アリアナの試練
「こりゃ、やられてるな」
上級冒険者・ロビンは、オリバーを一目見るなり、うなった。
「やられてるって、もう助からないんですか?」
ユリエが目を潤ませ、大人の男性にきく。
黒髪の精悍な男は、唇を引き締めたが、答えた。
「聖アリアナ大寺院の僧侶なら、もしかして、人に戻せるかもしれんが」
ルミは、震えはじめた。
「あ、あの・・・。
オリバーは、吸血鬼になっちゃうんですか?」
「最悪の場合、そうだ。
そうすれば、お前たちにも、容赦なく襲いかかってくるだろう。
魔物として、討伐の対象になってしまうだろうな」
少女らは、泣きはじめた。
エルフのセラフィーナは、黙ってオリバーに近付いた。
そして、その冷たい額に手を当てる。
「オリバー様、必ず、こちら側に戻ってらして。
私、待っていますわ」
*****
「随分、強いヴァンパイアにやられたようですね」
アリアナ大寺院で、少年を診てくれたのは、成人したての若い尼僧だった。
「シスター・マドレーヌ、どうか彼をお助けください」
ユリエは力なく言い、ルミとセラフィーナ、長沢までも駆け付け、礼をした。
冒険者ロビンは、続けた。
「この小僧は、まだレベル10にも達しないひよっ子だ。
人の役に立ちたがる、優しい奴でね。
今回は、大いにムリをしちまった。
バカなことをしたよ、ひよっ子だけで、吸血鬼に立ち向かうなんてね。
でも、フラタニティに誘拐されていた、多くの少女らが、小僧たちによって救われたんだ」
「まあ、あの組織が、この街にいたのですか!?」
シスター・マドレーヌの目が大きく開かれた。
「ああ。
大人のおれらが、もっと早く対処するべきだったのに。
オリバーの優しさに免じて、ぜひとも救ってやってほしい」
尼僧はうなずいた。
「ええ、もちろんそのつもりです。
ただ、毒が強いのと、何というか・・・ええと・・・」
「はっきりおっしゃってくださいな」
エルフの言葉を受け、マドレーヌは言うことにした。
「オリバーさんの体質は、挿入された毒と相性がよろしいみたいで」
「どういうことですの?」
「つまり、毒がほとんど抜けないんですよ」
尼僧は大きなため息をついた。
額に、汗をかいている。
「オリバーさんの肉体が、毒の成分を好んでいるのです。
外部から、解毒薬を入れたり、清めの呪文を唱えても」
ほーっと息を吐きだす。
「吸血鬼の毒は、出ていかない」
「じゃ、オリバーは、ヴァンパイアになっちゃうの?」
ユリエが再び泣きだした。
尼僧はしばらく考えた挙句、結論を導いた。
「魔物化するかもしれません。
もしくは、抗体としての役割を果たすだけかもしれません。
私からは、これ以上は何も言えません」
「ハシカみたいだな。
で、潜伏期間は?」
長沢が、現実的なことをきいた。
ロビンが、珍しそうに彼を見つめている。
「72時間です。
吸血症候群の症状が、実際に現れるまでですよ。
実際に、ヴァンパイア化するのは、吸われてから一週間後」
シスター・マドレーヌはそう言い、モルガン神への加護を祈った。
「では、彼を階下の病室に運びましょう。
ロビン様、ナガサワ様、すみませんが、お手伝いしていただけますか?」
*****
「潜伏期間が、3日。
もし、オリバーが吸血鬼になったら、どうする?」
ルミは、ぼそりと言った。
「襲ってくるんだろ?
どうもこうもねえよ。
返り討ちしねえと」
暗い表情の長沢が、ぼそりと答えた。
「でも、襲ってこなかったら?
悪さしなかったら?」
ユリエが食い下がった。
「ヴァンパイアは、生ける死人です。
治癒魔法も効かない・・・」
セラが、顔を覆った。
「オリバー様、早く戻ってらして」
「そういえば、セディは?」
ユリエは、現実的な話題を振った。
「お城に戻ったきりよ。
きっと、お父様にこっぴどく叱られて、外出できないんじゃないかしら」
ルミはハンカチを取り出し、涙を拭いた。
「吸血症候群用のワクチンなんて、あればいいのにな」
長沢がつぶやくように言った。
「そうすりゃ、どこに行っても安全だ」
そっと立ち上がる。
「おれ、これから仕事なんだ。
またあとで、ここに来るからさ。
ユリエとルミも、そこのエルフも、もう体を休ませたほうがいいぜ。
あとは、さっきの尼さんに任せて」
「へえ、働いてんだ」
ユリエの言葉に、長沢はにやりと笑った。
「ああ。
スラムの赤ひげ先生の所で。
ヒーラーの見習いをしてるんだ。
あと、錬金術も学び始めた」
そう言い、ドアを開けて去って行った。
「朝の8時か。
結局、寝なかったね」
「ええ、なんだか、体が、重い・・・」
ユリエとルミはあくびをし、あわてて口を押さえる。
セラフィーナは、くすりと笑った。
「あ、セラに笑われた」
「ユリエ様、ルミ様。
先に宿に戻って、休息をとられてはいかがでしょうか?
私も、しばらくしたら、そうするつもりなので・・・」
人間の少女らは、体力の限界を感じ、その言葉に従った。
病室には、オリバーとセラフィーナの二人だけ。
時間が、無情にも過ぎていく。
少年のまぶたが、ひくついた。
「オ、オリバー様!
やっとお気づきに・・・」
セラの声は、そこで止まった。
オリバーの両目は、真紅に染まっていたのだ!




