聖なる白き狼
レイモーン現国王・アルバートは、豪華なソファに座り、目の前の出来そこないを見つめた。
その隣にいるのは、アデルという艶めかしい美女。
身分のない生まれだが、公妾として絶大な影響力をもっていた。
濃く塗られた唇が曲がり、セオドア王子に向けて、嘲笑を見せる。
(母上・・・)
セディは気品にあふれていた、故レティシア妃を思い出し、唇をかみしめる。
「あれほど、城外の者と関わるなと、言うたであろうに」
父の声が、けだるそうに響いた。
寵姫アデルが、何やら耳元でささやいている。
「そうだ、セオドア。
どうしても、余の命令が聞けぬと言うなら・・・」
「父上!
でも、ダーク・フラタニティは、民衆を悩ませる悪でし!
それを、をれの友人たちが、阻止してくれて・・・」
「余計なことをするなって、父上は言ってんだよ!」
傍から、第一王子・リチャードが怒鳴った。
彼と、第二王子・ジョン、そしてセディは、皆腹違いである。
セディは、10歳年上のこの男に向かい、言い返した。
「民の災いを除き、守るのが、高貴なるものの務めでし!」
「なんだこいつ。
おい兄者、説教されちまったな。
ケケケ、イヌに叱られてやんの」
下品に笑いこけているのは、第二王子ジョン。
女好きで、酒と博打を愛する、典型的なドラ息子だ。
リチャードは彼をにらみすえ、続けた。
「全く、国王の命令に背く男など、本来は死刑なのだがね。
困った獣人だ。
こんな醜いポンコツでも、弟と見なさねばならぬとは・・・」
「レティシア妃なんて、単なるメス犬にすぎなかってんでしょお?」
アデルが下品な言葉を使い、ジョンと共に笑い転がった。
セディの青い目が燃え上がり、近くにあった水差しをつかむと、このふしだらな妾に向けて放水した。
「きゃああっ!
何をなさるのぉ!
衛兵!」
突然女らしい声を作り出し、アデルは助けを呼んだ。
ド派手な赤いドレスはぐっしょり。
3時間かけた化粧が、半ば崩れている。
国王の堪忍袋は、切れた。
「この愚か者!
わしの姫に、手を出すとは、なんたること!
セオドア、わしは今決めた。
お前は、廃位・廃嫡とする。
もうすぐ生まれるであろう、アデルの子供を、第3王子とする」
この言葉に、寵姫は、キャッキャと子ザルのように喜んだ。
「ま、待って、父上!
をれ、いや、私は、母上への侮辱を許せなかっただけ・・・」
「国王の言葉を、最後まで聞け!」
リチャードはドスの効いた声で怒鳴り、セディの腹を蹴とばした。
涙をにじませ、床に崩れ落ちる、獣人ハーフ。
「廃位にあたり、この城にとどまることは許さぬ。
3日以内に去るがよい。
お前の愛する城下へ行こうが、隣国に亡命しようが、もはやわしの知ったことではない。
おまえは、もう、わしの息子ではないからだ」
「お、お父さん!」
セディは、初めて感情を吐露した。
しかし、それでも、父親の曇った心を晴らせることは出来なかった。
衛兵に追い立てられるように、彼は応接間を後にした。
唯一、城内で味方だった、ギルバートに会いに行くのだ。
別れのあいさつをするために。
*****
「ったく、あのバカ犬め」
リチャードはうなった。
ジョンが、アデルと目配せしつつ、うなずいた。
「いい計画が、おしゃかだもんな。
この国の、女たちを有効活用できるっつう。
国庫も、おれらのフトコロも、ほかほかに温まるはずよぉ!
ちっきしょ~、あの犬、どうしてくれよう!」
「連絡係から何から、みんな殺されてしまったのよ。
かろうじて生き残った者も、重傷を負っていて、しばらくは使えそうにないわ。
ああなんてこと、憎たらしい」
アデルは歯ぎしりした。
「あのワンコちゃん、頭は空っぽだけど、随分と腕力は強いのね」
「いや、ヤツには、連れがいたんだよ」
「まあ!
なかなか食えない犬だこと」
リチャードは、にやにやした。
「ほら、この前、うちの国内に湧いてきたっていう、異世界人。
やつらが、バカ犬に味方にしたらしい」
アデルの色っぽい、茶色い目は見開かれた。
「奴らね!
悪魔のような生き物たち!」
「そうかな?
おれは、割と気に入ってるけど」
ジョンは、妾のあらわな胸元を見つつ、言った。
「あのなかで、有能そうな男を見つけたぞ。
もしよければ、脱獄させて、従わせるか?
おい、おやじ、どうする?」
「よろしい、好きにしなさい」
アルバートは、曇った瞳のまま、夢心地で賛成した。
*****
「をれは、イヌじゃないでし」
空っぽになった自室で、セディはつぶやいた。
持ち物は皆売られ、金貨に変えられた。
それを持って、城から追放されるという。
セディは、胸もとのロケットペンダントを出し、開いた。
亡き母・レティシア王妃の肖像画が現れる。
赤っぽい金髪をうねらせ、白く鋭い形の獣耳をもつ、美しい女性だ。
「をれは、あんな連中にバカにされる存在じゃないでし。
母上は、オケアノス王国の第一王女。
聖なる白い狼の末裔でし」
ペンダントをしまい、荷造りをする。
「父上は、をれを必要としていないでし。
だから、をれはここを出て、自由に生きるでし」
そして、ギルバートからもらった指輪を見つめた。
「スケルトン・リング・・・。
彼の、秘蔵の品なのに」
「これを持っていれば、アンデット系の敵を感知することができるのです。
どうか、お手元に」
ギルバートはそう言い、餞別の品をくれた。
「セオドア様、わしも、マーティンも信じていますぞ。
あなたこそが、本当の王子。
高貴な心で、民を守り抜く、本当の王族だということを」
彼はそう言い、古びた本を数冊渡した。
「これを、オリバーに渡していただけませんかな?
彼は、きっと王子のよき仲間として、歩み続けるでしょう」
「いつかまた、みんなでお茶会でも開きましょう」
マーティンは言い、生命探知機をセディに渡した。
「どうぞ、これをお使いください。
絶対に役に立ちますから!
あ、トップメーカーのモノなので、品質はいいですよ!
たぶん、メルーカの街で、同じのがたくさん売ってるはず・・・」
「これ、マーティン!」
ギルバートは叱った。
こうして、城の唯一の友人たちにも別れを告げた。
セディは荷物を背負い、部屋を後にした。
「これでいい、これでいいんでしゅ」
彼は、仲間とすべき者を見つけた。
残念ながら、その者は、人事不詳に陥っているが・・・。
しかし、必ずや復活するだろう。
風詠みは、そう簡単にへこたれないはずだ。
「さて、オリバー。
今、迎えにいくでしゅよ」




