ランゴヴァルトへの道
山田に襲撃された後、皆は急いで大聖堂に駆け込んだ。
長沢は、例のポーションを、オリバーの口に注ぎ込んだ。
半ば吸血鬼化した彼は、恐ろしい形相で彼らをにらみ、口をよじらせて悶絶した。
「この顔を見たら、山田たちもビビるかもな」
吸血鬼もどきに咬まれぬよう、注意しつつ、長沢は苦笑した。
オリバーには、まだ金縛りが効いており、攻撃される恐れはない。
「や、山田ァ・・・!
ウウウッ、ゴヒッ!」
オリバーは真紅の目を剥き、うなり声を上げた。
口はくわっと開き、白い牙が露出する。
「こ、こわい!」
ルミは思わず、ユリエの手を握り締めた。
「もうおしまいよ、塩村君、ヴァンパイアになっちゃったんだわ」
「オリバー!」
ユリエは、赤目の耳元で怒鳴った。
「この、おバカ!
セラの血を吸って、仲間をダウンさせちゃうなんて!」
パコンと、グリーンブロンドの頭を殴る。
「い、痛ァ・・・。
この、石頭!
手がはれちゃったじゃないの!
山田が、あんたをいじめまくってた山田が、脱獄したんだよ!」
「脱獄かなぁ?
何か、嫌な予感がするけど・・・」
ルミは口ごもった。
「今はそんなの、どうでもいい!
とにかくオリバー、山田たちが、自由の身になってるよ。
そして、長沢の肩を刺したんだよ!」
少年の赤い目が、改心したいじめっ子に向けられる。
「そう、遠藤にやられた。
でも、おれはヒーリングできるからな」
皮肉っぽい笑みを浮かべる。
「で、オリバー、奴らは、おまえのことも狙っている。
ユリエとルミのことも。
こんなところで、赤目を出してないで、仲間をつれてさっさと逃げろ!」
「ナガサワ、オマエはどうするでしゅか?」
ぼんやりと、セディはきいた。
「さっきから、考えてたでし。
ヤマダの、あのサークレット。
まさか、兄者が・・・」
そう言い、口をつぐむ。
「アアアッ!
熱ィ、体が、裂けル!
苦しい、どうか、楽ニしテ!」
オリバーは身をよじらせた。
「いいえ、そうしませんことよ」
「セラ!
あなた、もう大丈夫なの?
もっと休んでないと・・・」
突如として部屋に入ってきたエルフは、しかし、歌を歌い始めた。
セディの持ってきた、古文書を見ながら。
「いとしい風、わたしの風。
いかなる場所へ赴こうとも、忘れはしない。
緑の瞳、きらめかせて。
翼の生えた足で、たゆとえ。
空はすべて、あなたの居住地。
翼竜たちは、すべてあなたの仲間。
悩むなかれ、笑えや風詠み。
大地の隅まで、なでゆくその日まで」
古風で面白みのない歌が終わった時、オリバーの目は閉じられていた。
安らかな寝息を立てている。
「薬が効いたのか?」
「セラのおかげでしゅね。
オリバー、大きな借りを作ったでし」
長沢とセディが、こそこそと話をしている。
ルミはため息をついた。
「これで、人間に戻ってくれればいいんだけど」
「もう夜の9時。
ひとまず今日は、休むとしましょう」
ユリエはそう締めくくり、皆は病室を後にした。
*****
「そんなことがあったのですか!」
セディの話を聞き、エルフのセラは驚いた。
「ひどい!ひどすぎる!
もし私がそこにいたら、その変な女を、とっちめてやるのに」
ユリエは顔を赤くし、毛布をぶん殴った。
ここは、オリバーの病室。
椅子をすべてどかし、毛布を貸してもらって、ここで寝ることにした。
長沢は、彼らを心配しつつも、スラムに帰って行った。
明日、また来るという。
「でも、いいんでしゅよ」
セディはにっと笑った。
「あそこに、をれの居場所はなかったでし。
これからは、自分の力で生きていくでし。
にしても、オリバー、危ないでしゅね」
「一刻も早く、ここアッシュクリフから出ていかないと。
山田たち、随分いい身なりだったわね。
もしかして、偉い人に見込まれて・・・」
ルミは眉を寄せつつ、考え込んだ。
(まさか、王族の人たちが、山田を・・・)
しかし、セディに遠慮して、口をつぐむ。
勘当されたとはいえ、家族を悪く言われれば、傷つくはずだ。
「オリバー様、お顔が元に戻っていますわ」
セラは、少年の寝台に座り、彼の髪に触った。
ユリエは横目でじろりと見、言った。
「セラ、またそんなことしてると、血を吸われるよ。
もしかして、あなたが吸血鬼になるかもね」
「大丈夫。
ダークエルフは、吸血症候群に耐性があるのです」
セミロングの少女の口は、あんぐり開いた。
「ダークエルフ?
あなた、ダークエルフだったの?」
セラはうなずいた。
「ええ。
自己紹介の時に、言うべきでしたね。
私達の言葉で、デック・アールヴと言いますけど」
「どこがダークなの?
肌なんて、私たちよりも白いし」
「髪の毛です」
セラは自分の栗色の髪を触り、続けた。
「ああ、異世界の方ですから、ご存じないのですね。
エルフは、銀髪の種族と、ダークヘアの種族の2系統に分かれています。
エルフの髪は、抜けたり色が変色したりしないので、どちらの種族か、すぐ分かってしまうのです」
「セラの髪の毛、とてもきれいだわ。
そういえば、妹さんがいたのよね。
妹さんも、同じ色なの?」
ルミがきいた。
「いいえ。
妹の髪は、燃えるような赤毛です。
セディ様の髪よりずっと赤くて、ほとんどオレンジ色ですわ」
「似てないのね・・・。
ダークエルフなのに、赤毛なの?」
セラは微笑した。
口元が美しいせいで、余計に美人度が増す。
「いいえ。
妹は、アンジェラっていますが、彼女はハーフエルフです。
獣人族と、ダークエルフの。
きっと、獣人のお父様に、強く似たんでしょうね」
「ええっ!」
眠たげだったセディは、一瞬にして目を大きく開いた。
「セラも、獣人でしゅか!」
「いいえ。
アンジェも私も、捨て子だったんです。
それを、シェーヌの村の、ダークエルフが育ててくれたんです。
血はつながってなくても、妹は妹ですから」
「・・・いろいろあるんだねえ」
ユリエはため息をついた。
「そういや、明日はギルドで稼ぎに行かないとね。
もう、お金が底を尽きかけてるから。
ああ、持ち家がある人が、羨ましい」
次の日、ギルドに行ったユリエたちに、運命の女神がほほえんだ。
「匿名なんだけどね、これ」
キティはささやき、彼女らに、金貨の詰まった革袋を渡した。
「フラタニティをとっちめて、娘さんたちを返してくれたお礼よ。
娘のうちの一人が、とある有力者の子女でね」
「これは・・・。
ええっ、金貨25枚も!」
「一人5枚で分配ね。
まあ、あなたたちは一人が全部を、ガメることがなさそうだから、まとめて渡したけど。
オリバーはどう?」
ルミはにっこりした。
「今朝早く、目を覚ましました。
元に戻ってくれたみたいで」
彼の目は、元通り、エメラルド色に戻っていた。
かつてないほど、体調がいいらしい。
「そうなの、よかったわ。
そういえば、この街から出ていくって言ってたわね。
行くあてはあるの?」
「セラの妹を探しに、ブルーノーズに行く予定ですけど・・・」
キティはしばらく考え、そして言った。
「さっき、冒険者の連中と話してたんだけど・・・。
ランゴヴァルト公国で、来月のはじめに、大規模な奴隷市があるらしいわ。
もしかして、誘拐された娘たちも、そこに連れられるんじゃないかしら?」
「ランゴヴァルト?
あの、野蛮だという、オークの国で、ですか?」
エルフのセラが、嫌な顔をしている。
ユリエは、力強くうなずいた。
「そうですね。
今からブルーノーズに行っても、すでに連中、出発してるかもしれないし。
じゃ、みんな、行先は、ランゴヴァルトに決定!」




