午前中はのんびりとしていられる。


 私は、長沢に言われた通り、馬屋に行った。


 そこには、塩村と笠原、小清水の3人の生徒がいた。

 あと、エルフの少女と、犬耳の男の子が。


 「せ、先生?」


 笠原ユリエが、驚いたように声を上げた。


 「ユリエ、静かに。

 山田が傍にいたら、危ないわ」


 小清水ルミが、注意した。


 「でも、大丈夫でし!

 生命探知機によると、をれらしかいない」


 犬耳の男の子が言い、エルフがほほ笑む。

 

 異世界にいるんだと、実感した瞬間だった。


 「よし、荷物は軽量化の呪文を施したから、背負っていけるくらい軽いよ」

 

 塩村織葉・オリバーは明るく言った。


 「あれ、先生ですか?

 どうしたの、こんなところで」


 私は戸惑った。

 かつての生徒たちのようで、まったくの別人に見える。


 「別の街に行くって聞いたわ」


 「はい。

 山田が脱獄して、悪さをしているみたいですから」


 「これを」


 私は、彼らに布袋を渡した。

 彼の目が、丸くなる。


 「パンにチーズ、干しブドウ、麦茶の瓶まで・・・!

 先生、これ、どうしたんですか?」


 「酒場で働いているから、ある程度の食糧は持ちだせるの。

 ごめんなさいね、担任なのに、こんなことしか出来なくて。

 これぐらいの量なら、5人でも持つはずよ。

 気をつけてね」


 「先生来たか」


 長沢が現れた。

 髪がくしゃくしゃだ。


 「わりぃ、少し寝坊しちまった。

 でもよ、オリバー、吸血症候群の免疫ができたって、本当か?」


 「分からない。

 今のところ、血は欲しくないよ。

 でも、暗い所になると、よく見えるんだよね」


 オリバーはつぶやいた。


 「セラ、本当にごめんね。

 ヴァンパイアになりかかっていたとはいえ、きみの血を・・・」


 「オリバー様が無事なら、うれしいですわ!」


 美人エルフは言い、周囲の目も気にせずに、オリバーにくっついた。

 笠原と小清水の目が、冷たい。

 どこの世界に行っても、女というのは変わらないようだ。


 「気をつけて行けよ。

 ほら、これ、ポーションだ。

 疾病退散と、解毒用が、多めに入ってるぜ

 もちろん、体力と魔力回復用も、たくさん。

 おかげで、錬金術のレベルが上がりまくり!」


 長沢は、彼にナップサックを渡した。


 「ありがとう。

 長沢、おまえも気をつけるんだぞ。

 山田たちは、執念深いから」


 「おれは大丈夫だ。

 自分で自分を癒せるから。

 仮に、そうでなくても・・・」


 長沢はさびしい笑みを浮かべた。


 「何かあっても、それはおれの責任だからな」


 馬車はゆっくりと動き出した。

 とうとう最後まで、どこに行くのかと、聞くことができなかった。

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