それぞれの道
(ふう、やっと戻れた)
ルンフェの小屋からアッシュクリフまで、往復で二キロ歩いた。
オリバーの腹は、さすがに鳴っている。
そういえば、この一週間で、彼のブタ腹は、平らになりつつあった。
(まずい食事、質素で量の少ない食事)
かつてT屋で食べた、大盛り天丼が、頭にちらつく。
(ラーメンでもいいな。
もちろん、ギョーザ&ライス付きで)
彼は決めた。
どうせ、もはや地球に戻れない。
だから、この世界で、精いっぱい生きてやる、と。
青い女神からもらった能力を磨き、それで財をなす。
そして、うまいものを食べるのだ、と。
(うまいものがなければ、おれがつくればいいさ。
さて、小屋の周囲で拾った薬草を、薬屋に売りに行こう)
「おや、塩村君」
薬屋兼錬金術店の、グウェンの店の前。
そこにいたのは、学級委員長の、一条慎太郎だった。
いぶかしげに、メガネを上下させている。
「一条君、店で買い物でも?」
「いいや、わたしが作った薬を、売りに来たんだ。
どうも、異種言語理解の他に、錬金術をもらったみたいで。
城の中庭で、薬草らしきものがあったから、許可を取って採取しているんだ。
ほら、これは、疾病退散の薬だよ」
小瓶には、緑色に透き通った液体が入っている。
「そういえば、キミは、冒険者ギルドに行ったんだって?」
噂が広まっていることに不安を抱きつつも、オリバーは答えた。
一条の目は、左手首のマジカル・ウォッチにくぎ付けだ。
それは、緑色の腕時計そっくりなものだ。
冒険初心者なので、色は緑である。
「うん。
なかなか感じのよい場所だったよ。
一条君も、行ってみたらどうだろう?
持ち属性も分かるし・・・」
「いや、遠慮しとくよ」
一条は、切り裂くように答えた。
「わたしは、戦闘能力も、魔法もないからね。
山田たちが、毛皮をもってただろう?
あれを見て、自分では、あんな真似、絶対にできないと思ったよ。
当面は、錬金術で生きていくつもりなんだ」
「そうなんだ、余計なことをいってごめんね。
それより、クラスの他のやつらは、どう・・・?」
一条は、メガネ越しに彼を見た。
今まで見たことのない、冷たいまなざしだった。
「ねえ、塩村君。
もう、あの人たちは、『クラスのひと』じゃないんだよ。
クラスは存在しない。
だから、もう、関係のない連中なんだ」
「関係ないって・・・」
「そうだよ。
これまでも、キミを無視してたじゃないか。
それが今になって、キミを頼ってくるのは、おかしいだろう?
もう地球には戻れない。
クラスも存在しない。
それぞれ、モルガニウムの住人として、自由に生きるのだよ!」
「でも、安藤先生・・・」
一条は、ふんと鼻を鳴らした。
「あんな人は、教師じゃない。
単なる、化粧の濃い、行き遅れだよ。
ここに来て、あの女がやったことときたら・・・。
ヒステリックに泣き叫び、気絶し、挙句の果てに大けがを負って。
最も関わる必要のない人だね」
その後、一条は薬を売って大もうけをし、いずこへか去った。
薬屋経営のグウェンは、オリバーが持ってきた草束を見て、舌を出した。
「あんた、うちの店を馬鹿にしてんのかい?
そんなコットンフラワー、ほとんど値打ちがないよ!
せいぜい、10モルだワ。
あ、こっちのブラウン茸のほうは、でかくて質がいい。
600モルで、買い取るワ。
これ、シチューに入れるとおいしいのだワ。
貴族さまの好物でね、食材なんだワ。
・・・今度は、もっと価値のある薬草を持ってきてよ!」
「あの、価値のある薬草って、どんなのですか?」
中年の太った女は、じろりと彼を見たが、答えてくれた。
「モール草とか、ベニテング草とかだワ。
本当は、さっきの坊っちゃんみたいに、薬に加工して売ってくれたら、もっといい値で買うんだけどさ。
ね、あんた、冒険者なんだろ。
マジカル・ウォッチしてるもんね。
ギルドに行って、情報収集しないとだめなんだワ。
そこで、薬草収集の仕事もあるよ」
*****
「あら、しばらく見なかったわね。
もう廃業したのかと思ったわ、一度も冒険しないでねw」
冒険者ギルドのドアを開いたとたん、キティが嫌味を飛ばしてきた。
「ま、それはともかく、あんたを待ってる人がいるよ」
キティは手と尻尾で左を示した。
「オリバー、仲間をむげに扱っちゃだめよ!
冒険者は絆を大切にしないと、やっていけない商売なんだからね!」
左の待合室には、少女が三人座っていた。
怒り心頭のユリエと、泣きそうなルミ、無表情のしずかだった。
「オリバー!
どこに行ってたのよ!」
「ユリエ、我が物顔で、彼に怒鳴るのはよくない」
「オリバー、ユリエと秋山さんが、けんかしちゃって・・・」
ルミが泣きそうな顔で説明した。
「ごめんなさい。
私たちのこと、重荷になっているのよね。
でも、これまで、本当にありがとう・・・」
「重荷って?
そんなことないから。
それより、ケンカはもうやめろよ」
にらみ合っているセミロングとショートカットに、声をかける。
「異世界で暮らしていかなくてはいけないんだから。
それより、しずかは、ギルドに登録した?」
色白ショートカットの少女が、うなずいた。
「ほら、これがそうよ。
腕時計みたいだけれど、機能が全く違うんだよね。
あたしのレベル情報が出てくる・・・」
「へえ、光属性なんだ。
珍しいんじゃないか?」
とたんに、しずかは目を伏せた。
「光なんてガラじゃないのに。
珍しいかどうかは分からないけど、あたしには攻撃手段がないの。
だから、冒険者としては、不適格だって」
「せっかく、メンバー登録したのにね」
ユリエが、皮肉っぽく言った。
「ねえ、もうよしてよ、ユリエ」
ルミが続けた。
「秋山さんは、キティさんの紹介で、ギルド専属の鑑定士見習いになるらしいの」
「そう。
場所は、ここではなく、南部の街・ミストフルタウンだけど」
オリバーは、目を見開いた。
「ここじゃないのか!
どうして?」
「ここにはすでに、数名の見習いがいるから。
ミストフルには、まだ空きがある。
そこで、住み込みで働かせてもらうの。
明日にでも、馬車で移動するつもり」
(・・・)
オリバーは黙った。
別れは突然くるのだ。