ルンフェの小屋
北川たちの悪事が原因で、2-4組の生徒らは城を追われることとなった。
安藤先生も、歩けるようになった時点で、追放となる。
普段強気の連中、上村サリナたちでさえ、おびえていた。
(意外とチキンハートなんだな)
満足にシャンプー出来ずに、ぼさぼさ頭を振り乱す彼女を見て、オリバーは鼻を鳴らした。
対して、ユリエやルミは、もうあきらめがついたようだった。
薬草学について勉強しているらしい。
ラベンダーのよいにおいを漂わせている。
「オリバー殿」
城を出る日、ギルバートは心配そうに言った。
「住むところなどは、どうするつもりじゃ?」
「いいえ、まだ決めていません。
他の人たちもそうだと思いますが」
「なるほど。
他のテラ・スターの者については、わしは関わりたくないのじゃが・・・。
オリバー殿、もしよかったら、とある小屋を使いなされ」
「小屋・・・?」
ギルバートはうなずいた。
「アッシュクリフは、城塞都市なので、魔獣や外敵からは守られておる。
しかし、ルンフェの小屋は、城壁の外にある故、多少危険じゃが・・・」
「おねがいします、ギルバート卿!」
オリバーは頭を下げた。
「実は、とても不安なんです。
旅行に来たと思ったら、いきなりこっちの世界に来ちゃって。
まだ、ここの世界の貨幣とかも、分からないし・・・」
老魔術師は、うなずいた。
大きなしわしわの手で、水晶玉をいじくっている。
「ルンフェの小屋は、アッシュクリフの街から一キロ離れた、森の中じゃ。
魔獣は出ないが、オオカミや、時にはグリーン・ベアが襲ってくるかもしれん。
まあ、オリバー殿ならば、大丈夫だとは思うが。
存分に使ってくだされ。
あと」
ギルバートは、声をひそめた。
「他のテラ・スターの方々には、秘密にしなされ。
とくに、男の方々には・・・」
「惑乱の術は、あの中の男が、かけたんですよね」
オリバーは嫌な顔をした。
その者のたくらみは失敗に終わったが、尻尾はつかめなかったのだ。
「いずれにしても、おれには友人がいないので、誰にも話しません。
本当にお世話になります」
彼は深々とお辞儀をした。
「じゃ、おれがルンフェの小屋まで、案内しますよ!」
ギルバートの弟子、赤毛のマーティンが言った。
「よし、誰もつけてないな。
あ、これ便利でしょう?
『生命探知機』って言うんですよ。
これがあれば、ダンジョンだろうが迷宮だろうが、難易度がさがります!
最安値で、三万モルくらいかな。
どうです、お金をためて、買うのは?
あ、別に、宣伝じゃないっすよ」
「これ、マーティン!」
ギルバートは、おしゃべりな弟子を叱った。
「まったくおぬしは、いらぬことばかりしゃべりおって。
さっさとオリバー殿を、案内せい!」
*****
「ここですよ、近道は」
マーティンは、城の中庭にある、マンホールを開けて入った。
「はしごがあるから、お気をつけておりて。
暗いなあ、ともし火!」
そこは、地下水道だった。
「思ったよりも、汚くない・・・」
「ええ。
アッシュクリフでは、排水は清めてから、川に流しているんもんで。
でないと、街の近隣に住まう農夫や漁民の生活が、とんでもないことになりますからね」
「貨幣について教えてもらいたいんだ」
「ああ、さっき、おれがモル・・・って言いましたからね。
はい。
ここモルガニウムのほとんどの国で、貨幣はモルを使っています。
ただし、物価は国によって、まったく違いますが」
「そういえば、金貨は?
金貨一枚で、何モル?」
マーティンはうなずき、再び点灯魔法をかけなおした。
「ここ、レイモーン国では、金貨一枚で、だいたい一万五千モルです。
もちろん、多少は変動しますが、ここ数年はそれくらいですね。
ついでもって、パン一本は、大体八十モル。
レイモーンは、土地が悪いから、なかなか農作物がとれないんですよ。
だから、食費が高い高い」
赤毛の少年はべらべらしゃべり、ついに、ツタ状のはしごまでたどり着いた。
「あ、オリバー殿。
この地下水路は、時々、シックマウスが出現します。
ほら、あそこ・・・」
彼が指差した場所には、水中から赤く光る二つの目がのぞいていた。
「やつらは、水中呼吸ができるんで、溺死しないんですよ。
それ!」
マーティンは短剣を投げ、それは突進してきた巨大鼠の頭に刺さった。
体長一メートルほどの、黒ずんだきたないネズミだ。
「弱いけれど、気をつけてください。
やつらにかまれると、フール熱になります。
熱病の一種で、魔法が使いにくくなる、やっかいな病気です。
錬金術師か、僧侶であれば、治せるんですが。
もし、病気になったら、寺院に行くことをおすすめします」
はしごを登ると、そこは古井戸だった。
横に、質素な小屋が建っている。
「では、お気をつけて」
マーティンは手を振り、別れの挨拶をした。
「小屋の中には、簡易魔法を記した書物と、錬金道具があるはずです。
あと、寝具・調理台もあります。
では、ごゆっくりとお休みください」
「ちょ、ちょっと!」
オリバーはあわてた。
しかし、赤毛のマーティンは陽気な顔をしつつ、はしごを下りていった。
(すみかを見つけたのはいいけど、まずは資金を調達しなくちゃな。
ギルドで仕事を見つけなきゃいけない)
*****
そのころ、王城門の付近で・・・。
「あれ、オリバーはどこかな?」
ユリエは、荷物を背負いつつ、きょろきょろしている。
他の生徒らは、泣きながら城を追い出され、今頃は、スラム街をうろついていることだろう。
安藤先生は、物置小屋で、伏せったきり。
彼女の言葉に、ルミが、そわそわとしはじめた。
「あのひと、ギルバートさんと仲がいいから、お城にいられるんじゃないかしら?
すごい能力の持ち主だから、待遇が違って当たり前よね」
「彼は、それに乗るような性格じゃない」
いつのまにかそこにいた、秋山しずかが反論した。
「それよりも、あたしたちが今後、どうやって生活すべきか、考えなくては。
オリバーは有能だし、優しい人だよ。
でも、それに甘えてはいけない。
あなたたち、彼にべたべたひっついて、迷惑をかけている」
とたんに、彼女らは険悪なムードになってしまった。