表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
オリバー・スウィフト異世界にいく  作者: 六文字白魔
第一章 旅の始まり・草原の風
24/35

吸血鬼、エルフを抱く

 シスター・マドレーヌは、神経質な性格だった。

 ヒーラーとしての才能はあるし、大僧正からの信頼も厚い。

 ただ、口下手だった。

 話すのが苦手。

 

 特に、種族の違う者や、まして、異世界の者たちとなど。

 嫌っているわけではないが、言葉が喉からスムーズに上がってこない。


 「ん?

 この気配は、一体・・・?

 おかしい、とても、とても、胸騒ぎが」


 うら若い尼僧は、白いベールがずり落ちるのも構わず、階下の病室へと走り込んだ。

 少年の部屋のドアを、勢いよく開ける。


 「ひっ、

 ヒャアアアアッ!」


 シスターは悲鳴を上げ、腰を抜かして尻もちをついた。


 目の前の光景は、まさに恐ろしいものだった。


 エルフの少女の腕が、すっぱりと切り裂かれ、金色の血がどくどくと流れ落ちている。

 それを、赤目になった少年が、必死でなめとっているのだ。

 エルフと少年は、どちらも劣らぬほど青ざめている。


 「ううっ?」


 赤目はシスターを見て、白い牙をむき出した。


 「ダメですわ、オリバー様」


 エルフのセラは、弱々しい声でささやき、傷ついた腕を差し出した。


 「私の血で、我慢するって、約束したはずです」


 そう言い、ぐったりと椅子にもたれかかる。

 少年は、セラを荒々しく抱きかかえた。

 そして必死に、垂れてくる血をなめている。


 「何事だ!

 おお、神よ!」


 シスター・マドレーヌの悲鳴を聞いた、尼僧らが数人、駆けつけてきた。

 そのうちの2人は、あまりの凄惨な光景に、気絶してしまう。

 

 「邪気退散!」


 尼僧はオリバーめがけて、清めの魔法を放つ。

 しかし少年は、サルのような敏捷(びんしょう)さで、それを()けた。


 「ふふっ、でも、逃がさないことよ!

 アリアナ寺院の守護の力、見くびってもらっては、困るわ」


 尼僧は笑い、即座に金縛りの術をかけた。

 

 「グワッ!

 ギャアァ!」


 野獣じみた声と共に、オリバーは床に崩れた。

 首さえも動かせず、真紅の瞳がぎらぎらしている。


 シスター・マドレーヌは、セラの元へと駆け付け、傷をいやした。

 それはまぼろしのように閉じていった。

 数分後、傷は完全に癒え、ほんの赤みを残すだけになる。


 「襲われたのですか?」


 セラを抱いたまま、マドレーヌはきいた。


 「い、いいえ。

 私が、自分で」


 セラは、うっすらとアメシスト色の目を開いた。


 「このままでは、オリバー様が、誰かを襲ってしまうと思いましたの。

 そんなことは、させまい。

 ならば、私の血を提供してしまおう、と」


 金縛りをかけた尼僧が叱った。

 彼女は、マドレーヌよりもだいぶ年上で、厳しい顔立ちの女性だった。


 「自らの命を危険にさらすとは、賢明ではありませんね!」


 「ご、ごめんなさい・・・」


 「さて、()るべき患者が、2人になってしまいました。

 わたくしどもは、このエルフの女性を介抱します。

 ここは危ないから、一時的に、尼僧の使っている部屋に運びます。

 ほほほ、結界が張っているので、吸血鬼は入ってこれないわよ。

 ではマドレーヌ、あなたはこの赤目を見張っていてくださいな」


 「了解いたしました、アヌーク大僧正様」


 彼女らはエルフを担ぎあげ、去った。

 シスター・マドレーヌは、恐る恐る患者に近付き、話しかけた。


 「どうしてあんなことをさせてしまったの?」


 しかし、目の赤くなった少年は、牙をむき出しただけだった。



               *****


 「吸血症候群か」


 ここはスラムの一画の診療所。

 赤ひげは、クマのようにうろうろと歩きつつ、考え込んだ。


 「はい。

 そいつ、かまれてまだ一日経っていないはずですけど。

 治る見込み、ありますか?

 尼さんが言うには、強い毒だから、体から出ていかないかもって」


 「ううむ。

 患者の抵抗力にもよるが、毒が出ていかないとはなあ・・・」


 赤ひげは、額に手をやった。

 考えるときは、いつもこうするのだ。

 しばらくして、彼は言葉をひねり出した。


 「実は、若いころ、吸血症候群のワクチンを作ろうとしていた。

 今でも研究を続けているが、時間がなくてな。

 これを」


 彼は、小瓶に入った真っ黒い液体を見せた。


 「これは、試作品だ。

 何度も失敗した後、作り直しをしてな。

 効果があるかどうか、調べるべきなのだが、ここ数年、吸血症候群の患者には出くわしていない。

 試せるものなら、試してほしいが、どうだ?」


 長沢の目は、輝いた。


 「い、いいんですか?

 でも、貴重なモノなんでしょう?」


 「試さないと、毒か薬か分からんだろうが!」


 「は、はあ・・・」


 「その男は、おまえの友人なんだろう?」


 赤ひげは、唐突にきいた。

 長沢は、答えに詰まったが、しばらくしてから言った。


 「何と言えばいいものか・・・。

 おれ、実は彼に、さんざん迷惑をかけていました。

 悪いこともたくさんしました。

 でも、彼はおれの謝罪を受け入れてくれて、普通に接してくれたんです。

 だから、どうしても、ヴァンパイアなんかにしたくない・・・」


 「持ってけ、早く!」


 赤ひげは()かし、長沢は診療室を飛び出した。



               *****


 「あ、長沢!

 そんなに急いでどうしたの?」


 うかない顔のユリエとルミが、大通りを駆けていく少年に声をかけた。

 彼女らの後ろには、犬耳をしおらせたセディが、ぴったりとくっついている。

 

 「これ、これを試すんだ。

 あいつ、元通りに・・・。

 ゴフッ!」


 長沢は突然白目をむき、泡を吹いて倒れた。


 「よくも裏切ってくれたな、ゴミクズめが!」


 彼を背後から襲ったのは、なんと、牢にいるはずの、山田たちだった。

 遠藤と八田が、彼の背後に控えている。

 そろいもそろって、漆黒の立派な鎧に身を固めている。

 頭には、血のように赤いルビーの付いた、銅製サークレットをつけていた。


 「お、おまえら、脱獄した・・・のか・・・」


 「黙れ、殺してやる!」


 遠藤は激高し、剣に変化した腕を、長沢の肩に刺した。

 すさまじい悲鳴が響き渡り、衛兵や一般人、冒険者らが駆け付けてくる。


 「ふん、またブタ箱じゃ、面白くねえもんな」


 山田は苦々しく言い、片手を上げた。

 瞬時に、彼ら3人の姿が消え去った。


 「長沢、覚えていろ。

 次は、必ずお前の命をもらう。

 おっと、その前に、塩ブタとそのメスどもを、料理しなくちゃな!」


 「長沢!」


 ユリエとルミは、元・いじめっ子に駆け寄った。


 「ううっ、大丈夫だ。

 今、治す」


 言葉通り、ヒーリングが詠唱され、彼は立ちあがった。


 「ポーションが無事でよかった。

 急いで、オリバーのもとに行こう!

 この街は危険だ」  

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ