青い女神(?)の贈り物
ものすごい衝撃が、体に走った。
しかし、不思議なことに、痛みはない。
塩村織葉は、つぶれた蛙のようにうつぶせに倒れた。
もはや、バスのエンジン音は聞こえない。
きっと、いじめられっ子が落されたのに気付かず、去ってしまったのだろう。
「早く起きて、これは命令よ」
オリバーは、幼女のかん高い声で目を覚ました。
「目がぁ~、目がぁ~!」
「案ずるでない、ちゃんと見えるはずじゃ」
オリバーが目を開き、目の前の人物(?)を見て、驚いた。
それは、青い肌の女性であった。
一つの体に、三つの頭。
それぞれ、幼女の顔、成人女性の顔、しわくちゃの老婆の顔がついている。
まるで、奈良興福寺の、阿修羅像のような姿だった。
ギリシアっぽい、白い流れるような衣装を身につけている。
あたりは純白に輝く空間で、彼女の神秘的な青い姿を引き立てている。
「お・・・おばけ・・・」
「失礼なガキだな」
真ん中の顔(セクシーな女性)がしゃべった。黄金色の目が、きらりと光っている。
「まあ、ずっといじめられていたのじゃけん、かわいそうだろうて」
老婆の顔がなだめてくれた。
どうやら、三重人格の生き物らしい。
「ねえ、織葉ちゃん」
「オリバーって呼んでくれたほうがいいんだけどな」
幼女顔は、しまったとばかりに、目を見開いた。
「そうだったね、ハーフだもんね、イギリスとの。
本当の名前は・・・」
「いいよそんなの、もう」
少年はむくれて鋭くさえぎった。
「おやじは母さんとおれを捨てて、帰国したんだ。
それに」
それに、自分は、まったくハーフに見えない容姿だ。
だから本当のことを言うと、からかわれる。
そう、オリバーは言いたかった。
青肌の女神は、やれやれと両手を軽く上げた。
「話を続けるぞ、オリバー。
実は、おぬしらは、惑星モルガニウムにワープしてしまってな」
「惑星・・・?
ワープ・・・?」
「いわゆる、異世界じゃよ」
老婆の顔が、丁寧に補足してくれた。
「おぬしのいた日本国では、異世界転移モノは、人気のジャンルなはず。
剣や魔法の世界は、オリバー、おぬしも好きであろ?」
「そんなこといわれてもなあ。
それより、おれ、死んだんですか?
ここは、あの世で、あなたは神様だ、とか」
彼の脳裏には、笑いながらバスから突き落とすいじめられっ子の顔がこびりついている。
女神はため息をついた。
「はてさて、我らを神と崇める者もいる。
いずれにせよ、おぬしは、まだ生きなければならぬ。
たとえ、・・・でも・・・」
「え?
今、なんて言ったの?
聞き取れないよ」
「気にせんでもええ。
おぬしと、おぬしのクラスの人間らは、しばし、異世界で生活することになる。
ただし、惑星モルガニウムは今、重大な危機に直面していてな」
「帰れるんですか、地球に?」
「あんたたち次第よ。
それより、邪竜に気をつけて」
幼女顔が一気にまくしたてた。
「邪竜がすべてを食いつくす。
モルガニウムの生命を。
彼らの希望や恐れ、過去や未来を。
そして、あたしたちの力を削ごうとする」
「オリバーや、おぬしに話せることは、これだけだ」
成人顔がゆっくりと話した。
「目が覚めたら、おぬしは我らのことを、ほとんど忘れているであろう。
しかし、案ずるな。
おぬしには、余り余るほどの贈り物をくれてやるのだから」
そう言い、呆然としている少年の眉間に触れた。
瞬間、そこが緑色に輝いたようだった。
「目が覚めたら、鏡を探すことじゃな」
老婆顔がにんまりとしつつ言った。
「お願いね、オリバー。
あなたならきっと、ヴィサルガ・ナーガを伏すことができるはず!」
幼女顔が、ほとんど金切り声で叫んだ。
瞬間、オリバーの意識は飛んだ。
(結局、おれが質問する間も与えてくれなかったじゃないか!
それにしても、贈り物って、何だろう?)




