長沢改心
(明日で、ちょうど一週間になる)
石造りの浴槽に身を沈めつつ、オリバーは考えた。
モルガニウムに転移後、すぐにあんなことになったなんて。
幸い、安藤先生は一命を取り留めた。
しかし、今のところまだ、歩けるまでには回復していない。
泣きわめき、大パニックになる生徒たち。
瀕死状態の先生を介抱したのは、長沢だった。
自分がやられたかのように、血の気の失せた顔で、ヒール魔法を詠唱していた。
止血は成功したのが、幸いだった。
その後、このいじめっ子は、何を思ったか、ぺたりと這いつくばった。
そして、衛兵隊長へと声を張り上げる。
「ごめんなさい!」
なんと彼は、子供のように泣いていた。
「おれ、実は、金貨が盗まれたものだって、知ってました」
「こら、何言い出すんだ!」
山田が激しく長沢の腹を蹴とばし、すぐさま衛兵に取り押さえられる。
隊長は、鋭い目で彼らを見たが、言った。
「すべて話しなさい」
「グフッ・・・!
おれらがだべってたら、北川がいきなり現れて、金貨をぶちまけました。
これで遊びに行こうって」
「で、金貨はどうなった?」
「そのうちの6枚で、街に遊びに行ったんです。
賭け事やって、全部すってしまいました。
残りは、山田のベッドの下にあります。
黄色い革袋の中・・・」
北川と同様、山田らも捕縛された。
「てめえ、おれらを裏切ったな!
ただですむと思うなよ!」
長沢は顔じゅう涙と鼻水でくしゃくしゃにしつつも、叫んだ。
「もうやだ!こりごりだ!
こんな変な色の空の下で、ケータイもなくって。
クラスの奴らが殺されて、最後に先生まで刺すとか!
正気じゃねえだろ!」
「確かに、正気じゃないな」
思わず、いじめられっ子・オリバーは、同意した。
「黙れ、塩ブタめ!
必ず料理してやるから、楽しみに待ってろ!」
山田が怒鳴り、遠藤やその他のワルも、わめき散らした。
「衛兵、彼ら罪人を、地下牢へ入れろ。
不解縄で縛るんだぞ」
生徒らが自室に戻され、被告たち(長沢含む)が兵士に引っ張られつつ、いなくなった。
オリバーは、隊長にたずねた。
「あいつらは、死刑ですか?」
隊長は、憎しみに満ちた目をこちらに向けた。
さぞや、地球人を嫌いになったことだろう。
「さあな。
決定は国王陛下が下されるから、なんとも言えない。
しかし、軽くとも、両手切断は免れない」
「山田達は・・・?」
「盗みに加担したから、有罪。
それ以上のことは、おれは知らん。
ただ、癒しの才をもつあの男は、減刑されるとは思うがな」
「分かりました。
では、失礼します」
「おまえは、優れた魔術師なのだな」
隊長は、目を細めている。
危険な兆候だ。
「よそものが、そんな力をもつことは、大変危険だ。
早々、城から立ち退きたまえ。
老ギルバートは、おまえを気に入っているようだが、おれは違うぞ。
城でも街でも、なにかやらかしたら、ためらいなく始末してやる」
「はい、出ていきます。
でも、ちょっと猶予をください・・・」
こうして部屋に戻ったオリバーだが、自室の前で、何かがうずくまっているのに気付いた。
「塩ブ・・・いや、塩村・・・?」
声の主は、かすれた声を出した。
長沢だった。
散々鞭で打たれたのだろう、制服は破れ、背中は血まみれだ。
オリバーは、このいじめっ子をじっと見た。
そして、黙って部屋に入ろうとした。
長沢の手が、彼の足に絡みついた。
(こいつを蹴ってやろうか?
さんざんいじめられたから、そうしてもいいもんな)
しかし、やめた。
長沢が土下座したからだ。
両肩がびくびく震え、足元には血と涙がべっとりくっついている。
「塩村、おれはおまえに精いっぱい謝罪する!」
「形だけのごめんなさいは、いらないよ。
どうせまた、山田たちとおれをいじめるんだろ?
だまされるつもりは、ないからね。
早く部屋に戻れ」
「山田がおれに行ってた言葉、聞いたよな?
あいつは、言った言葉は必ず実行する男だ。
おれは必ず、やつに消される。
あと、塩村、おまえも標的になってんだぞ!」
「そうみたいだな、知ってるよ」
長沢は、やつれた顔を向けた。
「おれは、もうやつらの側にはいかない。
ここから出て、どうにか生きていくつもりだ。
だから、一言、おまえに謝りたかった。
心ならずも、ひどいことをしてしまった塩村に。
あの時、山田に一言、やめろって言えなかった自分が、憎らしいよ」
オリバーは、硬い目で彼を見た。
ゆっくりとかがみ、長沢を立ち上がらせる。
「ひどい傷だ。
でも、自分で治せるだろ?」
「ゲフッ・・・、そうだな、たぶん。
何せ、ギザギザの鞭で、30回だもんな。
でも、死刑にならなかっただけ、助かったよ。」
「山田らは?」
「衛兵が言うには、奴隷にされて、隣国に売り飛ばされるらしいよ。
北川は、もう残念とか・・・」
「残念って、死刑か?」
長沢は、身震いした。
しばらくして、口を開く。
「ロバに姿を変えられる。
最強呪術を施されるから、二度と人間に戻ることはできないって。
金貨6枚分以上を返済するまで、働かされるらしい」
オリバーは納得した。
合理的な処置だ、と感心しながら。
「これから、先生のところに行ってみようと思う」
長沢は話し始めた。
「おれのヒール(治癒)魔法、役に立ったかな?
まさか、こんなことになるなんて・・・」
「おまえ、いじめっ子なのに、キャラ変えて大丈夫?」
「いや、塩村、おまえこそキャラが変わってるよ。
それとも、おれが知らなかっただけなのかもしれないがな」
「歩けるか?」
長沢は、やつれた顔に、弱々しい笑みを浮かべた。
「ああ、なんとか。
邪魔しちゃって、すまないな」
そう言い、よろよろと去って行った。
(・・・・)
いじめた者を簡単に許してしまった自分が、もどかしいオリバーだった。
「でも、尊敬できると思う」
秋山しずかの声が、後ろからこだました。
「塩村、あたしを救ってくれて、本当にありがとう。
どうお返しすればいいことやら・・・」
もじもじしている。
元・いじめられっ子は微笑した。
「とりあえず、オリバーって呼んでもらえないか?」